オトナの社会科・中東からの声を手掛かりに。

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「パレスチナ問題」って、ぶっちゃけ何なの?




「現地にたった一度しか行ったことがないくせに、

専門家でも研究者でもない奴が何を言う?」と

自分でも思うのですが。




このブログは、

「まずはとにかくハードルを下げて

パレスチナ問題にアクセスしやすくしたい」


「膨大な背景を理解しないと触れられない、

というのを何とかしたい」と思って

書いておりますので、


あえて物凄くざっくり言わせていただきますね。





「パレスチナ問題」を一言で言うと、


「ホロコーストのとばっちり」。






これは別に私のオリジナルの考えではなく、

現地でパレスチナ人から言われた言葉です。




「ユダヤ人はホロコーストに遭って、

気の毒だったと思う。

だけど、なんでパレスチナが

そのツケを払わなくちゃならないの?」。





この言葉を手掛かりに、

考えてみたいと思います。



言い換えると、


「パレスチナに持ち込まれたユダヤ人問題」


だと思います。







イスラエルの場所は、ココじゃなくてもよかった?




パレスチナはずーっっと紛争地」、

「イスラム教とユダヤ教の聖地・

エルサレムを奪い合ってるから、

異なる民族同士の争いが絶えない」

みたいな報道のされ方してますが。



ですがね、そもそもイスラエルの領土は

現在の場所である必然性はなかったんですよ?



当初の候補地はパレスチナじゃなかったんです。


なんと、東アフリカとかが挙がっていたんですよ??





19世紀末、ヨーロッパに吹き荒れた

ユダヤ人排斥の中、

「ユダヤ人も自分たちの国を持てばいいんだ。

国なき民に、民なき国を」という

「ユダヤ人の建国運動」=シオニズムが始まった当初。



高橋和夫さん著「アラブとイスラエル」によると、

当時イギリスの植民地であった

東アフリカのウガンダなどが

具体的な候補地に入っていたそうです。




現在のイスラエルはココ。(Wikipediaより拝借)▼



ちなみに、ウガンダはココ。(同じくWikipediaより拝借)▼

もちろん、エルサレムは含まれてません。


要するに、どこでもよかったんですよ。

世界中のどっかに「独立国」が作れるなら。




「何ソレ 、どんだけテキトーだったの?!」

って思いますが、これが、

「帝国主義・植民地支配の時代」という

特殊な時代の産物だったわけですね。



「アジアとかアフリカは、

ヨーロッパ人が好きにしていいんだ」的な、

定規で地図上にまっすぐ線を引いて

国境や分け前を決めちゃうような、

傲慢な発想がまかりとおっていた時代。


(その人工的に引かれた国境線が、

現在のIS問題の種を撒いたわけですが)




当時のイギリスの植民地担当大臣

セシル・ローズが、

「出来ることなら惑星をも併合したい」と

豪語したのは有名な話ですよね。

(東京書籍「世界史図説3訂版」より)▼





ではなぜ、候補地がアフリカから

パレスチナに変わったのか?




ユダヤ人の内部でも、

「そうは言っても、いくらなんでも

アフリカに建国するんじゃ必然性がなさすぎる。

世論の支持が得られないだろ」と

意見が出たからだそうです。


「聖地エルサレムがあるから」、

「約束の地(エレツ・イスラエル)は、

神から与えられた場所だから」という理由で、

ユダヤ人の宗教層を説得したり

必然性を主張するために、

候補地が「聖地」に変わった。






つまり、理由は後付けだったんです。







■「約束の地に帰りたい」よりも、「何処でもいいから安住の地が欲しい」





そうは言っても、第二次世界大戦が終わって、

帝国主義(植民地支配)の時代も終わると、

「いくらなんでもそれは乱暴だろ。無理だよ」

となるはずだった。



パレスチナは「民の住んでいない国」

なんかじゃなかったから。





しかし、「ユダヤ人の国家建設」に

有無を言わせない根拠を、

ホロコーストが与えた。




「ユダヤ人であるという理由だけで

あんだけ殺されたんだから、

ユダヤ人でも生きていけるところをよこせよ!」

って言われたヨーロッパ人は、罪滅ぼしに、

「こちらへどうぞ」とユダヤ人を案内した。



世界中が「アンネ・フランク」のような

ユダヤ人の境遇に深い同情を寄せて、

ユダヤ人国家建設を後押しした。



当のパレスチナ人が承知していないのに、

国連で決議までして、お墨付きを与えた。


で、話をややこしくしたわけです。






もし仮に、ユダヤ人国家なんか作らなくても、

ユダヤ人が生命の危険を感じずに、

ヨーロッパのどこででも

ユダヤ人であることを認められて

普通に生活していけるのなら、

「イスラエル」は要らなかった。




ヨーロッパが自力で解決できない

「ユダヤ人問題」を、

「外部」へ持ち越したわけです。



その持って行き先が、パレスチナだった。





とんでもないとばっちりじゃないですか?




「ホロコーストのとばっちり」を、

なんでパレスチナが受けなくちゃいけないわけ?


ユダヤ人を迫害して虐殺したのは、

パレスチナじゃないのに。






そういう意味では、

「ヨーロッパ、責任とれよ!!」と思います。


少なくとも、ヨーロッパ

イスラエルやパレスチナに

偉そうに何か言える立場じゃないよね


だから、ヨーロッパが

パレスチナ問題を仲裁するのは

難しいんです






じゃあ、なんでヨーロッパは、

「ユダヤ人問題」を解決できなかったのか?


なんであれほどの「ホロコースト」を

防げなかったのか?




引き続き、掘り下げてみます。







【その2へ続きます】


パレスチナ問題って、ぶっちゃけ何?その2・なぜホロコーストを止められなかったのか?↓

http://syuklm.exblog.jp/24746703/




【当ブログ内関連記事】

2014814UP 「ホロコーストを経験したのに、なぜ?」その2↓

http://syuklm.exblog.jp/23154936/


20148月~9UP なぜ停戦が和平につながらないのか? その1~4 ↓

http://syuklm.exblog.jp/23279416/

http://syuklm.exblog.jp/23284486/

http://syuklm.exblog.jp/23290370/

http://syuklm.exblog.jp/23327669/


201497UP なぜイスラエルならOKで、パレスチナだとNGなのか? ↓

http://syuklm.exblog.jp/23335018/



※新しく、「オトナの自由研究」というカテゴリーを追加しました。

 パレスチナ問題を包括的に解き明かすことなど私には到底できませんが、自分自身が知ったこと・調べてわかったこと・学んだことを、理解できた範囲で、少しずつ綴っていきたいと思います。



byしゅくらむ


シュクラムは、アラビア語で「ありがとう」。

筆者が知数少ないアラビア語です。

ここでの出会いと、ここまで読んで下さったことに感謝をこめて。

シュクラム!



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by shuklm | 2015-07-26 10:08 | エルサレム・和平・国際監視 | Comments(2)