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オトナの社会科・中東からの声を手掛かりに。

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中国からの声part2;天安門で民主化を求めたのはどんな人たちだったのか?~自由と出会った若者、後押しした時代~



1■当時の中国はどんな日常を生きていたのか?■




前回記事

中国からの声part:友人が語った天安門と中国政治と望み~戯曲「CHIMERICA」に寄せて~

https://syuklm.exblog.jp/29269982/

をキッカケに、


「実は自分も中国とかかわりがあった」と

打ち明けて下さる方が何人もいらっしゃいました。



あまりにも問題が大きすぎて重すぎて、

容易に口にすることが出来なかった。

それは私も同じです。



また、「チャイメリカを観て初めて天安門のことを

知った」という反応も少なくありませんでした。



生きてきた年代によっても全く認識が異なる、

そういう人間同士が想いを交わし合う

キッカケを与えてくれた舞台「チャイメリカ」。

俳優さん、関係者の方々には感謝しかありません。




いまだからこそ、ささやかでも

ベーシックな土台を共有したい。



改めて勉強しなおして

膨大な情報量に溺れそうになりつつも、

ビギナーの方にもなるべくわかりやすく

専門的になりすぎないよう、

また多少なりともご存知の方にも

叩き台となるよう、試みてみました。




では、

あの広場に集ったのは、どんな人達だったのか?


あの頃の中国の人たちは、どんな街に暮らし、

どんな日常を送っていたのか?




百聞は一見に如かず、

まずはぜひコチラを観て下さい。



イギリスのポップデュオ・ワムの

公式MVに収められているのは、

1985年の中国ツアーの様子です。


ロードムービー的映像から

当時の雰囲気がリアルに伝わってきます。


▼Wham! - Freedom (Official Music Video)

https://www.youtube.com/watch?v=BFwOs-jy53A>






改革開放前、まだ個人の外国人渡航が

許可されていなかった頃。



素朴で無邪気で恥ずかしがり屋で

気難しくて気さくな人たちの姿は、

私が1987年に見たそのままの光景でした。







2■「西側」に初めて出会った若者たち■






Wham!は、英米のアーティストとして

初めて大々的に中国で公演を実施。


つまりそれは、

東西冷戦期に建国した中国の人達が

初めて触れた「西側音楽」でした。



MVのクライマックス、

世界的ヒット曲「freedom」の熱唱に、

最盛期ブリティッシュポップの熱量と、

生で出会った「西側音楽」に思わず

共振する中国の若者たちの姿に、

胸アツと同時に切なくなります。



ビートルズが初来日した時、熱狂のあまり

失神者続出した頃の日本を彷彿とさせます。

(さすがにその当時をワタシは

リアルタイムでは知りませんが(^^;)





まさにここに映っているような若者が、

天安門広場に集った学生リーダーたち、

王丹やウアルカイシや柴玲などの

自由を信じ希求する「天安門世代」に

繋がっていったのでした。





学生リーダーの1人だった

新疆ウイグル自治区出身のウアルカイシは、

映画「天安門」のインタビューで語っています。



「建国されてから40年で、僕らが初めてだ。


強く海外に憧れる世代、

党の指導者を批判する世代は。



僕らに何がある?


目指すべきゴールもない、

上の世代(革命世代)にあった理想主義もない。



僕らは何を求める?


ナイキ・シューズ、女の子と遊ぶ時間、

出口を求めて討論する自由、

そして社会からの尊敬だ」。




それは、時代状況に強く後押しされたものでもありました。







3■時代背景:確実に変わっていた空気■







天安門事件を理解する上で

この時代背景は外せないと思いますので、

あえてざっくりまとめさせていただくと。




時は、東西冷戦終結の直前。



アメリカとソ連の核軍拡競争のエスカレートで、

ターミネーターや北斗の拳で描かれたような

「核戦争による人類滅亡の危機」が

リアリティを持っていた頃です




1985年、当時の

ソビエト連邦共産党書記長(最高指導者)に

ミハイル・ゴルバチョフ氏が就任。


核軍拡と経済危機とチェルノブイリ事故で

疲弊した国内の立て直しのため、

ペレストロイカ(政治改革)を掲げ、

西側諸国との対話外交を開始。


東側陣営(社会主義・共産圏)と

西側陣営(西欧など自由主義圏)との

軍事的緊張の緩和が進むと同時に、

体制維持のために長く押さえつけられていた

自由に発言出来ない社会への不満、

共産党一党独裁への批判が噴出。



それは、1989

11月の東西ベルリンの壁の崩壊に象徴される

「東欧共産圏の終焉」の始まりでした。



この同じ年、6月から12月までの僅か半年間に、

ポーランド・東ドイツ・ハンガリー等の5国が

雪崩を打って共産主義の旗を降ろすという激変の年となります。



多くの国で、天安門広場のような

国会前にあたる広場を数万人単位の民衆が埋め、

民主化を求めてデモやストライキ等で訴えました。



チェコスロバキアやポーランドのように

政権の平和的移行を軟着陸させた国もあれば、

ルーマニアのように市民と治安部隊の市街戦の末に

チャウシェスク大統領の処刑という形に

帰結した国もありました。



天安門事件はまさにその1989年6月に起こり、

「民主化を弾圧する共産主義」への

世界的失望によって

東欧革命にも強烈な影響を及ぼしたのでした。





ではなぜ、中国の学生たちが望んだような

素朴で若者らしい欲求は、

流血の事態に帰結しなくてはならなかったのか?


あの広場での7週間、何が起こっていたのか?


流血を回避する方途はなかったのか?


その先の展望はどこに存在するのか?





続きはまた数回に分けて

少しずつお伝えしていきますね。




次回は、

天安門事件の直接のキッカケとなった

改革派・胡耀邦の死と、

日本人に託されたメッセージについてです。


彼の「遺言」を辿ることで、

天安門と私たちが繋がる回路と

希望が見えてくると思っています。




おつきあいいただけますと幸いです。







なお私自身の立ち位置を表明させていただければ、

中東やアジアでの欧米の振る舞いを見るにつけ、

いわゆる西欧的な「自由と民主主義」について

無条件に支持することはできないし、

市場自由化と経済成長がすべてを解決するわけでは

ないとも考えています。


しかしそれを何の労苦も無く享受してきた自分が、

中国の人たちがそれを希求するのを

止めることは出来ないとも思っています。


それゆえ、

「中国共産党一党独裁さえ倒せば全て解決する」

などと短絡的に外部から批判するのではなく、

広場に集った人が何を望んでいたのかを伝え、

出来る限り客観的な史実と

出来る限り内在的な考察を綴ることで、

ほんの少しでも、かの地の人たちの力になりたいと願っています。




#チャイメリカ





【参考】



◇映画「天安門 THE GATE OFTHE HEAVENLY PEACE

リチャード・ゴードン、カーマ・ヒントン共同監督 1995年(日本配給:UPLINK



◇人々の声が世界を変えた!―特派員が見た「紛争から平和へ」

伊藤千尋 (著) 2002/10 大村書店発行

東欧民主革命の市街戦の命懸けレポ有り。

著者の伊藤さんと私は

政治的見解が必ずしも一致しない部分もありますが、

現場に身を置くジャーナリストの方々には心から敬意を表します。


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今回紹介の動画の情報提供は、

この中国シリーズを書く手助けをしてくれた

台湾にゆかりのある恩人からです。

深く感謝です!!





byしゅくらむ



シュクラムは、アラビア語で「ありがとう」。
筆者が知る数少ないアラビア語です。
ココでの出会いと、ここまで読んで下さったことに、感謝をこめて。
シュックラム!



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by shuklm | 2019-03-02 21:23 | 中東・アジア・イスラム世界からの声 | Comments(0)