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米朝会談前に・part2。なぜ北朝鮮は核開発を加速させたか?転換点は「イラクとリビアの教訓」~中東からの視点を手掛かりに。







1■「カダフィ政権崩壊はリビア非核化と別問題」か??■






前回はリビア方式非核化を担った

アメリカ最強硬派の主張を紹介してきました。

https://syuklm.exblog.jp/28358263/



今度は、非核化はリビアと北朝鮮に

何をもたらしたのかを見ていきます。


(ノート状態で長文で恐縮ですが、

ご参考になれば幸いです)。

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世の中的な評価としては、

「リビアが非核化したのはよかった。

テロ国家指定も経済制裁も解除された。

カダフィ政権崩壊したのは残念だった

けど」という報道が多いようです。




代表的なのは、

「リビア方式が最善」と唱える

島田洋一氏の以下の主張でしょう。


月刊Hanada20187月号より





***引用ココから***



”産油国リビアの場合は、

制裁解除と同時に、

原油の輸出で経済発展の道筋が付けられた。



大量破壊兵器とミサイルの放棄により、

カダフィは内政の安定を経て、

最終的に二〇一一年、

「アラブの春」の波の中で

殺害されるまで、命脈を保ち得た。


原爆を持っていてもデモ隊には使えず、

二〇〇三年に核を放棄していなければ、

経済的な行き詰まりで、おそらく

より早期に命を落としただろう。”




***引用ココまで****





しかし、もう一方の当事者である

リビアが属するアラブ世界や

アフリカの側の認識を知ると、

それはあまりにもフェアではないと感じます。






ここで主に道案内人としてご紹介する

重信メイさんは、日本赤軍幹部の娘と

して中東で生まれ育ち

ジャーナリズムを学んだという

特殊な生い立ちを持つ方ですが、

現地情勢に精通されているだけでなく

フェアな視点を持っていることから

信頼に足る方と思っています。





リビアの最高指導者だったカダフィの評価についても、

「革命当初は、チェゲバラのような

ハンサムでポリシーのあるリーダー」

であり、全世界の反体制活動・

民衆運動を支援してきたという

「光」の面と同時に、

内政での専横という負の面についても

きちんと指摘されています。





そのカダフィですが、

核査察・非核化を受け入れたのに、

なぜ倒れたのか?





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▲重信メイさん著「アラブの春の正体

欧米とメディアに踊らされた民主化革命」

2012年・角川oneテーマ21発行








2■非核化受け入れ後の暗転■






革命で政権を奪取した頃は、

「アラブナショナリズム」を掲げる

エジプトのナセル大統領に憧れ、

欧米に対抗していたカダフィですが、

それが挫折すると、アフリカに軸足を移していきます。



そして2000年代、一転して

欧米との外交に積極的になり、

核査察を受け入れ、核兵器の廃絶、

テロ路線からの転換に大きく舵を切ります。

(1988年イギリス・ロカビー上空で

起きたパンナム機爆破事件の

賠償金支払い等)





それにもかかわらず、ある時点を境に

バッシングが始まったといいます。




なぜ、欧米と対話を始めたカダフィに

対して、バッシングが始まったのか?





重信メイさんの指摘する要因は3つ。



1つ目は、リビアの持つ豊富な資源

天然ガス等)、


2つ目は、リビアと中国の接近、そして


3つ目、決定的な要因は、

「アフリカ合衆国という

独自の経済圏構想だったと。




カダフィは2010年、

「アフリカ連合」の会議で

金本位のディナールという地域通貨を作ることを発表


これが欧米社会の強烈な逆風を呼んだというのです。





***引用ココから*****




(重信メイさん著「アラブの春の正体

欧米とメディアに踊らされた民主化革命」

2012年・角川oneテーマ21発行 より)


※≪≫箇所はしゅくらむによる補足です





いままで、有力な国際通貨と言えば

米ドルかユーロでした。


アメリカにとっては

ドルが基軸通貨である限り、

足りなくなれば刷ればいい、

打ち出の小槌を持っている

ような状態が続いています。


かし、お金ではなく

普遍的な価値のある

を使うということになれば、

アメリカやユーロ圏は大打撃を受けるでしょう。


イラクの元大統領サダム・フセインは

二〇〇二年に石油の売買をドルではなく

ユーロを使うと宣言しました。

同じ年、アメリカによってイラク戦争が起こされました。”




”このことと戦争の関係は

明言できませんが、

事実として覚えておく価値が

あると思います”





***引用ココまで*****





少なくとも、2010年末

アフリカ連合の会議で

「金本位」を宣言した

そのタイミングで、リビアで

「革命」という名の「内戦」が

起こった、とアラブやアフリカでは

見られているそうです。



それまでの「アラブの春」が、

止むに止まれぬ民衆の声、つまり

「下からの革命」だったのに対して、

カダフィ政権への反政府運動は、

欧米が介入した「内戦」だったと。







3■ゆがめられた「リビアの春」■






2011年、

リビアへのNATO空爆のキッカケは、

「リビア政府軍による虐殺」という

1本の電話でした。






***引用ココから*****





”この時、私はアルジャジーラの放送を

フォローしていたのですが、だんだんと

報道が偏っていくことを感じました。


たとえば、現地に危険では入れない

という理由で、電話取材の音声を

どんどん流し始めたのです。


誰が証言をしているのかも、

どこから証言しているのかも、

それが本当の証言なのかも

わからないまま”





”あるとき、アルジャジーラの

電話取材を受けた人が

「いま、リビア政府軍が

一般住宅を空爆しました。


一〇〇〇人以上が亡くなりました。

虐殺です」と叫びました。


そしてすぐにアルジャジーラが

「民間の住宅地が空爆され1000人の犠牲者が出た」

というテロップを流し続けたのです。


私はこのとき、

CNNBBCも観ていたのですが、

ほんの数分後には、

アルジャジーラの情報を

もとに緊急ニュースとして、

同じニュースを流しました。


そして、この報道がきっかけとなり、

数日後の国連で、国際的な軍事介入を認める決議が出ました。





私はこのニュースを見たとき、

違和感を感じました。




まず電話取材だけで、なぜ

この無名の人の言っていることが

正しいと言えるのだろう。

誰もウラを取っていないのに。


一〇〇〇人という犠牲者の数も

どこから出てきたのか。


ジャーナリストであれば

誰もが疑問に思うことが

疑いもなく報道されていたのです”




≪その後これが事実と異なることが判明するも≫


”リビア攻撃のきっかけになった

この誤報について検証することも

されていません”






NATOによる空爆に

「アメリカは参戦しなかった」、

言っていますが、事実とは異なります。



今回の「反乱」が起こった直後から、

アメリカのCIAは国民評議会

≪反カダフィ派≫の兵士の

軍事訓練に関わっていました。


一度、CIAの乗っているヘリコプターが

墜落したことがあり、その事実が

バレてしまったのです。




しかしそのことを取り上げたメディアは

ごくわずかでした。”





●無視されている「カダフィ後のリビア」





20118月、

カダフィは自宅を追われ逃亡し、

カダフィ政権は崩壊しました。


そして、1020日に国民評議会が

カダフィが死亡したことを発表しました。



それまでメディアは

あんなに騒いでいたのに、

カダフィが死んだあとはさっぱり

報道が止んでしまいました。



おそらく、世界中の人たちは、

その後、リビアは民主化されて

平和な状態が続いていると思っている

のではないでしょうか。”





”しかし≪発行の2012年当時≫、実は

まだ内戦が収まってもいないのです。



いろいろなところで自治政府を作ったり

独立すると言い出した部族も出てきました。


いまのリビアは、部族間の対立が激しく

なっていますが、それは各部族が

武器を持ってしまったからです。


今回の内戦で、欧米、カタール、

バーレーンの「支援」で送り込まれた

大量の武器のお陰で、

リビアはいつ新たな内戦に突入しても

おかしくない危険な状態にあります”




”いま、欧米のメディアはリビアの状態を

見て見ぬふりをしています。

アフリカで起こっている出来事が

報道されないのと同じです。”





***引用ココまで*****





実際この後リビアでは内戦が勃発し、

報道は途絶えました。




私自身も今回、

東京外国語大学の

「日本語で読む世界のメディア」

http://www.el.tufs.ac.jp/tufsmedia/

(アラビア語・ペルシア語・トルコ語等の主要メディアをカバー・訳出)

等で検索してみましたが、

「革命後」リビアの情報は、ほとんど

ヒットしない状態でした。





その中でも見つけることのできた

数少ないリビアについての記事は、

悲憤に満ちたものでした。





▼「シリア、イエメン、リビア:アラブ世界の

再植民地化のための革命が起こったのか?(2)」

http://www.el.tufs.ac.jp/prmeis/html/pc/News20170810_103234.html


2017年08月05日付 al-Qudsal-Arabi紙

ファイサル・カースィム博士

(翻訳者:中鉢夏輝氏)




”リビアは、同国の覇権と資源の分配を狙う

多くの勢力の間の戦場と化した。


権力と戦ったリビア人は、

外国勢力がリビアを支配し傘下に置くために

利用する駒に成り下がった。”



”ロシアを含む多くの国々が、

リビア領内に自国の軍事基地を

建設したのではなかったのだろうか。”



”国内の圧制を終わらせるために

国民は立ち上がったはずだが、

外国の圧制が到来した。”



”革命の結果、新たな植民地主義の

ほかに何が残っているだろうか。”







4■「独裁者の末路」が意味するもの・「イラクもリビアも、核を持っていなかったからやられた」■





カダフィ死亡時の詳細は

いまだ不明なままですが、

拘束されて路上に引きずり出され、

リンチを受けて血まみれになりながら

悲鳴を上げる「最後の映像」が流出し

「これがかつての独裁者の姿か」と、

世界中に衝撃を与えました。


私もそれを観たひとりです。




それが北朝鮮の政権に与えた

インパクトはそれ以上だったでしょう。


カダフィ氏の死亡状況は情報錯綜、拘束時「何が起きている」

貼り付け元 ロイター2011年10月21日付


※静止画ですが流血有り。閲覧はご注意ください

<https://jp.reuters.com/article/idJPJAPAN-23737520111020>






「リビアは核査察も受け入れ、

テロ支援国家指定も経済制裁も

解除されたのに、結局

国土は空爆に晒され政権は崩壊した。



かつてアメリカの”子飼い”だった

イラクのフセインも、最終的には

公平な公開裁判なしに殺された。



自分達もこれと同じ最期を辿るのか?」

と。





つまり国際社会の介入に従っても、

欧米の意に反するとなるや反故にされ

その時々の都合で結局はやられてしまう

という「教訓」を北朝鮮に与えた

のではないでしょうか。





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▲ちょうど1年前20175月の日曜討論にて

南山大学教授・平岩俊司さんNHK

南北会談をリアルタイム解説されていた方)

が同様の指摘をされています。





「北朝鮮が核開発を始めた当初は、

『核開発を放棄する代わりに

平和協定を結んでほしい』とか、

有利に交渉するためのカードの一つだった。



しかしその後イラク戦争で、

『フセイン大統領が核を持って

いなかったために攻撃された』、


リビアでは『カダフィ大佐が核を

放棄したために、最終的には

アメリカによって排除された』

という思いが非常に強い。




『やはりなんとしても核を持たないと

いけない』ということで、いまや

交渉カードと言うより、明確に

アメリカに届く打撃力を持つことが

交渉力になるし、自分たちの体制維持に

繋がると考えていると思います」







これを、イラク・リビアの年表に

北朝鮮の年表重ねてみると、

一目瞭然です。



参考:「原水爆禁止日本国民会議」

ホームページ

http://www.gensuikin.org/nw/libya.htm

核兵器のページデータに基づき作成

(赤字がイラクとリビア)



200319日 IAEAのイラク核査察報告。

 (1991年~98年の査察で新たな核兵器開発の証拠見つからず。

 しかしアメリカはイラクへの攻撃意思を取り下げず)


2003110日 北朝鮮、アメリカの軍事的脅威を理由にNPT脱退表明


20032月 イラク、IAEAの指示に従いミサイル廃棄

20033月 イラク攻撃


2003年12月 イラクの元フセイン大統領、米軍に拘束される

2003年12月 リビア、すべての化学・生物・核兵器を放棄と発表


2004年 イラク戦争後、大量破壊兵器の捜索をアメリカが断念


2006年北朝鮮第1回核実験

2009年北朝鮮第2回核実験、テポドン2発射


2011年 NATOの軍事介入、リビアのカダフィ政権崩壊

2013年北朝鮮第3回核実験

2016年北朝鮮第4回・第5回核実験





「制裁対象だったイラクやリビアが、

国際社会の言うことに従って

制裁解除しても核廃棄しても、

結局無駄だったじゃないか。


イラク戦争の根拠が嘘だとわかっても、

リビアも非核化した後やられた。

むしろ核を手放したらおしまいだ」

と、北朝鮮が核やミサイル開発を

加速させていることが見て取れます。




実際、

長距離ミサイル・核を持つことによって、

アメリカは本土への反撃を危惧し、

北朝鮮を攻撃しづらくなっている。


「核とミサイルがあればやられない」

いう北朝鮮の認識を裏付ける結果と

なってしまっています。






こうした事実から見るとき、

リビア方式による非核化の結果として

正反対の結果を北朝鮮にもたらして

いるのではないでしょうか。



そういう意味では、大局的には

「リビア方式」「棍棒外交」は

失敗だったといえると思います。





しかもリビアと北朝鮮では核開発の規模が違う。


リビアのそれがほんの初期だった

のと比して、北朝鮮は

核実験まで成功させ、

国防の要となっています。






「リビア方式」というワードを

使わなくても、

即時の「完全かつ検証可能で

不可逆的な非核化」、

「さもなくば圧力最大化・

攻撃も辞さず」というのは、

それとほぼイコールです。



だからこそ、

今回もアメリカが「棍棒」を

振りかざし続けるなら、

交渉が決裂しかねない。



それを強く危惧します。






別に北朝鮮の肩を持つつもりは

ありませんが、

調べてみる限りでは、少なくとも、

「体制を崩壊させない」という保障と

短期的でなく長期的段階的な非核化が

現実的な道というのが事実なのでは

ないでしょうか。





まずはそこになんとか

軟着陸出来ることを願って、

明日の会談を見守りたいと思います。







(北東アジアの平和構築と

朝鮮半島非核化の

具体的な前進のためには、

朝鮮戦争の司令部である在日米軍基地と

地位協定見直しが不可欠だと考えますが

それについてはまた別途書きたいと思います)






【当ブログ内関連記事】



▼米朝会談前に・part1。「リビア方式が成功例」と言う根拠は?対北朝鮮・最強硬派の主張を聞いてみる。




▼北朝鮮危機に考える国防part4・これが38度線リアル!太平洋32か国の軍トップと議論したことは?解決の方途は?@伊勢崎賢治さんJazzLIVE






byしゅくらむ



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by shuklm | 2018-06-11 20:23 | 安保法・安全保障・日米関係/戦争と平和 | Comments(0)

米朝会談前に・part1。「リビア方式が成功例」と言う根拠は?対北朝鮮・最強硬派の主張を聞いてみる。





▼先月27日、NHK日曜討論より 

同じ「非核化」というワードでもここまで認識のズレ

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1■「伝える力」の必要性を痛感する日々■




史上初の米朝首脳会談をめぐり、

駆け引きが連日報道されています。



少しでも北東アジアの平和構築が

前進してほしいと願っていますが、

一方で、「交渉なんて無駄だ。

北朝鮮に今まで何度騙されてきたか。

外交努力なんてお花畑だ。

圧力を緩めるな」という意見もあります。


また、戦争までは望んでいないけれど、

「そうは言っても、北は危ないから

核放棄させないと安心できない…」

「結局アメリカを頼りにするしかない」

という意見もあるでしょう。




それに対して、

ひとつひとつきちんと根拠をもって

自分の言葉で向き合う力、

堀潤さん言うところの、伝える力」を

アップしていく必要があると、

日々ひしひしと感じています。


「ファクトに基づいて小さい主語で語る」ことで、相手に届く言葉を。




私は北朝鮮専門家でも中東研究者でもない

ただの1勤め人にすぎませんが、

シロウトが入手可能な情報の範囲で

ひとつひとつ学び考えたことを書いておきたいと思います。


現在アトピー療養中で長文が難しく、

ノート状態で恐縮ですが、

ご参考になれば幸いです。







2■「非核化」をめぐるズレが孕む危険性■





今回1回の会談ですべてが解決する

わけではないのはもとよりですが、

一番気になるのは、

「非核化」をめぐる同床異夢です。





先月27日、日曜討論より

静岡県立大学 奥園秀樹さんの指摘

「パンムンジョム宣言の英語版を読むと、

韓国側はシンプルに”朝鮮半島の非核化”

と言っているのに対し、

北朝鮮側は”朝鮮半島を非核地帯化”と

言っている。

北朝鮮に一方的に核を捨てろというのではなく、

トータルでの安全を主張している」

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最近トランプ大統領は「リビア方式」という

ワード自体は使わなくなりましたが、

掲げている方針である

「完全かつ検証可能で不可逆的な非核化」、

「さもなくば圧力最大化・攻撃も辞さず」

というのは、実はリビア方式とほぼイコールなんです。





これは本当に軟着陸が難しいと感じます。






そこで、あらためて、リビア方式って具体的には何なのか、

そしてリビアはその結果どうなったのか?

というのを押さえておきたい。





まず、ボルトン補佐官や支持者ら

「対北宥和はありえない」

「リビア方式にどれだけ近づけられるかがカギ」という

最強硬派の具体的な主張を聞いてみましょう。




そして、もう一方の当事者・リビア

(アラブ世界とアフリカ)の側から

それがどう認識されているのか、

そして北朝鮮がそれをどう受け取った

のかを見ていくことで、

解決の方途を探るヒントになればと思います。





【主な参考図書・ニュースソース等】


重信メイさん著「アラブの春の正体―欧米とメディアに踊らされた民主化革命」2012年・角川oneテーマ21発行


「月刊Hanada20187月号・飛鳥新社


「原水爆禁止日本国民会議」ホームページ

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アルジャジーラ英語版Twitter https://twitter.com/AJEnglish


NHK日曜討論


TBSサンデーモーニング








3■最強硬派「リビア方式は成功例」の根拠■






▼初めて買いました、「月刊Hanada

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20187月号の島田洋一氏の記事

「金正恩を追い詰める非核化の成功例”

リビアモデル”」

から抜粋してご紹介させていただきます。

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島田氏は、ジョン・ボルトン補佐官と

直接5・6回面談したことがあり、

リビア交渉時の米側代表だった

ロバート・ジョゼフ氏

(当時の国家安全保障会議

核拡散戦略上級部長)とも5月に意見交換し、

さらに彼の腹心の部下で首席補佐官の

フレッド・フライツ氏とも親交の深い

という、対北最強硬派。



リビア方式が成功例という根拠は?

なぜ「対北宥和はありえない」のか?





▼ボルトン補佐官(月刊Hanada20187月号より)

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**抜粋ここから****



※≪≫箇所はしゅくらむによる補足です





”ボルトンが、目指すべき「完全かつ

検証可能で不可逆的な非核化」の

成功例として常々上げるのが、

「リビア・モデル」だ。”



”実際いかなるものであったのか”




”1.最高指導者に直結する対外情報機関

(CIAとMI6)幹部が、交渉および

廃棄・検証の初期段階を担った。”


”「雰囲気作り」のための譲歩に

傾きがちな国務省や、動きが鈍い

国際機関は関与させなかった”


≪途中から関与≫




2、合意成立の1ヶ月後には

米軍機と戦艦による廃棄対象物質の

海外搬出が始まり、3ヶ月後にはほぼ完了。


≪驚異的なスピード!!≫



”合意発表から約一か月後の二〇〇一年一月、

米海軍のC-17輸送機が、

まず最も重要な物質・パーツを、

リビアから米テネシー州のオークリッジ国立研究所に搬出した”


≪一国の安全保障にかかわる兵器を、

一国に移転していたという事実…≫





3、すべてのウラン濃縮用機材や原料を

廃棄対象とした「平和利用」目的の部分、

すなわち軽水炉原発の燃料(低濃縮ウラン)

製造用の部分は廃棄対象から除外する

といった措置は認めなかった。


≪イラン的な平和利用も認めないということ≫




4、核のみならず化学兵器、

射程三百㎞以上の中距離ミサイルも

廃棄対象となった




5、合意成立後、疑惑施設の査察要求に

リビアが即時全面的に応じた。


米英諜報機関が把握していなかった

関係施設に自主的に案内したケースもあった。


「完全かつ不可逆的な」廃棄か否かは

物理的には照明困難で、査察に対する

態度で判断するしかない。

リビアは「合格」であった。





6、テロの精算も同時に行われた。


具体的には、一九八八年十二月二十一日

のパンナム機爆破テロ(ロッカビー事件。

スコットランドのロッカビー村上空で発生。

死者二百七十人。うち米国人百九十人、

英国人四十三人)の責任を

リビア政府が公式に認め、

犠牲者遺族に対する二十七億ドルの

賠償金支払いを約束した。


また、中東テロ組織に対する支援の

打ち切りも約束した。





7、リビアへの見返りは「見返り」は、

核・ミサイルの廃棄完了後に提供された。


すなわち、金融制裁と航空機往来禁止解除が二〇〇四年九月、

テロ支援国家指定の解除が二〇〇六年六月などである。





8.サダム・フセインの悲惨な末路を

指し示しつつ、カダフィに斬首作戦の

恐怖を与え続けた。




20031213日、

イラクのサダム・フセイン元大統領が

地下の穴倉から米軍に拘束される≫




”その3日後に当たる十六日、

ロンドンでの協議において、

リビア側は全ての大量破壊兵器および

関連物質の廃棄に同意する。


サダムの拘束がカダフィを大いに動揺させた、

というのが米側の理解であった。”




”「当時、カダフィは偏執狂(パラノイア)的に

米軍の攻撃を恐れていた」とジョゼフは言う。”




”米英側は、早く見返りが欲しければ

早く全面廃棄を実行せよ、との立場を変えなかった”



CIAMI6のような諜報能力を持たず、

軍事力の後ろ盾もない国際機関では、

独裁国家の秘密核開発を暴くことは出来ない”


”IAEAのような国際機関は、

多くの場合、むしろ足を引っ張る

存在となるというのがジョゼフの総括である”






***抜粋ココまで***





この過程では、

リビアに搬出されようとした核物質を

米英独伊が船舶臨検で発見したり、

諜報機関が主導権を握っていました。



また、米側は、

かつてアメリカの”子飼い”だった

フセイン元大統領の末路に震撼した

カダフィに対して、

「実際にレーガン政権下で実行された

斬首作戦を今度こそやるぞ」、という

脅しをかけ続けています。

その結果の核と武器の解体でした。




この文章では、それをもって

リビアモデルの成功とし、

北朝鮮が求める「段階的な非核化」は

その対局であり、絶対に受け入れるべきでない、と結論付けています。







4■「リビア方式成功」のカギは棍棒外交■






これは正直凄いなと思いました。

「棍棒外交の勝利」であることを前面に出して、

はばかることが無い。



確かに、「非核化」というミッションについては

合意から3か月で完了という、物凄い高速で

ほぼ完璧に実現されたといえるでしょう。

その意味では「大成功」と言えます。




しかし果たして、こういうやり方を、

当然の世界スタンダードとしてよいのでしょうか?




「ならず者国家」認定した相手を

手段を択ばず脅して締め上げていうこと聞かせる。


世界が積み上げてきた国際法も、

国際機関も関係ない。




こういう振る舞いをしてきたから、

アメリカというナショナルな枠組みに

対して反感や恨みを買ってしまう

のではないでしょうか。


「なんでアメリカは核兵器も原発も持ってて

戦争やりたい放題でOKなんだよ?」と。


だから「欧米の唱える正義と自由」に

異議を唱えるISや、それに共鳴する

ホームグロウンテロリストが

産まれてしまうのでは…と思うのですが。





しかし、一方で、

こういう棍棒外交を支持する人たちや、

あるいは「アメリカのやり方は乱暴

かもしれないけど、守ってもらってる

んだから仕方ない」と感じている人たち

にも、届く言葉を増やしていく必要が

あるでしょう。




キレイごとでなく、

「核兵器を持つ独裁国家」と

どう向き合っていけばいいのか、と。






それでは、そのリビアは

非核化後、どうなったのでしょうか?


そしてそれは北朝鮮にとって

どういうものとして認識されたのでしょうか?





今度は、中東専門家・ジャーナリストで

リビアもウォッチしてきた重信メイさんや、

中東メディアの視点を借りて見てみます。



アラブ世界・アフリカの側から

逆照射すると、全く違う姿が現れてきます。





【続きます】







【当ブログ内関連記事】

▼歴史的南北会談。韓国の友人たちの願い・分断を解決する最後の1ピースとは??


▼何度も危機を経験してきた韓国。兵役経験者に聞いてみた・Part1;北朝鮮の隣で暮らし続けるということ。



【関連カテゴリー】



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by shuklm | 2018-06-09 20:10 | 安保法・安全保障・日米関係/戦争と平和 | Comments(0)