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【シェア】世界が悪い方向に転がるのを止めるための、覚書き。 想田和弘さん『不幸にも「テロ事件」が日本で起きたときのために記す』。





2015年の世論調査で、「日本でテロが起こる可能性」について、45%の人が「あると思う」と答えたという結果が報じられていました。




もし仮に、不幸にも日本で「テロ」が起こってしまったら。


日本も雪崩を打ってアメリカやフランスのように「テロへの反撃」へ向かってしまうのだろうか。


「その時」に、そうならないように読み返したい、想田さんの文章をシェアさせていただきます。




「その時」には、このちっぽけなブログすらも、

「イスラム教徒の肩を持つのはテロリスト」と批判されるかもしれない。




仮にそうなったとしても、折れずに発信をし続けよう、と考えています。




私自身は、パレスチナに1回しか行ったこともない、

シリア人の友人も1人しか知らない、

イラクやアフガンなど中東やアラブやイスラム教徒の人達の声を直接聞いた事も数回しかない。

彼らについて知ってることなんて大した量じゃないけれども、


彼らがどれだけの暖かさを示してくれたか、

どれだけ日本を信頼し想いを寄せてくれていたか、

衝突を止めようと願う良心の声がどれほど切なるものだったか、


マスメディアやネットの膨大な情報の中でなかなか語られないことを、伝え続けていきたい。





世界がこれ以上悪い方向に転がり落ちていくことを、少しでもとめたい。

たとえそれがどんなに小さな声であったとしても。




いまここで想いを共有する人が少なからずいて下さることにチカラを得て、

ささやかながら、未来への決意を記して、2016年へ向かいたいと思います。








*******シェアココから****





映像作家・想田和弘さん 

「観察する日々」20151216日付より




不幸にも「テロ事件」が日本で起きたときのために記す






ドキュメンタリー映画『牡蠣工場』(観察映画第6弾、2016年2月に日本公開予定)のプロモーションなどのため、約1年半ぶりに日本へ帰国している。



着いたなり、時差ボケと風邪のためハッキリしない頭に冷水を浴びせるようなニュースが飛び込んできた。

フランスの地方選挙・第1回目の投票で、排外主義的な極右政党・国民戦線が大躍進したというのである。

しかも得票率は28%に上り、オランド大統領率いる社会党などを上回って首位。

決選投票では振り子が逆に振れて、国民戦線が首位になった地域は出なかったようだが、危険な兆候である。



と思っていたら、今度はアメリカの悪名高い共和党候補者、ドナルド・トランプが、耳を疑うような発言をした。

「当面、イスラム教徒の米国入国を禁止すべき」と言い出したのである。

この宗教差別丸出しの暴言には、さすがに共和党内部からも批判が続出しているが(あのチェイニー前副大統領ですら!)、ロイターの世論調査によれば、トランプの共和党内での支持率は依然として35%を維持し、首位である。

しかも共和党支持者のうち64%は発言を問題視せず、「不快」としたのは29%にとどまったという。


恐るべき事態である。



いったい全体、アメリカやフランスに何が起きているのか。



こうした現象の背景に、両国で起きた「テロ事件」があることは間違いないであろう。

両国で暮らすかなりの数の人々が「テロ」の恐怖に支配され、判断基準や思考が狂わされているのだと思う。



思い出すのは、2001年9月11日事件直後のアメリカだ。


あのときも僕はニューヨークに住んでいた。


世界貿易センタービルが倒壊するのを目の当たりにしたときには、尋常でないレベルの恐怖を体験した。

当時は炭疽菌による攻撃も盛んに取りざたされたので、地下鉄に乗ったり街を歩いたりするのにも、いちいち死を覚悟するような有様だった。

だからアメリカの世論の9割がアフガニスタン攻撃を支持したときには、その選択を感情的には理解した。

僕自身も「テロリスト」には怯えていたし、アフガニスタンを攻撃することで彼らを撲滅できるのなら、それも仕方あるまいとさえ思った。



しかし、である。



問題は、冷静に考えるならば、アフガニスタンを攻撃しても、状況が好転するとは思えなかったことだ。

むしろ暴力の連鎖を作り出し、世界はますます危険になっていくだろう。

そう、思った。だから僕はアフガニスタン攻撃には大反対だった。


だが、そういう意見を公に発言できるような空気は、恐怖に支配されたアメリカ社会からは消えていた。



象徴的なのは、全米で星条旗が大ヒット商品に化け、人々が自宅や職場や街角にこぞって掲げたことだ。

僕の印象では、社会から排除される不安を抱くマイノリティーの人ほど、率先して掲げていたように思う。

「アメリカとともにある」という姿勢を自ら強調することによって、「自分はテロリストの仲間ではない」ことをアピールしようとしたのである。



こんなこともあった。



大リーグの試合では、7回表が終わると「私を野球に連れてって」という歌を観客みんなで合唱するのが習わしである。

ところが9・11以降、歌はアメリカの第二の国歌と言われる「ゴッド・ブレス・アメリカ」に取って代わられ、皆は一斉に起立して斉唱するようになった。

電光掲示板に「私たちはアメリカ軍を支援します」という大きな文字が表示されながら。


僕はその光景の一部になり戦争に加担するのが嫌で、斉唱が始まっても独り座ったままでいた。

すると周りの人たちがチラチラと僕の方を見る。

その視線が耐え難く、僕はその後何年間も、大リーグの試合には行けなくなってしまった。



「テロ」の恐怖に突き動かされると、アメリカ社会ですら、一夜にしてこんなにも「一丸」になってしまうのか……。

もともと個人主義と合理主義の強いアメリカだけに、その変貌ぶりに、僕は驚き、戦慄した。

そしてアメリカは、アフガニスタン戦争とイラク戦争という二つの泥沼の戦争に突入し、これまでに約17万人もの民間人を殺戮するにいたったのである。




これは、日本の人々にとっても決して他人事ではない。



僕がいま非常に恐れているのは、日本でも「テロ」が起きることである。

不吉なことを申し上げて恐縮だが、それは実際、時間の問題だと思う。


カリフォルニアで起きた「テロ事件」のように、最近ではISなどの組織とは無関係に、個人で事件を起こすケースも出てきた。

非常に困ったことだが、僕はこれは当然の成り行きだと思っている。

なぜなら先月の本欄でも申し上げたように、「テロリスト」とは属性ではなく「アイデア」だからだ。


こうした単独型の事件は、今やいつどこで起きてもおかしくない。

そしてそれをセキュリティの強化によって防ぐことは、ほぼ絶望的に不可能であろう。

彼らは政府の監視対象にすらならないのだから。



そう考えると、日本でも「テロ事件」が起きるのは、残念ながら、ほぼ確実な気がするのだ。



しかしより大きな問題は、いざ「テロ事件」が起きた時に、私たちがそれに対してどう反応するかということである。


アメリカやフランス社会のように、恐怖に突き動かされて対応を狂わされてしまうのか。

それとも、なんとか理性を保って、冷静に対応できるのか。



僕は、ただでさえ一致団結しやすい日本社会の性質上、同調圧力が異常に高まるのではないかと恐れている。

後藤健二さんらの誘拐事件が起きた時には、「このような非常時には安倍政権批判を控えるべきだ」「政権批判は利敵行為だ」という声さえ、聞こえてきた。


もし、パリのような大規模な「テロ事件」が東京などで起きたら、ああしたヒステリックな声が、あの時以上に強まることは当然予想される。

のみならず、日本ではすでに、国際的なスタンダードによれば「極右」にカテゴライズされるような人々が、権力の中枢にいる。

「テロ」が起きれば、安倍政権は「緊急事態条項」を憲法に入れる運動に利用するだろうし、自衛隊を「テロリスト掃討作戦」に参加させるための理由にも使うであろう。

そしてそれらの動きに反対する人や政党が、「テロを容認するのか」「お前はテロリストなのではないか」という中傷に晒されるのは、確実なのではないだろうか。



そうした声に、私たちはいかに抗い、戦争にむかって「一丸」となることを避け得るのか。



そう書きながらも、僕はかなり絶望的にならざるを得ないのだが、だからといって、何もしないわけにはいかない。


せめてまだ日本の人々が冷静なうちに、ここにこうした「警告」を書き記し、「選択してはならぬ危険な道」をあらかじめ示しておこうと思う。

「テロ事件」が起きた後では、このような警告には、多くの人は耳を傾けないであろうから。

そのとき僕は、下手をすると「テロリストの味方」だとレッテルを貼られて、かなりの程度、社会性を剥奪されるであろうから。



不幸にも事件が起きた時には、一人でも多くの人々が、この投稿のことを思い出して欲しい。

そして冷静さを取り戻して欲しいと、今から願っている。







*****シェアココまで***






今年、おつきあいいただき、本当に有難うございました。

年明けはブログを少しお休みさせていただきます。

皆様にとって良いお年でありますよう。




byしゅくらむ


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by shuklm | 2015-12-31 16:04 | 「テロ」・IS・イスラム・宗教について | Comments(0)

「水曜にパレスチナ人の車を装甲車で踏み潰して、週末にイスラエル国内で赤信号をじっと待てると思いますか?」ー占領の実態・その3。元将兵が語り続ける理由。






前々回記事:

イスラエルの元将兵が語る、占領の実態。「ついこの間までニンテンドウのゲームをやってた18・19歳の少年」が、人間的に壊れていってしまう理由。

http://syuklm.exblog.jp/25223656/


前回記事:

「自分がモンスターだと自覚したら、次の日には2度と起き上がれないだろう」。占領の実態その2

http://syuklm.exblog.jp/25224861/

の続きです。






土井敏邦さん著「沈黙を破る  元イスラエル将兵が語る”占領”」より

パレスチナ自治区をパトロールするイスラエル兵


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「沈黙を破る」より、

一部抜粋を掲載させていただいています



インタビュアー;土井敏邦さん


インタビューに応じた元兵士:アビハイ・シャロン




*****引用ココから****





軍事占領がイスラエル社会にもたらしているもの





――占領地での暴力に慣れきってしまう体験をした青年たちが

イスラエル社会に戻ってきたとき、

それが社会の内部に影響を与えると思いませんか






もちろん、どこにでもその影響が

出てしまいます。



例えば私がインタビューした

ある元兵士の証言ですけど、

そのなかで彼がこう言うのです。





「平日の水曜日に占領地の

[パレスチナ自治区の街]トルカレムで

APC(装甲人員輸送車)を運転して

パレスチナ人の車を踏み潰して

走っていました。



楽しみのためです。



車の上を走るというのは面白いものです。




その僕が週末、休暇の金曜日に

イスラエル内を車で走るとき、

通常の運転が出来ると思いますか。



赤信号でちゃんと誰かの後ろに

じっと止まって待っていると思いますか。



どうしてそんなことを

しなければならないだろう」と。






つまり兵士たちは占領地から、

暴力や憎悪、脅える感情、

被害妄想などすべてを抱えたまま、

イスラエル社会の市民生活に

戻ってくるということなのです。




それは公道の運転にも、

家庭内暴力にも、

バーでの喧嘩沙汰などにも

顕著に現れています。




あらゆる面に、です。






もちろん占領だけが、その原因だと

言ってるのではありません。


もっと他の要素がからんではいます。




ただ、占領地で体験した”退廃”が

その重要な部分を占めている

ことはたしかです。







――あなた自身はどうですか





家に帰ると、家族にも、友だちにも、

ガールフレンドに対しても、

すぐに感情的になり、

我慢できなくなってしまいました。



普通だったら我慢できる

ようなことまでも、

すぐにキレてしまう。




帰ったら、もうイライラしていて、

肉体的にも、感情的にも、

精神的にも疲れ、

もうヘトヘトの状態なのです。


もう何も考える力なんてない。





でも”暴力的になる”というのは、

何も「家に帰ったら人を殴りつける」

というのではないのです。



”暴力的”というのは、周りの人、

自分が愛している人たちが

何を必要としているかに気づかず、

無自覚だったりすることを

言っているのです。



それも一種の”暴力”なのです。







自分は悪い人間ではなかったはずなのに、

占領地ではなぜあんなことをしてしまったのか?





――その無感覚さをどうやって変えようとしたのですか。

「沈黙を破る」[占領地の体験を語る元将兵のグループ]の活動も、

その手段の一つなのですか




私たちは、イスラエル国民が

たった一五分ほどで行き着ける

占領地で起こっている現実に

きちんと向き合うべきであり、

そうしなければならないと

思うからやっているのです。




もちろん、もっと個人的な

理由もあります。



現実から常に目を背けるのではなく、

そのことを語ることで

自分が失ったものを回復しようと

している面もあります。






――なぜ、どのような経緯で「沈黙を破る」の活動に加わったのですか





私自身、このように話せるようになるまで、

除隊してから一〇カ月も

かかりました。


軍を離れたら、ふつうの生活が

出来ると思っていました。



仕事に就いて、ほとんどの

友人たちがやるように

海外旅行の準備をすると

いったふうにです。




しかし、なにかが

ひっかかっていました。



自分が”怪物”だったという記憶です。





「自分は元々悪い人間では

なかったのに、占領地では

どうしてああだったのだろう。



人間性にあふれた、いい家庭、

左派の家庭に育った自分が、

どうしてあんなことができたのか」

と自問するのです。






除隊して、八カ月ほどしてから、

ユダ[・シャウール。元将校で、

「沈黙を破る」の創設者]が

私たちの共通の友人を通して

私に連絡してきました。



彼は、「自分はヘブロンに関する写真展

[「沈黙を破る」の最初の活動]を開き、

そこで兵士たちの証言を出す準備をしている

グループのメンバーです」と言いました。




それで私はそのグループに加わったのです。





そこで初めて、自分と同じような

体験をした人たちが

こんなにいるのだと知りました。





自分は狂ってなんかいない。


彼らも同じようなことをして、

同じように感じていた。





私たちはお互いに語り合いました。



そしてこれは、私たちの世代

すべてに共通する話なのだ

ということに気づいたのです。





彼らの多くは、元々いい人間なのに、

腐りきった狂気の現実、

時に犯罪的でさえある現実に

放り込まれたのです。


ほんの一八か一九歳のときにです。







――あなたたちの証言に対する一般のイスラエル国民の反応はどうですか





これもさまざまです。



わかってもらいたいのは

イスラエル国民は

一枚岩ではないということです。




私たちのことを、世界に向けて

”汚い洗濯物を見せる”裏切り者と

みなす人たちもいます。



自分の息子や娘がそんなことを

するなんて信じがたくて、

私たちの証言を信じられない

人たちもいる。




一方、「イスラエルが占領地でやっていることは

何か間違っている、モラルが完全に崩壊している」

ということを最後には理解してくれる人たちもいます。







兵役後、逃げるようにイスラエルを離れる若者たち





――タイやインドなどアジア各地にイスラエル人が出かけていきますが、

兵役を終えたイスラエル人青年の多くが海外へ行くのは、

占領地での体験の反動でしょうか。

占領地での緊張から解放され、汚れた部分を洗い流したいと思うからでしょうか






その通りです。




私の部隊には二〇人ほどいましたが、

除隊して半年もたたないうちに半分が、

八か月後には七〇%が、

インドや南アメリカへ行きました。




なぜかって? 



自分が体験してきたあらゆることから

逃避しなければならないからです。




ドラッグをやったり、

数カ月旅に出たり、

何か違ったものを見たりして

自分を浄化しなければならないのです。




耐えられないのです。







――戻って来た彼らは、行く直前の自分とは変わっているのですか





いいえ。



その旅行は一つの極端から

もう一方の極端へ

行っただけのことに

過ぎないのです。



なによりも、自分も加わった

最初の体験ときちんと

向き合っていないのですから。



とくにイスラエル社会にとって、

このような旅行が流行り、

私たちが生き続けるための

”酸素吸入”の役割を

果たしてはいますが、これが結局、

現実には私たちがこのクソのような”占領”を

続けることを支えているのです。




三年兵役を務めて除隊し、

半年、八カ月と旅をして、

必要があると思えば帰国し、

大学に入り、家族を持って、

予備役の義務を果し、

ハイ、それでOKということになる。




でも違うのです。







――今、あなたは「沈黙を破る」のグループのメンバーですが、

この活動で自分自身はどう変わったと思いますか






まさに私たちがやっているのは、

私が今話したような

”沈黙”の慣例を崩そうとすることです。



自分たちの”沈黙という

社会の慣例”をです。




実際に起こっていることを、

ありのままをさらけ出し、

社会の公の場にさらすのです。




それはイスラエル社会に

対してだけではなく、

世界に対しても、です。



占領地で起こっていることに

責任をとるためにです。





それが、道徳について、

また社会や人間性についての

議論を始めさせる唯一の方法なのです。




         


        (二〇〇五年九月)





******引用ココまで***




※■見出しと[ ]は、しゅくらむが付けさせていただきました。






占領の実態を、自分の言葉で語り続ける元将兵たち。


自らの「恥」を語る行為は、

自身にとっても激しい苦痛を

伴う作業であるはずです。


それでも勇気を持って

発信し続けている彼らの声を、

かき消させてはならないと思うのです。




Bleaking The Silence (沈黙を破る)」は、

2015年現在もイスラエルで

活動を続けています。


HP・Facebookはコチラ↓

ぜひイイねして応援しましょう!

https://www.facebook.com/BreakingTheSilenceIsrael?fref=pb&hc_location=profile_browser

http://www.breakingthesilence.org.il/





当記事の参照元:

土井敏邦さん著

「沈黙を破る 元イスラエル将兵が語る”占領”」

2008年・岩波書店発行

Amazonはコチラ↓

http://www.amazon.co.jp/%E6%B2%88%E9%BB%99%E3%82%92%E7%A0%B4%E3%82%8B%E2%80%95%E5%85%83%E3%82%A4%E3%82%B9%E3%83%A9%E3%82%A8%E3%83%AB%E8%BB%8D%E5%B0%86%E5%85%B5%E3%81%8C%E8%AA%9E%E3%82%8B%E2%80%9C%E5%8D%A0%E9%A0%98%E2%80%9D-%E5%9C%9F%E4%BA%95-%E6%95%8F%E9%82%A6/dp/4000238493





実は、土井敏邦さんのこの本の

物凄いところは、ここから先。




1章 占領地の日常―「沈黙を破る」証言集より

2章 なぜ「沈黙を破る」のか―メンバーの元将兵と家族らへのインタビュー

3章 旧日本軍将兵とイスラエル軍将兵―精神科医・野田正彰氏の分析

という章立てで、


3章では、旧日本兵とイスラエル兵の

加害に対する意識や

社会の受け止め方について、

どこが同じでどこが違うのかが、

明らかにされていきます。






過去の歴史や自らの加害と向き合う難しさ、

そしてそれをどう対話化していくのか、

現在の私たちにとって必見の書だと思います。



これについてはまた別途書きたいと思います。






byしゅくらむ


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by shuklm | 2015-12-31 11:04 | 元兵士が語る戦場リアル | Comments(0)

「自分がモンスターだと自覚したら、次の日には2度と起き上がれないだろう」。イスラエル元兵士が語る占領の実態・その2。





前回記事

イスラエルの元将兵が語る、「占領」の実態。「ついこの間までニンテンドウのゲームをやってた18・19歳の少年」が、人間的に壊れていってしまう理由。

http://syuklm.exblog.jp/25223656/

の続きです。





ジャーナリスト土井敏邦さんのインタビューに応じた

イスラエルの元兵士:アビハイ・シャロン

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土井敏邦さん著

「沈黙を破る  元イスラエル将兵が語る”占領”」より

抜粋させていただきました





*****引用ココから*******





ただロボットになりきって仕事して、任務を果たすだけ





――占領地での体験が、兵士たちの道徳心を麻痺させてしまうのですか





その通りです。

それが私の言っている”退廃”

ということなのです。



何も感じなくなり、

ただ”機械”になりきって仕事をこなす。



そして道徳心や社会的な感性、

人間としての感性などが全部麻痺するのです。



麻痺して当然ですよ。



だってそんな感性があったら、

夜中の三時に民家に押し入り、

泣き叫ぶ六歳の子どもを

外に放り出すようなことを

毎日繰り返せるはずがないのです。






――自問することはないのですか




そんな時間の余裕はありません。


一つの任務が終わると、もう

二時間後には次の任務に向かうのです。



そして翌日の夜にはまた次の町へ移動、

といった具合です。




単に物理的な余裕がないだけではない。



精神的な余裕もない。

その能力もありません。





いいですか、もしそんなことを

任務中に考えてみたり、

拘束作戦から帰って自分の姿を

鏡に映したりしたら、

その次の朝は絶対に起きられませんよ。




いったいどうやって起きられますか。




自分が”怪物”だってわかったら、

どうやってそれを続けられるでしょうか。






だから任務を続けるためには、

自分が”怪物なのだということに

気づかないことです。


その現実と向かい合わないことです。







私はナブルス市で任務に就いたことがあります。



パレスチナ人の容疑者を拘束する作戦で、

ナブルスの旧市街に二、三日いました。



そこで私たちはくたくたに疲れ果てていました。


いつも民家の壁を崩して家に侵入する

作戦を繰り返していました。






その時は昼間だったのですが、

ある家を占拠することになっていました。



その家は石鹸工場でした。



二階建てのその家いっぱい、

もう工場のなかいっぱい、

天井に届くほど石鹸が

ピラミッド状に積み上げられていました。



この家族はどんなに一生懸命

それを作っていたのか、

食べていくためにどんなに

がんばっていたかよくわかりました。





その時、退屈しきっていたのか、

他の部隊の三、四人の兵士が突然、

武器を持ってその石鹸を

積み上げたピラミッドを

全部壊し始めたのです。






――何のためですか





目的なんてない。

ただ面白いからです。



彼らにとっては、それは、

ただのお楽しみなのです。


退屈して疲れ切っていたのです。





これも、いつもやるべき任務の一つ、

いつも爆破し壊している壁の一つ、

いつも壊している窓の一つ、

そしていつもメチャクチャにしている戸棚の一つ、

いつもぶっ壊しているソファの一つなんです。




私は自分の持ち場にいて、

ただそれを横目で見ていました。


何も言わず、口をつぐんでいたのです。



そっちに視線を向けず、ただ

自分のライフルのスコープを

覗いていました。


見ないようにするのに必死でした。





意識的ではなくても、

自分の周りに起こっていることを

見たくもなかったし、

関わりたくもなかったのです。









■誰もが、その人なりの時間をかけて、無感覚になっていく。







――どうしてそんなに疲れきっていたんですか




疲れきってヘトヘトで、

もう何も感じる気力もなかった。


ただただ、部隊陣地の自分の部屋に

帰って眠りたいだけでした。





もし普通の生活のなかで

誰かがそんなふうに、

人の財産をぶっ壊すのを見たりしたら、

止めろと言ったでしょうし、

警察を呼んだりとか、

何かするでしょう。


私はそのように育てられましたから。





でも、ナブルスでは私は何も言わない。


占領地での現実がどれほど

退廃しているかを象徴する一例です。




そこでは誰もが、

その人なりの時間をかけて、

その人の程度なりに、

みな無感覚になっていくのです。






無感覚になるから、

パレスチナ人の家に押し入って

すべてをムチャクチャにしてぶっ壊す、

そして家の中にあるものを

お土産に持ち帰るために略奪する。




またある者は感覚を失っているから、

手錠をかけられている

パレスチナ人さえ蹴り上げる。




無感覚になるから、

黙り込んでしまうのです。





あそこで自分がしていることに

うんざりしていて、

自分も大嫌いで、上官も、

もう何もかもが全部嫌だった。




パレスチナ人も大嫌いで、

あそこで自分が関わらなければ

ならないすべてが、

もう嫌で仕方がなかったのです。







――どうしてそんな状況から逃げようとしなかったのですか





できないからです。



そんな自分の考えにとって代わる

もっと大きな思いがあるからです。


この国を守らなくてはならないのです。




上官が私に「我われはこれから、

自爆を計画しているテロリストを

捕まえるぞ」と言うのです。



それに嫌だなんて言えますか? 






今こんな話をあなたにすることは

実に簡単なことです。


ここはエルサレムですからね。


飲み物もあるし、とても快適です。

善悪もすべてはっきりしている。




でも占領地では、ものごとは

白黒はっきりせず、

すべてが曖昧なのです。







――除隊後、その元兵士たちの道徳心は甦るものなのですか






決して完全には戻りません。




わかって欲しいのは、

軍から除隊した者の大半は、

このことに触れないということです。



そのことに正面から

向き合おうとしないのです。



どこか心の奥にしまいこんで、

棄て去って、

そこから逃げようとするのです。




でもそれはできない。








*****引用ココまで****




※■見出しと[ ]は、しゅくらむが付けさせていただきました。







では、その彼らが、

なぜ沈黙を破って語り始めたのか?


その3へ続きます。

(ひとりの元将兵へのインタビューを、3回に分けてUPします)




続きはコチラ↓↓


「水曜日にパレスチナ人の車を装甲車で踏み潰して、週末にイスラエル国内で赤信号をじっと待てると思いますか?」―「占領」の実態・その3。イスラエル元将兵が「沈黙を破って」語り始めた理由。

http://syuklm.exblog.jp/25226017/









byしゅくらむ


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by shuklm | 2015-12-30 23:13 | 元兵士が語る戦場リアル | Comments(0)

イスラエルの元将兵が語る、占領の実態。「ついこの間までニンテンドウのゲームをやってた18・19歳の少年」が、人間的に壊れていってしまう理由。






私が現地で出会ったひとりひとりの

イスラエル人は、

とてもフレンドリーでジェントルな

人たちだったのに、

なぜパレスチナ人にはあんなにも

酷い事が出来てしまうのか?




私自身が長い間どうしても

知りたかったことが、

この本にありました。





もの凄い本です。




▼長年に渡り現地の人達に寄り添った

取材をしてこられた土井敏邦さん著・

「沈黙を破る  元イスラエル将兵が語る”占領”」 

2008年・岩波書店発行

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国民皆兵制を敷いている

イスラエルでは、

18歳になると全員が兵役

(男性は3年・女性は1年)に就きます。




彼らが何を体験し、

どう変わっていってしまうのか?




それを語り続けているのが、

実際に占領地での軍務に就いた

元将兵たちのグループ

Bleaking The Silence (沈黙を破る)」。


そのメンバーへ、土井敏邦さんが

インタビューされています。




非常に重い内容で、

すべて読み通すのは

物凄い体力が要りますが、

元将兵たちが自らの暗部ともいうべき

体験を語る生々しい肉声は、

絶対多くの方に知ってほしいと思いましたので、

ごくごく一部ですが、

抜粋してご紹介させていただきます。






※■見出しと[ ]は、しゅくらむが付けさせていただきました。




************






インタビュアー;土井敏邦さん


インタビューに応じた元兵士:アビハイ・シャロン





一九八二年、テルアビブで生まれ、

宗教に熱心でシオニズムの思想の強い家庭に育った。


第二次インティファーダが勃発する

二ヶ月前の二〇〇〇年七月に

イスラエル軍に入隊、

ゴラニ旅団の一部「エゴズ」隊

(特殊部隊)に所属した。



この部隊には常駐の基地はなく、

ナブルス、ジェニン、ヘブロンなど

各地を移動し、

占領地の町や村での容疑者の逮捕、

武器などの捜査が主な任務だった。



二〇〇三年一一月に除隊した。










占領地に行くまで、詳しい事は何も知らなかった





――兵士になる前、あなたはどういう青年でしたか





私はごく普通の青年でした。



愛国心を持った平均的な青年で、

占領に反対する左派の家庭の出身でした。



自分たちの周りで何が起こっているのかは

わかっていましたが、

十八歳の若いイスラエル人の青年の私にとって、

兵役に就くことは何ら疑問の余地もない、

当然の行為でした。





――占領地で何が起こっているか、そこでイスラエル軍が何をやっているかについて何か情報を持っていましたか




詳しいことは何も知らなかったのです。


テルアビブやエルサレム、

ハイファのようなところ

[イスラエルの大都市]で

普通に暮らしていれば、

現地など見たこともなく、

目の前に存在するものでもない。



だから、自分が実際にそこへ行くまで、

占領地にいるということはどういうことなのか、

まったくわからないのです。





学校で歴史を習うときは、

パレスチナの歴史なんか習わない。




それに私は”ホロコースト”生還者の

三世なのです。

祖父母はホロコーストの体験者です。



"自分の身を守る”という体験に基づいた感覚は、

いまも私たちの社会の中に息づいています。



だから自分に召集のときが来ると、

「さあ、自分の番が来た」という感じです。







エスカレートしていく事態





――そういうあなたがどのように変わっていったのですか




私が初めて占領地に入ったのは、

この基礎訓練を受けていたときで、

二〇〇〇年九月末にインティファーダが

始まったころでした。



占領地のジェニン地区で

何かの作戦に参加しました。



毎晩、私たちが駐屯する基地に

パレスチナ人が銃撃してくる

という日常が始まりました。



ほんの二、三発の散発的な銃撃ですが、

いったいどこから撃ってきているのかわからない。



そこはパレスチナ人の村の近くでしたが、

相手が撃ってきている場所はわからず、

ただパレスチナ人の民家が見えるだけでした。





それからどんどん事態は

エスカレートしていきました。




正午ごろ、子どもたちが学校から

出てきて、道で石を投げ始める。


私たちはそこへ出て行って

催涙弾で応戦するわけです。



そして基地に戻って数時間して

夕方になると、

パレスチナ人が空に向けて

二、三発撃ってくる。



それでこちらも空に向かって

銃を撃ち返しました。






人間というものは、問題を探し、

問題が起こるのを求めるのだ

ということがわかりました。



私たちはまだ十八、一九歳の

ガキだったのです。


ゲーム遊びのようなものです。



ほんの二ヶ月前まではニンテンドウの

ゲームをやっていたような連中です。


ゲームマシーンの操縦桿で

画面の人形を撃っていたのが、

今は本物の人間を撃てるのです。


そのうちマシンガンなどの

あらゆる武器で毎晩、撃ち返すようになる。




それでも相手の銃撃が止められないとわかると、

基地の司令官はこう言うのです。



「よろしい。これから

戦車のマシンガンで

村へ向けて銃撃するんだ」と。







若い兵士が、毎日パレスチナ人の生活を破壊し続けるとどうなるか






――占領地でのどういう体験があなたを変えたのですか




イスラエル軍は兵士たちを路上で

敵の銃撃にさらしたくなかった。


だから、特にナブルスでは、

兵士たちは住民の家々を

壊しながら前進しました。




想像してみてください、



一八、一九歳のガキが、

一日に一二時間も一四時間も、

しかもそれを何週間にもわたって

来る日も来る日もやるのです。



壁を壊して次の家の居間に押し入る、

そこからまた壁を壊して

次の居間へ進む。



そんなことをしていたら、

人間の中で何かが崩れていき、

心が退廃していかないわけがない。



人間の生命にも、他人の財産にも、

住民の家についてまったく

無感覚になってしまうのです。





罪のないパレスチナ人の生活の

ことを想像してみてください。



ほぼ五年間、パレスチナ人住民は

安心して眠れる夜が一晩としてないのです。



武装した兵士たちがずかずかと

その生活の中に押し入ってきて、

何時間も、何日も、時々は

何週間もそこに居座るのです。




六歳や七歳の幼い子どもの

目を見ると、泣いているのです。


だって、部屋に放り投げ入れられ、

クローゼットをひっくり返され、

自分のものがメチャクチャにされて調べ上げられ、

その子の母親の下着まで調べられるのです。




住民が家のなかにいるのに、

その家の壁に爆弾を仕掛ける。



そのすべてが何も特別なことではなく、

日常のいつもの任務なのです。







*****






では、この異常な事態な渦中で、

彼らが自問することはないのか?



その2 へ続きます。

(ひとりの元将兵へのインタビューを、

3回に分けてUPします)




続きはコチラ↓↓


「自分がモンスターだと自覚したら、次の日には2度と起き上がれないだろう」。占領の実態その2

http://syuklm.exblog.jp/25224861/


「水曜日にパレスチナ人の車を装甲車で踏み潰して、週末にイスラエル国内で赤信号をじっと待てると思いますか?」―「占領」の実態・その3。イスラエル元将兵が「沈黙を破って」語り始めた理由。↓

http://syuklm.exblog.jp/25226017/



byしゅくらむ


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by shuklm | 2015-12-30 15:40 | 元兵士が語る戦場リアル | Comments(0)

【シェア】報道されない中東―「民主主義を忘れたイスラエル人たち」。現地の声・その2。



中東現地ではいま、何が起こっているのか?



イスラエルだけを悪者にするつもりはありませんが、

現実を共有すること抜きには話が進まないと思うのでシェアさせていただきます。





イスラエルで生活された経験のある方のブログ「そんな★テルアビブ★イスラエル」より。



現在もイスラエルウォッチを続けられているブログ主様が日本語訳してくださったのは、

イスラエルの大手左派新聞「ハアレツ」に寄稿された、

イスラエル人自身からの鋭い告発の声。


寄稿文の筆者レヴィ・ギディオンさんは、パレスチナ人擁護の立場で著名なイスラエル左派の論客のようです。






***シェアココから****



(一部を抜粋させていただきました。

[ ]内はしゅくらむによる補足です)






そんなテルアビブイスラエル

2015年10月31日付



IsraelisWho Are Lost to Democracy

民主主義を忘れたイスラエル人たち





Israelis perpetrating horrors in the territories at a frequency and degree never seenbefore. Not that most Israelis seem to care.


イスラエルは恐ろしいほどの犯罪を頻繁に犯しその度合いは今まで見たことがない。

しかしほとんどのイスラエル人は気にしていないようだ。


ThePalestinians did not win (and presumably never will win), but Israel lost onceagain. The remnants of its humanity are being erased with frightening andunprecedented speed. Horrors are being perpetrated in the occupied territoriesat a frequency and degree never seen before.


パレスチナ人は勝てない(おそらく勝つことは決してないだろう)、しかしイスラエルはまた負けた。

その残された人間性は恐怖心と前例のない速さで消し去られている。

恐ろしいほどの犯罪は占領地域で頻繁に、それは今までみたことがない度合いで行われている。


Whatdidn’t happen this weekend (apart from the stabbings, which resulted in minorIsraeli injuries): An 8-month-old Palestinian baby died, allegedly frominhaling tear gas at Beit Fajjar, south of Bethlehem. “We’ll fire tear gas atyou until you die. Children, adults, old people, everyone, everything – wewon’t leave a single one of you,” barked a Border Police officer into thespeaker of his armored jeep in the Al-Aida refugee camp, in the name of allIsraelis.


この週末に何がおこったか(軽度の負傷をおったイスラエル人へのスタッビング[刃物による殺傷]とは別に):

南ベツレヘムのベイト・ファジャールで催涙ガスを吸い込み八ヶ月のパレスチナ人の赤ちゃんが死んだと疑われている。

「君達が死ぬまで我々は催涙ガスを発射する。

子供たち、大人たち、老人たち、皆、全て君達の一人も残さず」、

アル・アイーダの難民キャンプで装甲ジープのスピーカーから国境警察官が叫んだ、イスラエル人の名の下に。


Adifferent Border Police jeep deliberately ran over a Palestinian who wasthrowing stones near Beit El. What happened next is difficult to watch: Thebadly injured Palestinian lies on the ground, Border Police troops kick him andrudely repel the Palestinian rescue teams before they can treat him. AnotherBorder Police officer, in a different place, hits a gas mask-wearing journalistwho dared to take pictures. Somewhere else, pepper spray is spritzed directlyinto the face of a photographer, who falls down, his face contorted in pain.


他の国境警察のジープはベイト・エル付近で石投げをしていたパレスチナ人に意図的に突っ込んだ。

次に何が起こったのか見ることは辛いことである:

地面に横たわりひどく負傷したパレスチナ人を国境警察は彼を蹴り、パレスチナの救助チームを荒々しく拒絶した、そのパレスチナ人を介護する前に。

別の国境警察官は、別の場所で、写真撮影をするためにあえてガスマスクを装着していたジャーナリストを殴る。

またカメラマンは直接顔に唐辛子スプレーをかけられ、彼の顔は苦痛にゆがめられていた。


AhmedManasra, the 13-year-old boy who allegedly stabbed two Israelis, wounding themseriously, was brought to a remand hearing in handcuffs. He is being chargedwith attempted murder, but prosecutors will try to drag out the proceedings formore than two months, until he turns 14. Then he will face decades in prison ifconvicted – and that is all but guaranteed. The demure prosecutor has promisedto pursue “terrorists” of “any age.”


アメッド・マナスラ、13才の青年は2人のイスラエル人を殺傷しようとしたと疑われている、

イスラエル人は重症をおった、その彼は手錠をされ差し戻し公聴会へ。

彼は殺人未遂で起訴されている、しかし検察は彼が14才になる2ヶ月後まで手続きを引き伸ばそうとしている。

すると彼は有罪判決を受けた場合、数十年の禁固刑に直面するだろう

それが全てて、それが絶対だ。

(イスラエルにとって)慎み深い検察官は「あらゆる年齢のテロリスト」を追求すると約束した。


Israelgraciously deigned to return the bodies of seven Palestinians after a sickeningdelay that led to outbursts of rage in the territories. The bodies ofassailants who were shot to death are stripped by soldiers and police officersin public, the images of their naked bodies shared on social media. The lustfor demolishing the homes of terrorists – quickly and in large quantity –cannot be satisfied. A civilian, Mashiah Ben Ami, boasts that he fired no fewerthan 15 bullets at a Palestinian who tried to stab him and tore his shirt.


イスラエルは7名のパレスチナ人の遺体の返還をうんざりするくらい延期したことでそれが地域でのさらなる怒りにつながた後に(しらじらしく)慈悲深く受け入れてくださった。

加害者はイスラエル兵とイスラエル警察により射殺され服を脱がされ、ソーシャルメディアに裸の写真が投稿された。迅速かつ大量に

テロリストの家を解体するための情熱はそれでも満たすことができない。

一般市民のメシアフ・ベン・アミは彼を刺そうとしてシャツを引きち切ったパレスチナ人に15発より少ない弾丸を発射したことを自慢している。


Thedebate over a shoot-to-kill policy, using live bullets, toward any person whostabs or wields a knife, regardless of dangerousness, has not even begun inIsrael. It never will. Over 70 Palestinians have been killed in this mannersince the beginning of the uprising.


ナイフを振り回す人、殺傷行為をする、危険性に関係なくいかなる人物にも実弾を使う「撃って殺す shoot-to-kill」[威嚇でなく殺害のための発砲・裁判なしの即時処刑]ポリシーをめぐる論争はまだイスラエルでは始まっていない。

それは決してないだろう。

この蜂起[第3次インティファーダ]がはじまって以来70名以上のパレスチナ人がこのポリシーにより殺されている。


Thosewho maliciously run over a teenager and then viciously kick him; who threatenmass killing with gas and assault medical teams and journalists – knowing theywon’t be punished and will only be praised – are citizens who are lost todemocracy.

Theyare kalgasim, as we say in Hebrew (“vicious invaders”). And those who cover forthem, who look on with apathy and indifference – these are their partners. Fullpartners.



意図的に10代の青年に車で突っ込み、悪意をもって彼を蹴飛ばす;

催涙ガスで多くの人々を殺すと脅し医療チームやジャーナリストを脅かす

彼らは賞賛されることはあっても処罰されることはないことを知っている

民主主義を失っている市民がいる。


ヘブライ語でそんな彼らを kalgasim カルガ シーム(קלגסים vicious invaders 悪質な侵略者)と言う、


そうしてそんな彼らをかばう者、無関心と知らん顔してみている者は彼らのパートナーだ。

完璧なるパートナーである。





**シェアココまで****




全文はこちらから

http://plaza.rakuten.co.jp/momojp66/diary/201510310000/?scid=we_blg_pc_lastimg_3_title





これが、報道されないパレスチナの現実の、ほんの一部です。


中東の人たちがSNSやアルジャジーラ等のメディアで毎日のように接しているこうした事実を、私達はあまりにも知らない。

中東の人たちの感情の根底には、パレスチナやイラクやシリアで繰り返されてきた理不尽を放置してきた世界への怒りが横たわっている。


だからといって刃物で殺傷していいわけじゃないし自爆していいわけじゃない。

けれども、一体なぜそんな選択をすることになってしまったのか、それまでに何があったのか、そのことを無視しては話が進まないと思うのです。




では、なぜイスラエルはこんなムチャクチャなことが出来てしまうのか?

それをイスラエル人自身が語っている言葉を、次回以降ご紹介したいと思います。






【当ブログ内関連記事】


20151113UP記事 

【シェア】現地の声「私は石投げのパレスチナ人だった。なぜそれをやめたのかここに記す。」↓

http://syuklm.exblog.jp/25085597/


20151019UP記事 

パレスチナ・イスラエル、それぞれの思い〜第2次インティファーダ時に聞いた言葉。

http://syuklm.exblog.jp/25009249/




byしゅくらむ


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by shuklm | 2015-12-29 14:23 | イスラエルサイド(現地レポ等) | Comments(0)

エルサレムにて・その3。イスラエル最大の平和団体との交流。「シオニストだからこそ、占領に反対する」。


イスラエルにもいろいろな人たちがいる。

現地に行って実際に話を聞いて、それを知りました。



20026月、第2次インティファーダの頃。

市民交流ツアーで現地を訪問した際、イスラエル最大の平和団体「ピース・ナウ」と交流の機会を得ました。



話を伺ったのは、エルサレム支局コーディネーターであるノアム・モフシュティトさん。




その時強く印象に残ったのは、

「私たちはシオニストだ。私にとってシオニズムとは、人々が安全で平和に暮らせる場所を目指すということだ」という言葉です。



アラブ世界や社会運動の業界で「シオニスト!」といえば、罵り言葉として使われる場合も多い呼称。


私も現地へ行くまで、シオニストとは「ユダヤ人国家建設を進める強硬な人たち」という漠然としたイメージだったのですが、実際に話を聞いて、様々な考え方の人たちがいることを知りました。






■ノアムさんの話「シオニストだからこそ、占領に反対する」。





「ピースナウは、1978年に活動を開始した。

1982年のイスラエル軍によるレバノン侵攻やパレスチナ難民キャンプでの虐殺に抗議した10万人のデモ以来、活発に活動している。


私たちを支持してくれているのは、イスラエルの左派から中道にいる人たちだ。



ピースナウは極左団体ではなく、シオニストの団体だ。


私のシオニズム観は、人々にとって平和で安全にいられる場所を求めるという意味だ。

他の人々にも同じ権利があり、それを破壊するのは前近代的だと思う。


平和と人権は切り離せない問題だが、我々が集中しているのは平和の問題だ。



現在の私たちの活動の中心は、入植地の監視活動。

占領地に入植するのは国際法でも禁じられているにもかかわらず、イスラエル軍は占領しているパレスチナの土地に、イスラエル人居住地を増やしていく入植を強行し続けている。



『イスラエルのために、入植をやめろ、占領地から撤退せよ』と主張している。



イスラエル政府は「完全な正義」を主張しているが、それはないと思う」。








私個人としては、彼のメッセージを、

「ホロコーストなどの迫害を経験したユダヤ人だからこそ、自分たちが平等に生きられる権利を求める。

そして同時に、他者の平等に生きる権利も守る」といった意味で受け取りました。




もちろんパレスチナの人たちから見れば、「人の土地にやってきて追い出して国造っておいて何言ってんだ?!」と噴飯物だと感じる人は多いとは思うのですが、それでも、そういう人たちがいなくては和平は進まない。




実際、直近の今年3月のイスラエル国会選挙では、和平推進派の政党のユニット「シオニスト連合」が最多議席を確保し、組閣交渉の結果次第では和平派中心の政権が成立する可能性もあったのです。






■報道されない、イスラエルの平和を願う声





ピース・ナウは、2015年現在もイスラエル最大の平和団体です。


本当に全くと言っていいほど日本では報道されませんでしたが、

去年の夏、ガザ攻撃に反対してピースナウなどの平和団体が呼びかけた集会には1万人ものイスラエル人が集い、政府への抗議の声をあげました。



イスラエルの現人口は約815万人。

日本の現人口は約1億2,700万人。

単純に割合を当てはめると、イスラエルでの1万人は日本だと実に15万人以上に相当します。

これは、結構すごい人数なのではないでしょうか?




イスラエルにも、多様な人たち・多様な意見が現在も存在しているということ、そこに希望を見出したい。





現在のピースナウの活動の様子がHP・Facebookから見れます↓

ぜひ「イイね!」して応援しましょう!

https://www.facebook.com/PeaceNowIsrael?fref=ts





byしゅくらむ


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by shuklm | 2015-12-27 21:17 | イスラエルサイド(現地レポ等) | Comments(0)

「宗教対立」というウソ・その2。キリスト教の聖地ベツレヘムでは、イスラム教徒も一緒にクリスマスを祝う。





パレスチナ人には、イスラム教徒もいれば、クリスチャンもいる。





「パレスチナ=中東=イスラム教徒」というイメージがありますが、現地に行って私も初めて知ったのですが、キリスト教徒もたくさん暮らしているんですよね。





例えばイエス・キリストの生誕地・ベツレヘムは、3分の1以上の住民がクリスチャンの街。

まさにいまクリスマスシーズンには街を挙げての祝祭イベントが催され、世界中から巡礼者や観光客が訪れます。



世界中に生中継されるベツレヘムの聖カテリーナ教会でのミサには、イスラム教徒であるパレスチナ自治政府の議長も毎年招かれ、

街に飾られる大きなクリスマスツリーの前には、キリスト教徒とイスラム教徒が集まり一緒に祝い合うそうです。





そもそもイエス・キリスト自体が、イスラム教では預言者の1人であり大切な聖なるなんですよね。






ベツレヘム「聖誕教会」の中に収められている、イエスゆかりの品々。

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■「宗教対立」? 聖誕教会立てこもり事件の真相





私が現地を訪問する少し前の、20024月。

ベツレヘムの聖誕教会に武装したパレスチナ過激派200名以上が立てこもり、イスラエル軍が1ヶ月以上も包囲しているという異常事態が報じられていました。



「イスラム教徒であるパレスチナ過激派が、キリスト教徒を巻き添えにしている」という宗教対立的なトーンの報道が多かったのですが、現地に行ってわかったのは、事実とは随分ズレがあるということでした。





教会に閉じ込められていたのは、ベツレヘム知事を含む「住民」だったこと。


ベツレヘムでは、イスラエルの占領に苦しんできたキリスト教徒たちも、武器を取って抵抗するレジスタンスに数多く参加していたこと。


イスラエル軍による「過激派掃討作戦」で追い詰められたイスラム教徒の若者たちを命懸けで教会にかくまったのは、キリスト教の修道士・修道女たちだったこと。




彼らクリスチャンは、同じベツレヘムに住む隣人として、「不正義に抗議し、弱い人々の側に立つ」というキリスト教の教えを実践していただけだったのです。





そして、実に38日後、聖誕教会の包囲が解かれ軟禁状態を脱した人たちは、イスラム教徒もキリスト教徒もお互いの無事を喜びあったそうです。








宗教の違いは、決定的要因ではない






キリスト教の生まれた地・パレスチナでは、宗教の違いは大した問題じゃなかった。


ベツレヘムでも、そしてキリスト教・イスラム教・ユダヤ教3つの聖地を戴くエルサレムでも、異なる宗教同士が日常的に争っているのは見かけませんでした。



第2次インティファーダの最中ですら、ごく普通に多宗教が共存する場所

少なくとも、それが私の見たパレスチナ・イスラエルでした。






その人が帰依する宗教が何なのかではなく、普段何を考え同暮らしている人なのか、という視点が大切だということを教えられました。








だから、「異なる宗教同士は争いが絶えないのは仕方ない」という見方や、宗教の違いを理由に対立を持ち込もうとする流れに対して、決してそれに乗ってはいけないと思うのです。






今年も、現地でともにクリスマスを祝い合う光景が続くことを心から願います。







BGMはもちろん、「HappyXmas(War Is Over)

by John Lennon,the Harlem community callPlastic Ono Band & Ono Yoko





【当ブログ内関連記事】


「宗教対立」というウソ。↓

http://syuklm.exblog.jp/23129639/


ベツレヘムにて3・知事の言葉。「閉じ込められても希望はあると信じていた」「日本の良心に期待している」。↓

http://syuklm.exblog.jp/23941280/



byしゅくらむ


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by shuklm | 2015-12-25 19:12 | 「テロ」・IS・イスラム・宗教について | Comments(0)

行ってみるまで知らなかった。キリスト教の聖地って、ほとんどがパレスチナにあること。キリスト教の人形を飾る、パレスチナの多面性のこと。




パレスチナ自治区ベツレヘムにある、キリスト教の教会の内部。
超リアルな三次元イエス像▼
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イエス・キリストの生誕の地・ベツレヘムはココ!▼

パレスチナ自治区のヨルダン川西岸地区にあります。

ヨルダン川と言えば、イエスが洗礼を受けたところなんですよね。

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現地のお土産屋さんで買った、
パレスチナの「聖地」名所の写真で構成された
ミレニアム版カレンダー。
表紙は、生誕地ベツレヘムの夜明けの風景▼
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同じカレンダーより。

イエスが奇跡を起こした

とされるガリラヤ湖の現在▼

b0343370_14583076.jpg




イエスが砂漠を彷徨い

誘惑とたたかった苦行の地

と言われるジェリコは、

いまこんな風景に





イエスが十字架を背負って歩いた道や、

処刑されたゴルゴダの丘などがある

エルサレム旧市街



などなど…。



現在は、パレスチナの有名な観光地なんですね。








ベツレヘムでも、エルサレムでも、

それぞれの土地で、

キリスト教徒もイスラム教徒も、

自分たちの宗教と同じように

それぞれの宗教を尊重して

暮らしていました。









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こちらは、ベツレヘムにある

民族博物館の内部。




世界各地から集められた、

イエス生誕の場面を再現した

ミニチュア人形が展示されていました。





イエス・母マリア・父ヨゼフ、

そして祝福に訪れた

東方3博士の人形セット。



中東・欧米だけでなく、

アフリカから中南米まで、

世界中に様々なバリエーションがあるんですね。






これはどこの地域のバージョンでしょう? 

とても素朴でシンプル。

イエス生誕を知らせるために輝いたという

ベツレヘムの星」が、屋根に掲げられていますね。

 




ちなみに、クリスマスツリーの

てっぺんに飾られている星形は、

この「ベツレヘムの星」なんだそうです。






コチラは、ふわふわ抱きぐるみみたいで、子供が喜びそう!





チェスのコマみたいに小っちゃいセット。

 でも羊の毛とか、すっごく細かく作り込んでありました。








パレスチナで生まれ

世界中へ広がっていったキリスト教が、

それぞれの地域と文化に

こんな風に溶け込んでいるんですね。



それがまたパレスチナの文化として

一堂に集められ、大切に展示されている。





様々な宗教の揺りかごであった

パレスチナという地の多様性・

多面性をあらためて感じた光景でした。








博物館内の写真は、20026月筆者撮影。


※地図は、現地で入手したガイドブック

This Weekin Palestine 20026月発行」

FREE COPY)の地図を、筆者が加工。





【当ブログ内関連記事】


ベツレヘムにて2・Xmasのマストアイテム。世界中から集められたコレクションに釘づけ!↓

http://syuklm.exblog.jp/23906503/





※写真と文章一部を追加しました(2015.12.25)


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by shuklm | 2015-12-24 21:52 | パレスチナ自治区サイド(現地レポ等) | Comments(0)

Xmasにオススメ!パレスチナ産品を使った超カンタンレシピ☆



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超お手軽で超美味しい!

良かったら試してみてくださいませ







オリーブオイル+餃子の皮のピザ

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1、餃子の皮を2枚重ね、お好みの具をトッピングする。

2、オリーブオイルを熱したフライパンで焼く。

3、餃子の皮がパリパリにこんがりしてきたら出来上がり。



コレだけ!






▼今回のトッピングは、ニンニク+ベーコン+スティックブロッコリー+プチトマト。


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作り方:


1、スティックブロッコリーを塩ひとつまみでさっと下茹でして湯切りする

2、みじん切りしたニンニクとベーコンをオリーブオイルでじっくりソテーし、ブロッコリーを入れて絡めて皿にあげる

3、ケチャップととろけるチーズ少々を敷いた餃子の皮に、半割りしたプチトマトと具を乗せてフライパンで焼く

4、焼きながらチーズをパラパラ乗せ、チーズがとろけてきたら、熱々のうちにどうぞ!




ポイント:

トマトは汁垂れしやすいので、最初に餃子の皮の上にチーズを敷いておいて、とろけたチーズでトマト汁を包み込むようにしておくと食べやすいです


ベーコンのかわりにタコなどのシーフードでも美味しいですよ!






オリーブオイルのオススメは、パレスチナ自治区・ウエストバンク産。

「ウエストバンク(ヨルダン川西岸地区)と言えばオリーブオイル!」と言うくらい、その美味しさは折り紙付き。

クセがなくてさっぱりしているので、和洋中多国籍、あらゆる料理に馴染みます。




温かいスープやお気に入りの飲み物、おつまみなどがあると、さらに嬉しいですよね。

戸外は寒くても、中は暖かなクリスマスになりますように☆






※写真にあるバタートースト+タヒナ(ゴマのペースト)のレシピやパレスチナ産ワインもご紹介したかったのですが、残念ながらいずれも現在在庫切れなので、機会がありましたらまたお伝えさせていただきますね。





ウエストバンク産オリーブオイルの注文はコチラからどうぞ!

一緒にパレスチナを訪問した友人が運営しているフェアトレードショップ「セーブ・ザ・オリーブ」オンラインショップ↓


セーブザオリーブオンラインSHOP

すっきりスタイリッシュに

リニューアル!

ぜひチェックしてみてください▼

http://savetheolives.shop-pro.jp/






【当ブログ内関連記事】


パレスチナの暮らしと心を支えるフェアトレード↓

http://syuklm.exblog.jp/24626048/


【シェア】「美味しいパレスチナ」Foodマップ ↓

http://syuklm.exblog.jp/24610065/


パレスチナ産品&レシピ コチラにまとめました↓

http://syuklm.exblog.jp/i13/




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by shuklm | 2015-12-23 19:02 | パレスチナ産品&レシピ | Comments(0)

【時事】「紛争地に武器を売ったら、人道支援の意味がない」。武器輸出に反対するネットワークが発足。




JVCパレスチナ担当の並木さんが、

「(武器輸出で命を)奪うことに加担したら、いくら日本が人道的な支援をしても意味がない」

と指摘されていますが、全くその通りだと思います。



日本政府は「武器輸出ではなく防衛装備移転」とかいろいろ言い換えてますが、

要するにメイドインジャパンの「兵器=殺傷道具」を売る、ということ


それは、直接戦闘部隊を送っていなくても、

日本製の兵器ひとつひとつ・弾丸1発1発が、

現地の人の命を奪ったり傷つけることを意味しています。



のみならず、現場のNGOの人たちが積み重ねてきた

気の遠くなるような努力や信頼関係も、

ジャーナリストの人たちの日々の奮闘も、

もろとも吹き飛ばしてしまうのです。




いずれの意味でも、日本の武器輸出は絶対にNO!です。








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「紛争に加担しないで」 武器輸出反対ネットワーク発足


2015年12月18日付 東京新聞




オーストラリアとの潜水艦共同開発や防衛装備品の輸出拡大など政府が進める武器輸出政策に抗議しようと、市民団体のメンバーや大学教授らが十七日、「武器輸出反対ネットワーク(NAJAT)」を設立した。


メンバーらは「日本はこれまで武器を輸出しないことを世界に誇ってきた。世論の大半が武器輸出に反対だ」と訴えた。


呼び掛け人で市民団体「集団的自衛権問題研究会」の杉原浩司さんや賛同者らが同日、衆院第二議員会館(東京都千代田区)で記者会見した。


十八日午前には、豪州のターンブル首相の来日に合わせ、官邸前で抗議活動を予定している。



会見で、日本国際ボランティアセンターの並木麻衣さんは、中東のパレスチナで多くの市民が最新兵器の犠牲になっているとし、「(武器輸出で命を)奪うことに加担したら、いくら日本が人道的な支援をしても意味がない」と批判。


紛争地取材を続けるフリージャーナリスト志葉玲さんは、イスラエル軍に目の前で両親を殺された少女から「武器を世界に売らないで、私たちを殺さないで」と訴えられたことを紹介。

「武器輸出を進める防衛省職員は紛争地を実際に目で見て、彼女たちの声を聞いてほしい」と話した。



呼び掛け人はほかに法政大の奈良本英佑(えいすけ)名誉教授ら。

名古屋大の池内了名誉教授、ルポライターの鎌田慧さんらも賛同している。



今後、短文投稿サイトのツイッターなどで武器輸出情報を発信し、政府や防衛装備庁、防衛関連企業、経団連などへのデモを行う。

海外の非政府組織(NGO)とも連携を強めていく。





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by shuklm | 2015-12-18 19:48 | 時事・ニュース | Comments(0)