オトナの社会科・中東からの声を手掛かりに。

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ジェニンにて10・平和な朝。羊にお尻を攻撃される。



20026月8日、


パレスチナ自治区 ヨルダン川西岸地区、 

ジェニン難民キャンプから数キロのザバビダ村。





戦車に包囲された翌朝。






カラダ中が不自然に痛む状態で

目覚めました。



多分、普段なら他人様に

見せられないような形状

(ひざまずいて、頭から床に突っ伏した状態)で、

寝落ちしていたのだと思います。





寝ぼけまなこで、階下へ降りました。





砲撃の標的になるのを避けるために

電気を消し、建物の内側へ避難した

メンバーも、顔を揃えています。





「ああ、生きてた…」。





言葉にしなくても、

ホッとした表情で朝を迎えていました。






一方で、もともと内側の部屋で寝ていて、

「え、そんなことあったの??」と、

何も知らずに熟睡していたメンバーも

いました。






宿舎のロビーにあるPC

ネットニュースを調べたところ、

ジェニン難民キャンプ周囲の

数キロにわたって、

戦車32輌に包囲されていたそうです。



宿舎の前の道を戦車10輌が通過した

のを、カウントしていた人もいました。







それでも、誰にも等しく、

朝はやって来るわけで。





朝食を買いに、

村の市場まで出かけました。






ヒッチハイクして乗せてもらった

トラクターの荷台は、羊が満載。



メェメェ鳴きながら、なぜか

集中的にお尻を突つかれて、

くすぐったくて大変でした。



羊からの攻撃を避けようと

しゃがもうとすると、

羊の毛で鼻がムズムズするし、

身を乗り出そうとすると、

トラクターから転げ落ちそうになるし。



結局、

「あっ、ヤメテヤメテ。そこはダメ」と

悲鳴を上げ続けるしかなく、

トラクターのドライバーの兄ちゃんは、

市場に着くまで笑い通しでした。





この道を、ほんの数時間前に

戦車が通っていたなんて、

とても信じられない。



のどかで、うららかな農村の風景が、

どこまでも続いていました。






これが、私が見たパレスチナの日常でした。









午前10時。

ツアーメンバーは、タクシーで

宿舎を出発しました。







極限状態の中でも、支えあって

生きているパレスチナの人たちが、

一時の訪問者に過ぎない私たちを、

ごく当たり前に助けてくれたことには、

いくら感謝しても足りません。





byしゅくらむ


シュクラムは、アラビア語で「ありがとう」。
筆者が知る数少ないアラビア語です。
ココでの出会いと、ここまで読んで下さったことに、感謝をこめて。
シュックラム!



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by shuklm | 2014-10-24 06:51 | パレスチナ自治区 現地レポなど | Comments(0)