オトナの社会科・中東からの声を手掛かりに。

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【時事】8・30国会前行動へ!~「夏休み」モラトリアムは終わり。戦後日本の「宿題」を終わらせよう。



「『平和国家』『戦争をしない特別な国』である日本だからこそ、できることがあるはずだ」

パレスチナ、アフガン、イラク、シリアの人たちから直接聞いた日本への思いが教えてくれたことです。

それを失うかどうかの大きな分岐点だと思うので、改めて私も呼びかけたいと思います。

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今回の国会で問題になったことって、結局ぜーんぶ、積み残してきた「戦後日本の宿題」だと思うんですよ。

ある意味、安倍政権がそれを物凄く分かりやすい形で曝け出してくれただけであって。

「夏休み」の最後までズルズル引き延ばしてきたことが、明るみに出ちゃっただけ。



「アメリカの後をついて行って経済成長だけやってれば、安全保障なんか考えなくて万事OK!」と

思考停止していられる「戦後モラトリアム」の時期は、もう終わったということ。




そもそも日本って、「平和国家」なの?

自衛隊は戦力じゃないのか? なんのために存在するのか?

自衛権ってどこまでOKなのか?

どういうときに自衛権を発動していいのか?あるいはダメなのか?

「国民を守る」ことって、具体的にはどういうことなのか? 

国際平和のために日本が出来ること・為すべきことは何なのか? 等々…




こういったお題を、もうこれ以上、誤魔化し続けることは出来ない。


オトナの責任として、ずっと先送りにしてきた宿題に私たち自身がちゃんと向き合って結論出す、っていうことを示そう。



少なくとも、「法律をいじっただけで、日本の一番大事な針路を、私たちの未来を簡単に決めるな」っていうのを、とにかく、一度、はっきりケリをつけようよ。




近頃は小学生から宿題代行業なるものがあるそうですが、

この「宿題」だけは、他人任せにするわけにはいかない。


どれほど時間を要しても、どんなに稚拙でも、

自分たち自身の力で「解」を見つけ出すしかない。




その「解」は、私たちの中にしかない。



その「私たち」という主体の中に、出来る限り多くの多様な人たちが含まれるよう、

思いを巡らせあい、未来を共有しあえるものであることを願って。





行くよ!







「戦争法案に反対する国会前緊急抗議行動 0830」↓

http://sealds.wix.com/0830hontounitomeru






【当ブログ内関連記事】安全保障、国際貢献、「平和国家日本」の立ち位置

201589UP 

「なんでそんな遠い所のことを?」 ~戦後70年の8月に。社会で働き20年、人生ままならないからこそ、伝えたいこと。

http://syuklm.exblog.jp/24771441/


2015530UP記事

パレスチナが日本に望んでいた、「東ティモールのような支援」とは?↓

http://syuklm.exblog.jp/24534571/


2015427UP記事 

「国際平和支援」の最前線。報ステ「緊迫のコンゴPKOに密着」

http://syuklm.exblog.jp/24409230/



byしゅくらむ


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by shuklm | 2015-08-29 19:41 | 安保法・安全保障・日米関係 | Comments(0)

【シェア】ガザ停戦から1年。現地の少女が発信し続ける「メディアが伝えるよりもガザは美しい」。



破壊されたガザ。停戦から1年たった現在も、一軒の家も再建されていないそうです。

たったの一軒も!



しかしその一方で、悲惨なだけではない、ガザの姿もあります。


あの攻撃の下で発信し続け、生き延びた16歳の少女の声。

私自身はガザ地区に入ったことはありませんが、地中海沿岸の紺碧のビーチの明るさに目を奪われます。



ガザ紛争から1年。現地の少女がTwitterで発信「メディアが伝えるよりもガザは美しい」↓

The HuffingtonPost 執筆者: Kazuhiko Kuze

投稿日: 20150725 1210

http://www.huffingtonpost.jp/2015/07/24/gaza-one-year_n_7869288.html





「生まれてから3つの戦争を生き延びました。こんなことはもう十分です」という彼女の声のとおり、本当に繰り返させてはならないと思います。




なにかできることはないのか?

どうすれば少しでも解決に向かえるのか?



私自身が、13年前にパレスチナ自治区ヨルダン川西岸地区を訪れてから、ずっとこの「宿題」を抱えてきたように思います。


万能の処方箋など到底持ち得ていませんが、現地で見聞きしたことを元に、次回以降その手掛かりをひとつでも探していきたいと思います。




byしゅくらむ


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by shuklm | 2015-08-27 23:01 | パレスチナ自治区サイド | Comments(0)

【日常スケッチ】一度聴いたら忘れられない、戦車の砲撃音。




砲撃音によって思い知らされたこと




公開中のシリア映画を観ていて、

思い出したことがあります。




民主化運動を担ってきたシリアの若者たちが

政府軍に包囲され、戦車の攻撃に晒されるシーン。


「ドオォォ…ン」と鳴り渡る迫撃砲の音と、

地響きとともに揺れる地面。




映画「それでも僕は帰る シリア・若者たちが求め続けたふるさと」より。真っ直ぐ砲台を向けてくるシリア政府軍戦車

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腹の底に鈍く響くなんともいえないその重低音は、

私もパレスチナ現地で聞いた、

一度聴いたら忘れられない音でした。





直撃を受けた民家は、まるで巨人に踏み潰されたようにひしゃげ、

壁も床も抉り取られ、窓ガラスはすべて吹き飛んでいました。




私自身は着弾地点には居合わせませんでしたが、

砲撃音の間隔が短くなり、

イスラエル軍の戦車が刻一刻と近づいてくる間、

静かに思い知らされました。



たったいま戦車に乗っている相手は、

「こちら側」を同じ人間としては捉えていない。


ただの遠くの「標的」としてしか認識していない。


その「標的」に照準を合わせて撃つという作業をただ実行しているだけだということを。


それを無言で通告されているのだ、と。





それによって、目の前で大切な人が傷つけられたり

殺されたりしまうとしたら。


何もしないでそれが近づいてくるのを

ただじっと待っているだけというのは、

耐えられないだろうと思います。




ジェニン難民キャンプの若者たちは、

わずかばかりのライフルを取って応戦していました。


装備的には全く歯が立たないとしても、

なんでもいいから手近に反撃できるものがあるなら、

私だって片っ端から使うだろうと思う。






だけどパレスチナの人たちは、

かつての日本みたいに「玉砕戦」をやってるわけじゃない。


毎日毎日戦争だけやって「最後の一兵まで戦う」なんて、

望んでない。



膨大な普通の日常生活があって、

それをあの音が破壊してしまうから、

その時は反撃せざるを得ないだけなんです。








「標的」を撃つ側になるのか





「パレスチナ問題」の根源をつくった国連を

ずっと信用していなかったパレスチナですが、

現在パレスチナ政府は、国際司法裁判所に訴えて

イスラエル軍の侵攻を法によって解決しようとしています。



日本はしかしこの人権理事会では、

イスラエルの戦争犯罪を調査するための委員会設置の決議を

棄権するなど、ずっと及び腰でした

(ちなみに一貫して反対しているのはアメリカ1国だけ)。




「国際平和支援」と言うのなら、

少なくともそれを邪魔するべきじゃないでしょう。





また、日本政府は安倍首相になってから武器輸出を解禁し、

イスラエル・ネタニヤフ政権との軍事協力関係の強化を

宣言しました。


少なくとも、日本で作られた武器が

パレスチナへの攻撃に使われることは絶対に看過できません。




「積極的に平和に寄与する」と言うのなら、

「標的」に照準を合わせる側でなく、

間に入ってでもそれを止める側に立つべきでしょう。





「標的」とされた側に一瞬でも身を置いたことのある身としては、

改めてそれを訴えたいのです。







【当ブログ内関連記事】


20141015UP記事  水と薬をくれた医師。遠くに響く、戦車の砲撃音。↓

http://syuklm.exblog.jp/23558837/


2015320UP記事  イラク攻撃から12年目の320日に。「やったもん勝ち」を繰り返させないために、国際法廷でイラク戦争とガザ攻撃を裁くべき。↓

http://syuklm.exblog.jp/24266786/



※文章一部加筆しました(2015.8.27)

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by shuklm | 2015-08-23 20:05 | パレスチナ自治区サイド | Comments(0)

重い話題の後だからこそ。パレスチナ産ハーブで、夏疲れケアをどうぞ。



日々は続きます。

シビアな現実に向き合ってるからこそ、リフレッシュが大事。それを私はパレスチナで学びました。




過酷な日常の中でもパレスチナの人たちは、イスラエル軍の侵攻中でもサッカーワールドカップで日本代表を応援してくれていたし、戦車の砲撃から逃れた後は卓球に興じ、アラビックコーヒーやミントティーやマラミーヤティーなどお気に入りドリンクを飲み、談笑しながら日々を目一杯生活していました。






そのパレスチナからやって来たハーブ、「マラミーヤ」。


当ブログでも何度かレシピを取り上げていますが、

現地ではお馴染みの植物で、「イエスキリストの母・聖母マリアを癒した草」と言い伝えられている、万能ハーブです。



今回は、マラミーヤを使った夏バテ・夏風邪・足の疲れのケアをご紹介します。

連日の猛暑でお疲れのカラダをいたわりながら、天王山の夏を乗り越えていきましょう


▲マラミーヤドライリーフ(セーブ・ザ・オリーブHPより)





風邪などで入浴できない時、カラダを拭くホットタオルに



風邪をひいたり、ケガなどで入浴できない時、

カラダを拭くのに、マラミーヤのホットタオルが気持ちイイですよ。

殺菌効果もあるので、サッパリします。




【ホットタオルの作り方】


用意するモノ:マラミーヤリーフ、耐熱容器、ガーゼやコットンのタオル



容器にリーフを入れ、熱湯を注ぎます。

蒸気が逃げないようにフタをして、1015分。

フタを取り、タオルの両端を持ったまま真ん中の部分をお湯に浸します。

タオルの両端を持って絞れば、出来上がり。


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耐熱容器は、少量ならこれくらいのサイズでもOK!

この写真は、リーフを無漂白お茶パックに詰めて淹れました。タオルでフタをしただけでも蒸らせます。

リーフを直接パラパラ入れる場合は、フタを取った後に茶こし等で漉した後にタオルを浸せばOK




お好みの温度まで冷ましてお使いください。

大きめのタオルを少し冷ましてから、肩のあたりに当てると、

じんわり温まって、疲れがやわらぎます。





夏バテ・夏風邪の時に



夏の暑い時、ホットタオルを冷やして、冷湿布にしても気持ちイイ。

首の後ろに当てると、太い血管が冷やされて、穏やかに暑さが引いていきます。

発熱時のオデコに乗せても気持ちイイです。



疲労回復効果のあるマラミーヤティーも、よろしければ併せてどうぞ。


私自身が以前、夏に微熱が続いて夏バテなんだか夏風邪なんだかよくわからないけども消耗している時に、マラミーヤをフル活用して助けてもらったので、ご参考になれば幸いです。




※ホットタオルもつくれないくらいのだるさや熱が続く場合は、熱中症の危険性もありますので、早めの医療機関受診などの対応を。

無理せず、お大事にしてくださいね!





立ちっぱなしの足の疲れや、足の蒸れに



長時間の立ち仕事や、立ちっぱなしや歩き通しの足の疲れ、あるいは汗をかいて靴の中がムレてツライ時に。

手軽なフットバスで、疲れと汗とニオイをふっとばしましょう!




【フットバスの作り方】


ドライリーフ5gに対して、10mlの熱湯を入れて、茶こし等で漉します。

この浸出液を、お湯と一緒に洗面器などに入れ、お好みの温度に調整すれば出来上がり。





足を浸せば、「あ~、気持ちイイ~」。

疲れがほぐれ、指の間まで足がサッパリしますよ。




※ただし完全に水虫になってしまった場合は専用薬でないと完治は難しいので、あくまで補助的にお使いくださいませ。






※使用感はあくまで個人的な感想です。体質や体調などにより効果は異なるかと思います。

なお、妊娠中の方はマラミーヤの長期使用は適さないとのことですので、ご留意ください。






マラミーヤは、一緒にパレスチナを訪問した友人が運営しているフェアトレードショップ「セーブ・ザ・オリーブ」で扱っています。

オンラインショップでの注文はコチラから!↓

「定番商品」→右の「おすすめ」からお選びください

http://cart02.lolipop.jp/LA11054252/?mode=CATE&c_id=CA00100017274


あらかじめリーフがガーゼで包まれている「マラミーヤボール」なら、たらいや洗面器に入れれだけでハーブ液が作れるので、ラクチンでおススメです♪




※レシピは以下の書籍も参考にさせていただきました。

「心と体に効く ハーブ活用ハンドブック」

 佐々木薫 著/池田書店刊

「上手に育てて暮らしに生かす 初めてのハーブ作り 定番50種」

 小黒晃 監修/世界文化社刊 





【当ブログ内関連記事】

パレスチナの日常など

20148月9日UP   日本は、「アジアの兄貴分」。

http://syuklm.exblog.jp/23127427/


20141018UP  ジェニン7・砲声から逃れた後は、全力で卓球!

http://syuklm.exblog.jp/23559504/


20141029UP  駆け足、「死海リゾート」。

http://syuklm.exblog.jp/23652303/


マラミーヤレシピ

2015720UP  お疲れのカラダのケアに。パレスチナ産マラミーヤをどうぞ

http://syuklm.exblog.jp/24707462/



※写真、文章追加しました(2015.8.22)


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by shuklm | 2015-08-21 21:42 | パレスチナ産品&レシピ | Comments(0)

「カミカゼ」をパレスチナに教えたのは日本人。「今でもカミカゼは日本で尊敬されてると思ってた」と聞いた衝撃。






日本人があまりにも知らない「カミカゼ」





一緒にパレスチナを訪問した友人が、現地で直接聞いた言葉です。





20026月、

パレスチナ・イスラエルと交流する市民ツアーが現地を訪れた際、

ツアーメンバーと、パレスチナのすべての政党が

会談する機会が持たれました。




私は直接参加していないのですが、

その会談に参加したツアーメンバーたちから聞いた話で、

非常に衝撃的だったのは、

ハマスのメンバーの反応でした。





当時、20023月から始まったイスラエル軍の激しい侵攻に対して、

ハマスら「過激派」が「自爆攻撃」で対抗している最中でした。




しかしそれは暴力の応酬を招くだけではないかと考えていた友人が、

「自爆」についてハマス幹部に尋ねると、


「我々がやっている自爆攻撃は、

日本のカミカゼ(神風特攻隊)と同じだ。


日本でカミカゼは尊敬されているのではないのか?」と、

問い返されたそうです。




驚いたツアーメンバーが、

「いや、とんでもない。

そんなことはない」と答えると、


ハマス幹部はひどくショックを受けていたそうです。





「カミカゼ日本で尊敬されてないなんて!」と。





友人も、それを後から聞いた私も、愕然としました。





パレスチナの人たちから、そんな風に捉えられていたなんて。


戦後何十年も経っているのに、

日本で特攻が英雄視されている訳じゃないということが全く伝わっていないなんて。







親日感情の源のひとつである「カミカゼ」




パレスチナ人に「自爆攻撃」を教えたのは、日本人です。




1970年代、日本赤軍(いわゆる過激派)が、

対イスラエルへの武力闘争を開始した時。


パレスチナ人は、「今まで自分たちは

イスラエルにただ殺されるだけだった。

一矢報いてくれた」と喝采し、

その捨て身の戦法は、相手側からは

「カミカゼ・テロリスト」と怖れられました。





「世界革命のため」という日本赤軍の目的はともかく、

「パレスチナのために命を懸けてくれたカミカゼ」は、

現地ではいまでも「英雄」として尊敬されています。







2015年刊の池上彰さんの著書、

「知らないと恥をかく世界の大問題 6」(角川新書刊)にも、

同様の指摘があります。







***引用ココから***





”中東へ行くと本当に親日的な人が多いことに驚きます。



欧米とは違い、日本は過去に何も悪いことはしていないし、

日本人は自分の信じる宗教を強調することもなく、

宗教対立も起きにくいのです”




”とくに中東のアラブ人が日本人を好きになったきっかけに

「テルアビブ空港乱射事件」があります。




この事件とは、1972年、

日本赤軍がイスラエルのテルアビブの空港で起こした無差別テロ事件です。


空港で銃を乱射し、死者24人、

負傷者70人以上を出す大惨事を引き起こしました。




この事件で2人が死亡し、

唯一、生き残ったのが岡本公三です。



この名前は中東で一躍有名になりました。


パレスチナ人は、「日本人がパレスチナのために

わざわざ犠牲を厭わず加勢してくれた」と感激。



当時は、生まれてきた子どもに

「オカモト」「コウゾー」といった名前をつけるのが

流行になったほどです。




いまでもパレスチナへ行って日本人だとわかると、

「オカモトを知っているか?」と聞かれることがあります。



アラブの国の人たちは岡本公三をアラブの英雄といい、

そこから日本人への親近感も生まれています。”






***引用ココまで***







私自身は、彼らの「無差別殺人」を支持することはやはり出来ません。


たとえ「イスラエルがもっと酷いことをしてきた」のだとしても。






もちろん、

「あれは一部の過激派がやったことだ。

日本人全体とは関係ない」と片づけるのは簡単です。



しかし、中東・アラブ世界との強固で良好な関係は、

それ抜きにはあり得なかった。




日本政府もその親日感情を利用して

独自の外交路線を取ることができたし、

「日本人は欧米とは違う」と認識されたからこそ、

日本人は中東・アラブ世界どこででも歓迎されてきた。



間違いなく、そのメリットを日本全体が享受してきたのです。





だから、日本人には責任があると思うのです





自爆」(英語では自殺攻撃)という手段を彼らに教えたことで、

後に退くのを難しくさせてしまった



強大な相手への抵抗の手段として、

自爆・武力闘争への称揚を生み出し、

それはいまや中東のみならず

世界中へ拡散してしまっている。





「自爆は良くない。そんなことはやめろ」と言いたいけど、

そんな正論を日本人が言うのは

簡単じゃないと思うのです。




「それじゃあ、どうしろっていうんだ?


ただ黙って殺されるのを待てと言うのか?」


と問われたら、答えられない。





だって、パレスチナから見ると、

それ以上にインパクトのある支援を

日本からもらったことがない、ということだから。


そして、実際に日本でも

特攻を肯定する人たちが現在も存在しているわけだから。






「息子の死が無意味だったと思いたくない」





国際的な非難もあり、現在パレスチナでは

「自爆(自殺)攻撃」自体はかつてより減っています。


しかし深刻なのは、「自爆」への評価が

「無駄死にじゃない」と、変わってきていることです。




最近、高橋和夫さんのラジオ解説を聞いたのですが、



もともとイスラム教では自殺は大罪のため、

皆が肯定している訳ではなかったそうです。


しかし先の見えない状況が続く中、

自爆者の遺族が「あれは自殺ではなく殉教だ。

未来ある若者が自発的に死を選んだことは正義だったと思いたい。

そう思わないとやりきれない」と、

変化してきてしまっている――というのです。






誰だって、自分の大切な人がただ無意味に死んだ

なんて思いたくないし、

何か意味があったと思いたいでしょう。




それは、日本でも特攻隊員や

軍人・軍属の遺族の方でも同じだと思う。





ものすごくセンシティブな事柄だからこそ、

この時期に書いておきたいのですが、



それを美化し国威や戦争や票田のために利用しようとする国家や政治家は論外として、


一方で遺族が「私たち家族や祖国を守るために命を懸けてくれた。

彼らの犠牲のお蔭で今がある」と思いたいというのは

ごく自然なことだとも思うのです。





確かに、特攻という「ありえない戦法」に

心底恐怖を感じたアメリカが、

玉砕戦を回避するために、

降伏条件のハードルを下げ、

占領政策をソフト路線に転換させたことは

間違いないでしょう。






だけどやっぱり、どんなことがあっても

人の命をそんなふうに使ってはいけないし、

絶対に使ってほしくない、と思う。




本当は生きたかったのに、

あるはずだった未来を全部諦めて

無理やり自分を納得させて死ぬしかなかったことを、

誰かの上に絶対に繰り返させたくはない。




パレスチナでも、日本でも、

世界中の誰にも。







切り捨てるのではなく、英雄視するのでもなく、2度と繰り返さないために





戦後の日本は、「特攻なんて、バカなことをした」

「所詮は無駄死にだった」と、

ある意味切り捨ててきました。



そう言われてしまったら、

「酷いじゃないか。

そんなことはないはずだ」と

言い募りたい気持ちになったとしても

無理はないとも思います。




そういう人たちの思いにも寄り添いながら、

断絶してきた対話を繋いでいく言葉を交わせる回路を

なんとか開通させていくこと、

そしてそれを通じて、

「2度と繰り返させてはいけない」という

合意を創りだしていくことが求められているのではないか。




かつて特攻を国策とし、

パレスチナに「カミカゼ」という手段を教えてしまった日本が、


その歴史を踏まえた上で、

もしも違う道を示すことができるとしたら。


「自爆攻撃」じゃない方法がある、

もっと違うことで生きる道があるんだと

彼らに伝えることが出来たら。



日本独自のアドバンテージを

もっと自覚的に活かすことが出来るのなら、



「日本人が言うんだったら」と、

説得力を持って受け止めてもらえる可能性があるとも思うのです。





日本が目に見える行動を示すことで、

新しいメッセージを送り直していくことが、

本当に今こそ必要だと思うのです。







【当ブログ内関連記事】


201497UP 

なぜ、イスラエルならOKで、パレスチナだとNGなのか?

http://syuklm.exblog.jp/23335018/


2014930UP 

ツアーという「下駄」をはかせてもらって、現地へ。

http://syuklm.exblog.jp/23482203/


201589UP 

「なんでそんな遠い所のことを?」 ~戦後70年の8月に。社会で働き20年、人生ままならないからこそ、伝えたいこと。

http://syuklm.exblog.jp/24771441/




※タイトル変更し、誤字修正・加筆しました(2015.8.18、2015.11.17)


byしゅくらむ


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by shuklm | 2015-08-17 21:37 | 「テロ」・IS・イスラム・宗教について | Comments(0)

私たちの戦後70年談話・その2。日本の勘違いの始まり。日露戦争での「アジアからの期待」を、なぜ裏切ってしまったのか?




首相の戦後70年談話について。


言いたいことはいろいろありますが、

私がココで問題にしたいのは、特に最初の方のくだり。




100年以上前の世界には、西洋諸国を中心とした国々の広大な植民地が、広がっていました。

圧倒的な技術優位を背景に、植民地支配の波は、19世紀、アジアにも押し寄せました。


その危機感が、日本にとって、近代化の原動力となったことは、間違いありません。


アジアで最初に立憲主義を打ち立て、独立を守り抜きました。

日露戦争は、植民地支配のもとにあった、多くのアジアやアフリカの人々を勇気づけました。」





歴史的事実として、日本が「アジアの憧れ」の対象だった時代は、確かにあった。

だけど結果的に、アジアからの期待を大きく裏切ってしまった。

なぜそうなってしまったのか、その歴史をちゃんと省みる必要があると思います。




当時アジアの新興国家でしかなかった日本は、大国の清やロシアに勝てるわけがないと言われていた。

実際には薄氷ギリギリ・首の皮一枚だったものの、立て続けに「奇跡の大勝利」を挙げた。

で、勘違いしちゃったんだと思うんです。自分だけの力で列強と肩を並べたと。


実際には、特に日露戦争はアジアからの様々な協力があったから勝てたのに。




日露戦争で日本が勝利した時は、アジア中から喝采が贈られ、日本は憧れの対象だった。

辛亥革命を成就させた孫文も、韓国独立運動の安重根も、インドの首相となったネルーも、賛辞を送っていました。

当時のトルコ皇帝アブドゥル・ハミト2世は、明治維新で奇跡的な近代化を実現した明治天皇を尊敬し、日本のような近代化を標榜していたそうです。




日露戦争の時、トルコから日本にどのような協力があったことで勝利につながったのか、「海の翼 エルトゥールル号の奇跡」(秋月達郎さん著・2014年PHP学芸文庫刊)で描かれています。

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当時、世界最大・最強だったロシアの黒海艦隊とバルチック艦隊。

もしふたつの艦隊が同時に日本近海へ向けて出撃したら、

ひとつしか艦隊を持たない日本海軍に到底勝ち目はなかった。



黒海艦隊が出撃するには、トルコのボスポラス・ダーダネルス海峡を通過しないと地中海へ出られない。

ロシアと100年近く戦争を続けてきたトルコは、

共通の敵ロシアと戦う日本を支援するため、

海峡を眺め渡せるガラタ塔で通過船舶を昼夜交代で監視にあたり、

190474日の朝、動きを察知。


知らせを受けた現地の日本人・山田寅次郎は、

オリエント急行でウィーンまで奔り、日本行使館へ連絡。



この情報が、戦況を決定した。

バルチック艦隊だけなら、対馬沖で迎え撃てる。

そう確信して布陣を一点集中した日本海軍は、勝利することができた――。






それから100年以上。

トルコや中東の国々で現在も日本への強いシンパシーが続いている一方で、

日本が植民地支配を敷いたり占領をした国々の多くでは、

その期待は反転しました。



伊藤博文を暗殺した安重根には、

日露戦争で応援していた日本が欧米帝国主義国と同じになってしまうことを阻みたい、

という思いがあったようです。



日本が目指したのは「脱亜入欧」であって、

その内実は「アジアと共に生きる」ことではなかった。


そこに、日本の近代化の限界があったと思います。




日本の近代化も、戦後復興も、日本の単独の力だけで成しえた訳ではない。

そのことは、戦後何十年を経ても、忘れてはいけないことだと思うのです。


いまも、いまだからこそ。






【当ブログ内関連記事】

201563UP 

6月3日、日本とトルコ「100年の友情の始まりの日」。知られざる2つの救出実話

http://syuklm.exblog.jp/24546590/

2015815UP 

私たちの戦後70年談話。28年前、日本の加害の歴史に直面した南京。

http://syuklm.exblog.jp/24791832/

201589UP 

「なんでそんな遠い所のことを?」 ~戦後70年の8月に。社会で働き20年、人生ままならないからこそ、伝えたいこと。

http://syuklm.exblog.jp/24771441/



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by shuklm | 2015-08-15 23:39 | 中東・イスラム・アジアからの声 | Comments(0)

私たちの戦後70年談話。28年前、日本の加害の歴史に直面した南京。


テレビ番組で「私たちの70年談話」を募集したり、

市民レベルでも「民衆談話」を発信しようという

ムーブメントが動いています。


それぞれが身の丈の言葉で発信していくことが大切だと思うので、

私も自分の体験から言えることを書いてみます。





1987年、16歳の高校生の時に、

ツアー旅行で中国を訪れたことがあります。


日中友好を目指すボランティア団体の主催だったので、

行程には日中戦争の戦跡訪問も入っていました。



1985年に落成したばかりの、南京大虐殺の資料館。

建物の外壁に大きく掲示された建物名は、

「南京大屠殺遇難同胞紀念館」。



「大屠殺」という中国語表記のあまりのストレートさに

たじろぎながら入館すると、

文字通り家畜のように無造作に殺されて穴に遺棄された

「万人坑」の再現に足がすくみました。


「100人斬り」を競った日本人将校の写真パネルや、

万人坑から実際に掘り出された何人もの人骨の展示もありました。



私たちのツアー参加者以外は、来館者は中国の人ばかり。


食い入るように展示物を見据えたまま、

身じろぎもしない男性。


お線香や献花を手向けるスペースで、

嗚咽し続けていた女性。


「いま自分が日本人だとわかったら、

生きて出られないんじゃないか」と

感じるほどの雰囲気でした。




全ての展示を見終えて、いたたまれずに、

おそるおそるツアーガイドの中国人の男性に尋ねました。



「恨んでいませんか…?」と。



30代の彼は静かに首を振って、

「恨んでいませんよ。

悪かったのは日本の軍国主義です。

あなたたち日本人は悪くないです」

と言ってくれました。





当時は、改革開放経済が始まる前。


中国ではまだ個人旅行は解禁されておらず、

入国できる日本人は団体旅行のごく限られた人間だけでした。


ツアーガイドの人たちも全員が国家公務員で、

公式見解を口にした面はあるでしょう。



それでも、中国の人たちが

「日本人に敵討ちはしない」と赦してくれているから、

今の日本は存在できている。


そう感じて救われたと思った次の瞬間、

同じツアーの日本人男性が「シナ人が、シナ人が」と

連発しているのを聞いて飛び上がりました。


「やめて下さい!」


いま日本人が「シナ」でやってきた歴史を見て来たばかりなのに、

中国の人たちの感情を逆なでするようなことをなんでするのか?!



しかし昔中国に滞在していたというその高齢男性から

「今の若い人にはわからないからねえ」と全く取り合われず、

論理立てて止めさせることもできず、

自分の無力さ加減に生まれて初めて悔しくて涙しました。






南京大虐殺については、

犠牲者の数などについて事実が確定していないと論争があるのは承知していますが、

私は現在でも、虐殺は数の問題ではない、と

考えています。



30万人でなく3万人ならOKなのか? 

そうではないでしょう。


数が少ないからと言って、

その事実自体が無かったことにはできるわけではない。





少なくとも、中国政府も

「中国人も日本人も日本軍部の犠牲者。

悪かったのは軍部で、日本人が悪かったわけではない」

というレトリックで、

「戦後賠償も永劫に求めるわけではない」と

手打ちにしてくれたから、

戦後の日本の独立と復興・経済成長は可能だったわけです。






残念ながら、

現在の中国が軍事的な拡張を進めていることは事実でしょう。


国内の不満をそらすために

対外的にわかりやすい「敵」を仕立てるのは、

どこの国の政治屋も同じです。


だけど、その種を日本が撒いてきたとしたら?


「中国がお人好しにしてたから、

欧米列強や日本などの帝国主義にやられた」と

いう教訓を与えてしまったとしたら?


「もうお人好しにしててやられたりしない」と。





私たちを受け入れてくれた中国の人たちが

いま日本のことをどう感じているのか、

私には知るすべがありません。


外国人や日本人が珍しくて、

泥だらけの子どもたちが恥ずかしがりながら近づいてきて、

鐘楼に登れば人だかりができていたのは、

30年近く前のこと。


いまはきっと彼らも変わってしまっているでしょう。




だけど少なくとも、

こちらから「もうこれ以上謝るもんか」と

扉を閉ざすことはしたくない。


本音はともあれ、

でも現実の行動で赦してくれた人たちがいたことを

忘れたくないと思うのです。






byしゅくらむ


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by shuklm | 2015-08-15 21:02 | 中東・イスラム・アジアからの声 | Comments(0)

【シェア】予約開始! 神奈川新聞の連載「時代の正体」が単行本化



最近突然始まった流行り物ではなく、数年にわたって継続されてきた結晶です。


ヘイトスピーチがこだまする現場で何度も取材を重ねるなど、骨太の連載。

新聞社としても、沖縄に次ぐ2番目に基地の多い県・神奈川の地元紙として、沖縄の新聞と連携する記事を掲載するなど、独自のスタンスを貫いています。


記者の方々のジャーナリスト魂と、新聞社としての良心に敬意を表します

ぜひこういうメディアを応援しましょう!




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「時代の正体――権力はかくも暴走する」

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学生団体「SEALDs特集」のほか、内田樹さん、高橋源一郎さん、辺見庸さん、想田和弘さん、山崎雅弘さん、猿田佐世さん、塚田晋一郎さんら、時代を切り取る論客が時代の正体を解き明かします。

注目の「日本会議」の詳報も掲載します!


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いま日本でいったい何が起きているのか。まさに「時代の正体」を探る一冊です。


是非予約注文いただき、お手にとっていただけたら幸いです。



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【当ブログ内関連記事】

2015718UP 【シェア】内田樹さん『私たちが出来ること』。↓

http://syuklm.exblog.jp/24702794/



※神奈川新聞社刊ではなく、現代思潮新社刊でした。文章・タイトルの一部を訂正させていただきました(2015.8.14)


byしゅくらむ


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by shuklm | 2015-08-14 21:45 | メディア・報道のあり方など | Comments(0)

【時事】わざわざ「標的」増やして、どこが安全保障やねん??


待て。ちょっと待て。

ていうかさ、ありえないでしよこの組み合わせ。

「原発再稼働」+「駆け付け警護初任務」


仮にも安全保障を論議してる時に、わざわざ「標的」提示してどーすんの!!



2015812日付 神奈川新聞1



ねえ、「安全保障環境が変化してる」んだよね?

「テロの脅威が日本でも高まってる」んだよね?


「テロリスト」から見れば、原発は一番コストが少なくて甚大な被害を与えられる格好のターゲットじゃん。

安全保障を言うなら、一番はじめに回避すべきリスクでしょ。

なんで「世界最悪の原発事故」から学べないの?



ちなみに、原発を攻撃された際のシミュレーションは、すでに1984年に外務省が極秘研究してたそうです。


2011731日付 朝日新聞 

「外務省、84年原発攻撃を極秘研究

『最大1.8万人急死』反対運動恐れ公表せず

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「原発ゼロ市民共同かわさき発電所」さんのFBより拝借しました。






あとさ、「川内原発再稼働」にまぎれてするっと報道されてますけど、「安保法前提の新任務」って、大転換ですよね?



2015812日付 神奈川新聞1

南スーダンPKO 『駆け付け警護』付与


”「今後の進め方」とする日程表には、「最も早いパターン」として8月に「法案成立」、来年2月ごろ「法施行」と記され、派遣中の南スーダンPKOは来年2月頃から「新法制に基づく運用」との予定が示されていた”

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他国軍隊や住民を守る「駆け付け警護」は、「正当防衛」じゃないからね?

「威嚇して相手が逃げたらおしまい」なんて、そんなご都合主義なわけにいかない。

武装勢力からは「敵」と認識されて、ターゲットになるってことですよ?



アメリカと一緒になって戦闘に参加した国々は、逆恨みされて自国が次々と「テロ」の標的になってるのに、それを引き受ける覚悟はあるの?



自衛隊員には「命を懸けろ」って宣誓させといて、

自分は「命を懸けられますか?」ってテレビ番組で質問された時に「△」って回答した首相が?






いや、「それだけのリスクを冒しても、『テロ』との戦いを徹底的にやる」って国民的合意が出来てて皆で腹を固めて決めたんだったら、それも選択肢としてはアリだとは思いますよ。



だけどね、モンダイはそのリスクまで全部明示してない。というか、考えてないこと。

相手にどう受け取られるかをまったく想定していないこと。

そして、誰もそんなことに合意していないこと。




結局は、アメリカとの約束を何が何でも守りたいだけでしょ。

そんなことのために、自衛隊員の命を差し出すなよ。

アンタのメンツのために、ワタシらの生存を差し出すなよ。





友人がかかわっている取り組みをご紹介します。


みんなで決めよう「原発」国民投票 HP

http://kokumintohyo.com/

原発ゼロ市民共同かわさき発電所  HP

http://genpatuzero-hatuden.jimdo.com/



【当ブログ内関連記事】

2015427UP記事  「国際平和支援」の最前線。報ステ「緊迫のコンゴPKOに密着」

http://syuklm.exblog.jp/24409230/

20155月1日UP記事  何、約束しちゃってんの? 「アメリカとの一体化」は、リスクヘッジとしてもブランディングとしても下策。↓

http://syuklm.exblog.jp/24428068/



※文中の不正確な箇所を訂正させていただきました(2015.8.12)
安倍首相はテレビ番組で「お国のために死ねる」?と質問されて「○」「×」いずれも選ばず、「総理になった途端、死ぬ覚悟は出来てるわけでしょ?」と聞かれても、「晩年の父の姿を見ていて、そう簡単なことではない」と繰り返し、「△」というテロップ付きで放送された。


byしゅくらむ


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by shuklm | 2015-08-12 14:20 | 安保法・安全保障・日米関係 | Comments(0)

「なんでそんな遠い所のことを?」 社会で働き、20年。人生ままならないからこそ、伝えたいこと。~戦後70年の8月に~ 





「なんでわざわざ、パレスチナとかシリアとか

そんな遠いところのことをやってるの?


日本でいま、福島、沖縄、貧困とか、

様々な社会問題があるのに、

足元で他にやることがあるんじゃないの?」





実は、自分でもそう思います。



なぜ、と問われれば、

「縁があったから」、としか言いようがないのですが。




今回は、個人的なことを少しだけ書かせて下さい。



そもそも私が戦争と平和の問題や環境運動に

かかわるようになったキッカケが中東でした。






「石油のためには仕方ない」と言う父と論争に■





1991年1月17日、湾岸戦争が始まった日。



ちょうど私の誕生日を祝うために

集まってくれていた大学の友達とテレビをつけると、

アメリカ軍によるイラク空爆が開始された

というニュースが流れていました。



いくつもの青いミサイルの光が夜空を横切り落ちていく、

テレビゲームのように無機質な画面。




それを見た友人たちの反応は、


「あー、始まっちゃったね」。




ほぼスルーでした。




「えっ、でも空爆だよね? 戦争だよね?? 

いいの始まっちゃって?!?」

と慌てているのは私だけ。



人の気持ちが分かる優しい友人ばかりだったのに、

誰一人ともその衝撃を共有できないことの方に

ショックを受けました。






さらに、石油会社に勤務していた父にいたっては、

「石油を確保するために掃海艇を派遣するのは当たり前。

戦争も仕方ない」と断言。 



毎晩、大論争になりました。





「いままでお前が大学まで行けたのは、

石油があったお陰じゃないか。


石油がなかったら、ウチの家族がこうやって

飯を食べることだってできないんだぞ?

家族のつつましい幸せを願って何が悪い??」。




確かにそうかもしれない。

進学を諦めて家族を養うため働きづくめてきた

苦労人の父には感謝しているし、

彼の願いを否定することはできない。





だけど、あのミサイルの閃光の下にあった

イラク人の子供や家族の幸せはどうなってしまうのか?



「ウチの家族のささやかな幸せ」を守るために、

イラクの家族は犠牲になってもいい、

とはどうしても自分は思えない。





大学でも図書館でも答えを得られず悶々としている時、

街頭で湾岸戦争反対の署名を集めていた人に

「こんなことして何になるんですか?!」と

自ら突っかかっていったのが、

運動にかかわるキッカケとなりました。







中東まで行って知った、日本のアドバンテージ・進むべき方向■





911」後、世界が急速に「戦争の時代」へ突入。


アフガン攻撃やイラク戦争を止めようと活動する中で、

多くの中東出身の人たちの声に触れる機会を得ました。




それは私にとっては、


「アメリカだけが友人じゃない。

日本は世界中にこんなに沢山の友人を持ってるんだ」と

肌身で感じ、大きく世界に目を見開かされた

プロセスでもありました。





実際に訪れたパレスチナで、現地の人たちから

「日本の良心に期待している」と、思いを直接託されたこと。


「アジアの兄弟の皆さん」と呼びかけてくれたアフガン人、


「日本の友人の力を貸してほしい」と語っていたイラク人、


「ブッシュ(アメリカの暴走)を止めてくれ」と言っていたシリア人。






日本が協力しなければ、日本の基地がなければ、

アメリカは中東でこんなに簡単に戦争は出来ない。



彼らは、日本がまさに「アジアのキーストーン」であり、

アメリカの軍事行動のアキレス腱であることを

熟知しているがゆえに、日本の動きを注視していました。



「戦争の廃墟の中から奇跡の経済復興を遂げた、アジアの兄貴分」

「戦争をしない特別な国」

「平和国家・日本」だからこそ、出来ることがあるはずだ、と。





アメリカと軍事同盟を結び米軍基地をこれだけ抱えていながら、

日本という「ナショナルな枠組み」に対して

これほどまでのシンパシーを寄せられているとは、

まったく思いもよらないことでした。





日本独自のアドバンテージを再認識することで、

今後進むべき方向性を教えてもらったと思っています。




もちろん多大に「美しい誤解」も含まれているにせよ、

むしろそういうのを全部ひっくるめて、

誰にもマネできない「平和ブランド」を

自覚的に活かしていくことこそが、

日本の進むべき道だと。






もちろん、中東で日本が信頼されてきたのは、

「平和ブランド」のチカラだけではないでしょう。



中東の現地で、あるいはモノづくりの現場で、

日本企業の社員の人たちが築いてきた

信頼関係も間違いなくあったと思います。






「フツーの真面目なサラリーマン」が戦争を支持する時■





「日本人の技術力が確かなこと、仕事が丁寧なこと、

約束を守ることは、中東・アラブでは皆知ってるよ」と、

シリア人の友人も言っていました。



巨大プラント開発から車や家電製品まで、

真面目なフツーのサラリーマンの人たちが

日々の仕事で培ってきた蓄積は、

決して小さくなかったと思います。




素朴で実直で、コツコツ地道に仕事を続けて、

日本の「奇跡の経済成長」を担ってきた、

多少横暴かもしれないけれど心根は優しい、

どこにでもいるようなオヤジさんたち。

多分、ウチの親父のように。



現地に行けば信頼されるであろう、そういう

「ごくフツーの真面目なサラリーマン」の人たちが、

しかし、「石油のためにはやむを得ない」と

湾岸戦争もイラク戦争も支持するというパラドックス。




それを、どう考えればいいのか。



問題にしたいことはそのことです。






おそらく安保法案を支持しているのは、

自覚的な右翼だけではなく、

そういう普通の人たちも少なからずいるのではないか。



「今の生活を守るためには法案(具体的な対策)が必要だ」

と感じている人たちに、

どうすれば届く言葉と回路を紡ぎだせるのか。







ワタシも社会人として働いて20年以上になり、

当時の父と近い年齢にさしかかりました。



福祉関係に従事してますが、

要するにサラリーマン(ウーマン?パーソン?)で、

普段は仕事でくたびれて帰って来てほぼ寝るだけの毎日です。


障害や持病もあり、大した活動が出来る訳でもありません。



そして、

キレイ事じゃ世の中渡れないことも、

重々承知しているつもりです。





そういう中でこそ、何が出来るのか。


人生のままならなさや、働くことの大変さや貴重さを

身に沁みてわかっている人たちにとっても、

少しでも意味があることを、

考え伝え続けていきたいと思うのです。








P.S.


当ブログを開設して、本日でちょうど1年になりました。

今日までどうにか続けてこられたのは、

読んで下さった皆様、コメントや「いいね!」やツイートをして下さった方々のお蔭様です。

忙しい日々の中で時間を分けて下さって、有難うございます。



燃え尽きと過労で社会運動から離れていたこの数年間、

何もできない焦燥感が腹の中で発酵して

破裂しそうになっていました。




昨年夏のガザ攻撃の時、

いてもたってもいられずにブログ開設した当初は、


「こんなマイナーなテーマじゃ

誰も読んでくれないかもしれないし、

批判されるだけかもしれない。


それでも、何も書かないで後悔するより、

言いたいことを書いてから死にたい」と、悲壮な決意でいました


(今から考えると観念的で苦笑するしかないのですが)。





この1年で、

「心血を注いだ言葉はきちんと受け止めてくれる人がいる」

という実感を得たことで、

大袈裟でなく「これで生きていける」と感じました。




これからも、たとえ世の中の主流とは違う意見でも、

自分がどうしても伝えたいことは

綴っていきたいと思います。



お付き合いいただけると嬉しいです。






【当ブログ内関連記事】


201489UP記事

原爆の日に、伝えたい。パレスチナからの伝言。↓

http://syuklm.exblog.jp/23127445/


201528UP記事

「日本の友人たちよ、道を誤ってくれるな」。日本人だからこそ出来ることがあると教えてくれた、中東からの眼差し

http://syuklm.exblog.jp/24109189/


2015215UP記事 

「邦人救出できない法は変えるべし」という主張が無視しているもの。イラクでもアフガンでも、「日本人だから攻撃されにくかった」理由。↓

http://syuklm.exblog.jp/24136507/





byしゅくらむ


シュクラムは、アラビア語で「ありがとう」。
筆者が知る数少ないアラビア語です。
ココでの出会いと、ここまで読んで下さったことに、感謝をこめて。
シュックラム!



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by shuklm | 2015-08-09 09:13 | はじめての方はコチラからご覧ください | Comments(0)