オトナの社会科・中東からの声を手掛かりに。

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「いつの日か、平和になったパレスチナで会おう」。





2002年6月。



お世話になったエルサレム旧市街前の宿の

パレスチナ人オーナーが、

別れ際に贈ってくれた言葉です。





「いつの日か、近い将来、

 本当に平和になったパレスチナで、

もう一度会おう」。





「本当に、そんな日が来るのかなあ…?」

半信半疑だった私は、とっさに

どう反応していいのか迷いました。




「きっとだよ」。


彼は力強く頷き、大きなその手を

差し出しました。




柔道選手かお相撲さんのような立派な体格の

彼の掌は思いのほか柔らかく、

握り返した両手を何度もブンブン振り回していました。



傍から見ると、大人に子供がぶら下がっているようにしか見えなかったと思いますが、

つたない英語で、必死に伝えました。




「そうだよね。本当にそうだ。

 そうであることを、私も願ってる」。




あとは、言葉になりませんでした。







この人たちは、こんな状況でも、

希望を捨てていない。





ベツレヘム知事も、希望を語っていた。


イスラエルの兵役拒否者も、

和平をあきらめていない。




その言葉を直に聞いて、

眼を見開かされる思いでした。







2002613日早朝。



タクシーで一人、テルアビブ近郊の

ベングリオン空港へ向かい、
飛行機で日本への帰路につきました。





入国審査時に散々足止めされて

懲りていたので、

帰りはなんとしても

トラブルを回避したくて頭を絞り、

写真やメモ没収されたり

咎められたりしないよう、

デジカメデータ等はすべて事前に

宅急便で日本へ送ってありました。




しかしそのせいで、

中身が空っぽのカメラを

爆発物疑われて


「これはなんだ? 

なんで何も入っていないんだ?」と

詰問され、

「金属チェックの時にデータが

ダメになるかもって聞いたから、

抜いただけだってば!」と、

これまた中学レベル英語で

必死に説明し、

なんとか通過できたものの、


結局、出国審査でまた数時間を

取られることなってしまいました。




最後の最後まで、

「『テロ』の脅威に怯えるイスラエル」

の姿を見ることになりましたが、

しかし、彼らがそうならざるを

得ない心情も現地で体感したし、

そしてその姿が

イスラエルのすべてではないことも

知りました。






帰りの飛行機に乗り込んで、

無事離陸。



あっという間の、

しかしあまりにも忘れがたい、

8日間のパレスチナ・イスラエル

訪問が終わりました。





眼下には一面、

晴れ渡った空が広がっていました。








****************




パレスチナ・イスラエル現地で

体験したことは、

今回で一区切りとなります。


実際に見たこと、

現地の人に聞いたこと、

受け止めた思いをお伝えしたくて、

ここまで書いてきました。


ここまで読んでいただいて、

本当に有難うございます。




ここから先は、帰ってから

ずっと考え続けたことを、

ひとつひとつ整理しながら、

少しずつ綴っていきたいと思っています。

(もちろん、合間に閑話休題や時事なども挟みつつ)



そのため今後は、週に1回程度の更新になるかと思いますが、

引き続きお付き合いいただけますと、幸いです。




byしゅくらむ

by shuklm | 2014-12-31 12:39 | パレスチナ自治区サイド(現地レポ等) | Comments(0)

イスラエルにて。滞在最後の夜、ついに実現した兵役拒否者との対話。






日本へ帰る前夜、最後の最後に、

念願だったイスラエルの兵役拒否者と

会えることになり、

ツアーから離れて一人、

待ち合わせ場所である

エルサレム新市街へ向かいました。









2002612日の夜。





同じエルサレムでも新市街は、

歴史的建造物や石畳が残る

旧市街とは別世界





一歩足を踏み入れるとそこには、

お洒落な店が軒を連ね、

飲食店街には、コシェル(ユダヤ教の戒律に沿った料理)

の店だけでなく、

中近東料理、イタリア、モロッコ、

中華、和風、韓国料理まで、

各国料理のレストラン

カフェやバーやファーストフード店が

所狭しと立ち並んでいました。





その一角にあるスペイン料理の

庶民的なお店で、

眼鏡をかけた、背の高い

ラテン系の顔立ちの男性が

待っていてくれました。






彼の名前もスペイン系で、

「イスラエル人」というのは

世界中からやってきた人たちなんだなあと、

改めて感じました。






私が個人的に話を聞くことが

できたその兵役拒否者は、

イスラエル人とパレスチナ人が

一緒に運営するNGOに勤務している、

エルサレム在住の30代の男性。




英語もロクに話せず、

辞書を引き引き質問する私に、

平易な言葉で答えてくれました。






「『テロ』と報復のエスカレーション

を断ち切るためには、

どうしたらよいと思いますか?」

という私の問いに対して、

彼は明快に答えました。





「イスラエルが占領をやめることだ」。





「たった400人(当時)の入植者を守るために、

何万人ものイスラエル軍が配備される。


占領があるから、

パレスチナ人の憎しみが募る。


その悪循環を断つことだ」――と。






パレスチナ・イスラエル間の1993年の

「オスロ和平合意」については、

意外にも彼は否定的でした。



それは、「合意事項の中で、占領について

何一つ解決していないからだ」。





21歳で兵役拒否を決意した理由について、

「永久に戦争を続けることはできない

と考えたからだ」と述べていましたが、

その判断は、

「地球の資源を無限に使い続けることは

できない」という事実と同じくらい、

おそろしく現実的だと感じました。





とはいえ、

イスラエル社会の中で

まっとうな判断を下して実行するのは、

想像を絶する困難を伴うであろうとも思われました。





2001年9月、イスラエルの高校生ら

10代の若者62人が連名で

シャロン首相(当時)あてに

兵役拒否の手紙を送ったことが

大きく報道され、

彼らに続いて兵役を拒否する者が

増える一方で、

イスラエル社会での風当たりは

厳しさを増し、最近は

大手の新聞もテレビ番組も

彼らについては全く報道しなくなり、

黙殺されているとのこと。


また、海外メディアだけに

大きく取り上げられたため、

多くの拒否者はひどく

ナーバスになっていて、

外国人は皆インタビュアーだと

思って会いたがらない

という話も聞きました。






そういう孤立した状況の中で、

それでも決意を貫けたのは、

何故だったのか。

それは、両親のサポートが大きかった

と彼は語っていました。





「支えてくれる人たちがいたから、

自分の(兵役拒否という)意思を失わずに

続けることが出来たんだ」。






実際に兵役拒否者と会って

話をしてみて実感したのは、

「強固な信念を持った特別な人たち」ではないということ。



少数派の彼らが踏ん張れるかどうかは、

誰かの支えがあるかどうかに

大きくかかっている、

ということでした。





逆風の中だからこそ、

彼らの良心の声を

かき消させてはならないと

改めて強く思いました。





たどたどしい英語で、

「会えてよかった。本当に有難う。

あなたたちのことを支持している人が

日本にもいることを、

覚えていてほしい」と伝え、

握手を交わして別れました。







byしゅくらむ


シュクラムは、アラビア語で「ありがとう」。
筆者が知る数少ないアラビア語です。
ココでの出会いと、ここまで読んで下さったことに、感謝をこめて。
シュックラム!



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by shuklm | 2014-12-31 10:02 | イスラエルサイド(現地レポ等) | Comments(0)

ベツレヘムにて3・知事の言葉「閉じ込められても、希望はあると信じていた」「日本の良心に期待している」。



市民交流ツアーでパレスチナ現地を訪問した際。

2002年当時のベツレヘム知事、マダニ・ムハマド・エル・マダーニ氏と対話する機会を得ました。




▼中央の男性が知事。

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2002年の3月から4月、38日間にわたって、

イスラエル軍によって聖誕教会が包囲されたときには、

200名以上の住民とともに、知事も監禁状態に置かれました。


教会内はひどい衛生状態で、それでも、

「何もない極限状態の教会の中で、

 それでも私たちを支えていたのは ”希望”だった」と、

知事は語ってくれました。


「正義があると信じていたし、世界への期待があった。

聖なる場所に閉じ込められていたことが、強く影響していた。

耐え忍ぶことで、世界にそれが伝えられると信じていた」と。






「私たち日本人に出来ることは何か?」という問いに対して、

彼は答えました。



「日本は、戦争と平和の体験があるので、

パレスチナことはよく理解してもらえると思う。



平和の実現のために、日本政府と日本の市民に手を貸してほしい。

経済的援助だけでなく、政治的援助をしてほしい」。



そして、「パレスチナ人は、日本を心の支えにしている。

日本が、戦争によって廃墟になりながらも、

そこから立ち直ってきたからだ。


私たちも、日本のように、いつか必ず再建する。

日本の市民の皆さんの良心に期待しているので、

頑張ってほしい」と、知事は力を込めて語りかけてくれました。




思いを、託された。



それを、なんとしても皆さんにはお伝えしておきたいと思いました。




byしゅくらむ
by shuklm | 2014-12-29 17:22 | パレスチナ自治区サイド(現地レポ等) | Comments(0)

【考えたこと】日本の衆院選挙結果の意味・一番腑に落ちた分析。

ちょっと長いですが、重要な視点だと思いましたので、抜粋して引用させていただきます。


**【以下引用】********


1220日付神奈川新聞掲載

内田樹さん「中腰で身構える国民」


”今回の選挙の結果を、メディアはおおむね「事前の予想通り」と報じたが、開票結果は私にはかなり意外だった。

昨年の参院選と比べると投票行動はかなり変わった。


比例区の得票を見ると、自民、公明の得票は若干減り、共産・民主は票を伸ばした。

安倍政権の改憲・ナショナリズム路線の補完勢力であった次世代の党は勢いを失い、看板の石原慎太郎最高顧問も田母神俊雄氏も落選した。そして、基地問題が最大の争点となった沖縄では全選挙区で自民党候補が落選した。

この変化は何を意味しているのか”


”今回の有権者の行動の意味をひとことで言えば「大きな変化を望んでいない」と言うことに尽くされるだろう。有権者たちは、今ここで政権交代が行われて、外交や内政の継続性が断ち切られることを望まなかった。同時に、選挙結果によって安倍政権が「信任」を得たとして、選挙の争点にされなかった改憲の動きが加速されたり、集団的自衛権の行使が具体化したり、特定秘密保護法によるメディアへの締めつけが始まることもまた有権者は望まなかったのだと思う。それもまた、国のかたちを変える「大きな変化」だからである。”


”事実、「国のかたちを根本から変えよう」というタイプの大言壮語をする候補者は今回の選挙では好まれなかった”


”しばらくは何もせず潮目が変わるかどうかを見る。そのような国民的レベルでの「不決断」が今回の投票行動に伏流している。

人々は今息をひそめ、「中腰」で身構えている。それはおそらくは想定外の出来事によって、われわれには制御できない何かの到来によって「いきなり日本政治の潮目が変わる」不安を肌で感じているからである。”


*****【引用ココまで】***************



以前ブログで私は、

目先の当落じゃなくて、投票に現れてないところ

数値化されていない、そこを知りたい」と書きました。


「これから先、原発再稼働とか集団的自衛権とか秘密保護法などをすすめようとする政権にフリーハンドを与えるのか、そうでないのか」

日本も問われている。だから投票しよう、と。


しかし、内田さんの分析に拠るならば、「投票しよう」と呼びかけるだけでは足りない、ということになります。

そもそも、多くの人が変化が起こることを望んでない」のだから。


いまは問われたくないし、決めたくない


しかし結局、「争点はアベノミクス一点」と言ってたのに、選挙大勝が当確になった瞬間、一転「すべて信任された」と言い出す首相は、

あまりにも姑息すぎるでしょう。

自民党に投票した人も、別に集団的自衛権とかを進めることに「いくらなんでも、そんなことまで頼んでない」と感じている人も多いと思われます。


また一方で、投票しなかった人も、「真面目に考えてる若い人ほど、投票できなかった」という話をききました。

誤った選択をするくらいなら、選択自体をしない方がいい、と。


真面目に考えているからこそ選べなかったのだとしたら、そういう意味では、状況は悪化しているとしても、全部が絶望することではない、とも思ってます。


内田さんが言うところの、「次に来る、いきなり潮目が変わるとき」に、何ができるのか。

こういう現実を踏まえたうえで、これから先、どんな言葉や行為が有効なのか

このブログでも考え続けていければと思います。


byしゅくらむ
by shuklm | 2014-12-29 15:04 | 選挙カンケイ | Comments(0)

ベツレヘムのXmas。世界中から、巡礼と観光客が集う。

観光がメイン産業である「聖地」ベツレヘム。毎年この時期には街中でパレードやコンサートなど盛大な祝祭行事が執り行われ、世界中からキリスト教徒と観光客が訪れるそうです。

イエス生誕の地に、ローマ皇帝が建立した「聖誕教会」。

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▼ベツレヘムのもう一つのシンボルマーク・「聖カテリーナ教会」。

滑らかな曲線のアーチと高い天井に、白い光が柔らかく差し込む聖堂。

静かで素敵なところだったのですが筆者の写真がイマイチですみません…

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教会内部には、イエスやマリアの像、ゆかりの品々が多数。

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祝祭のクライマックスは、世界中にライブ中継されるクリスマスミサ。

聖カテリーナ教会で開催されるこのミサには、PLOの故アラファト議長も(イスラム教徒ですが)、2001年まで毎年出席していたとのこと。(ファタハの現アッバス議長はどうしているのかな)


私が訪れた2002年は、ベツレヘムにとって大変な年でした。

3月、聖誕教会に退避した「パレスチナ人過激派」を「掃討」するため、イスラエル軍が聖誕教会を包囲し、街は激しい戦闘に晒されました。この事態は世界中のキリスト教徒にも衝撃を与え、ローマ法王が包囲を解除するよう緊急声明を発するほどでした。


4月の包囲解除後もイスラエル軍は駐留を続け、私がベツレヘムを訪れた6月、街に人影はまばらでした。

さすがにクリスマスの日だけは戦車を撤退させたそうですが、この年、観光客は激減し、経済は大ダメージを受けました。



それから、12年。

生活が立ちいかなくなった多くの人が街を去り、キリスト教徒人口も減少したといわれていますが、それでも、現在、従来の賑わいを回復してきているそうです。

今、まさに現地は、1年で一番沸き立つ雰囲気と、人々の笑顔と、華やかなイルミネーションに彩られていることでしょう。


今月1220日には、停戦後初のロケット弾の着弾とイスラエル軍の報復空爆があったとの報道がありましたが…、

双方に犠牲は出ていないとのことなので、このまま収まってほしい。


どうか、平和に年を越せますように。

来年も、世界中の人たちと一緒に、クリスマスを祝い合えますように。



※写真のキャプションで聖カテリーナ教会が誤って聖誕教会になっていた箇所などを修正しました(2014.12.26)


ちょうどこの記事をUPした朝、NHKニュースで世界各地のクリスマスイブの様子が紹介されるなかで、ベツレヘムも取り上げられていました。
「この日はイスラム教徒もクリスマスツリーの前に集まります」と、一緒にポーズを取る子どもたちの笑顔が映っていて、ちょっとほっとする光景でした。(2014.12.26追記)

byしゅくらむ

by shuklm | 2014-12-24 06:32 | パレスチナ自治区サイド(現地レポ等) | Comments(0)

ベツレヘムにて2・Xmasのマストアイテム。世界中から集められたコレクションに釘づけ!



キリスト教徒の人たちにとって、クリスマスツリーと並ぶ必須アイテムが、イエス生誕の場面を再現したミニチュア人形セット

その名もズバリ、「ベツレヘム」!

(生誕地の地名そのまんまやんけ! と、ツッコミたくなるような直球ネーミングですが)




イエスと聖母マリア、その夫ヨセフの3人が基本セット。

それから、祝福のために訪れた東方三博士や、馬屋にいた家畜とかまで含めるコンプリートセットも有るんですね。

日本でいうと、お雛様3人官女」みたいな感じでしょうか


ベレン」とか「ナシミエント」と呼ばれています。




ベツレヘム大学近くのこの民俗博物館のような施設には、世界中から集められたバリエーションが展示されていました。

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それぞれの地域の民俗衣装を着て、地の素材で作られていて、個人的には大変興味深く、一人で写真を撮りまくってました。




こちらは、ご当地パレスチナのもの。アラブ風の装束で、このまま人形劇に使えそう。



こちら、アフリカ・ナイジェリアのもの。木目がとても綺麗ですね。



こちらは、中南米コスタリカ。陶器?の質感が素敵。



これは、中華文化圏のですよね?! なんと実物大! しかも家畜まで超リアル~(笑)



パレスチナにはこんな一面もあったんです





(写真は、2002年6月、パレスチナ自治区・ヨルダン川西岸地区のベツレヘムを訪問した際に、筆者撮影)




byしゅくらむ
by shuklm | 2014-12-21 12:52 | パレスチナ自治区サイド(現地レポ等) | Comments(0)

プレゼントにおススメ。パレスチナの職人さんのハンドクラフト

X’masや新年のプレゼントにいかがですか?

樹齢200年以上のオリーブの木から、

ひとつひとつ手作りで仕上げられたウッドトレイ▼

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パレスチナ直輸入・オリーブの木のキッチン雑貨や陶器などを扱っているオンラインショップ、「OLIVE D'OR オリーブドールさんの商品です。

http://www.olivedor.jp/shop/


の商品も素敵で目移りしてしまうのですが、私的イチオシはコレ!

聖地ベツレヘムの隣町、ベト・サフールの工房から届いた品。


オリーブの木の模様は、大理石に例えられるように、

それぞれ模様が異なるそうです。

刻まれた樹齢がそのまま器の表情になっています。


写真のオーバルプレート(20㎝)は、

前菜とかを盛り付けるのにピッタリなサイズなんですが、

「もったいなくて、料理に使えないです〜オーナーさんにメールしたところ、

アクセサリーや時計置きにされてはどうでしょう」とアドバイスいただきまして、こんなカンジで使ってます▼

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作り手の思いが伝わるような、やさしいフォルム。

しっくりと手に馴染みます。


ちなみに写真のアクセサリーは、People Treeの製品。

 もう15年くらい愛用している、フェアトレードショップの先駆的存在です



オリーブドールさんの商品の材料であるオリーブの木についてですが、HPによると、

「パレスチナで無農薬で育った樹齢200年から250年ほどの木が主となっています。

また、それらのすべてが、高齢のために実をつけなくなったものや、建設のためやむを得ず伐採されたもののみです。

古いオリーブの木を伐採した後は、若いオリーブの苗を植えてまた育てます」

とのことで、エコに気遣う方にも嬉しいですね。


「同情」とか「義務感」ではなくて、作り手を信頼できる、プロダクトとして素晴らしいを紹介していきたい、というオーナーさんのポリシーも素晴らしいお店です。


全商品ラインナップはコチラから↓

http://www.olivedor.jp/shop/?cat=9


なお、ショップからのお知らせによりますと、

「年内の営業は12/26(金)までとなります。

ご注文の最終発送は12/26(金)正午までにご入金を確認出来たものまでとなります。

年明けは1/5(月)より順次対応致します」とのことです。

ご注文される方は、お早めにどうぞ!



byしゅくらむ

by shuklm | 2014-12-17 06:31 | パレスチナ産品&レシピ | Comments(0)

【時事】選挙で、「どっちが頼りになるか」競争は、危険。 /振り子のように揺れ動くイスラエル議会

選挙の話が出たので、もう少し掘り下げて考えてみます。


争点が明快だと、オセロゲームのコマみたいに、

パタパタパターッと局面がひっくり返る小選挙区比例代表制度。


極端から極端へ、振り子のように揺れ動く。

日本では、郵政解散とか民主党の政権交代の時がそうでしたね。


逆に今回の衆議院選挙のように争点が低調でも、「死に票」が大量に出て、そこに投じられた意見が見えなくなってしまう。

「勝てば官軍、何やってもいい」になりがち。

それが小選挙区比例制度の怖いところですよね。



ちなみに、イスラエル、比例代表制度を採用しています。


イスラエルの議会は、ある意味常に争点は明快なので(和平か否か)、

ここ40年ほど、まさに振り子のように右へ左へと揺れ動いてきました。



例えばオスロ合意の前後もそうだったようですが、

和平の機運が高まると和平派が躍進し、

しかしその後に和平が思ったように進まないと、

「やっぱりダメじゃん」と揺り戻しで、強硬派が議会を席巻する…

というパターンが繰り返されてきました。


そういう中で、和平派でノーベル平和賞を受賞したペレスが、

選挙では「自分の方がリクード(強硬派)より強いイスラエルを創れる」って、

強さ競争で張り合った挙句に負ける、なんてことが起こる。



でも、実際、こんなにも複雑多様化してる利害を、

議員がすべて代弁するのは無理だと思うのです。



イスラエルの和平派の中ですら、意見はさまざま。

「占領には反対だけど、安全保障上、兵役は必要。

 兵役拒否者は支持しない」っていう政党もある。


日本でも、「原発再稼働賛成だけど、TPP反対」の議員もいるし、

「原発には反対だけど、基地は必要」っていう人もいるのと同じ。



だから、「どっちがより強いか、より頼りになるのか」とか、

「こっちに任せてもらった方がうまくいく」という競争は危険だと思うのです。


結局、お任せだから。

そんな「万能の処方箋」なんて、あるわけないから。


二項対立図式で単純化しても解決しない。

もう、そういうのやめようよ。



そういう意味では、日本の選挙後の動きとともに、

イスラエルの選挙が気になっています。


その時に、どんな「民意」が示されるのか。

また強硬路線に行ってしまうのか。


3月に実施される総選挙の結果に、注目したいと思います。



※イスラエルの選挙制度を「小選挙区制」と誤って記載していましたので、修正させていただきました(2015.3.18)


関連記事:

2014年11月30日UP 【時事】イスラエルが「民主国家」を捨てようとしている?

http://syuklm.exblog.jp/23812969/

2014年12月14日UP【時事】イスラエル国会解散、前倒しで総選挙
http://syuklm.exblog.jp/23874389/


byしゅくらむ

by shuklm | 2014-12-16 23:11 | 選挙カンケイ | Comments(0)

【時事】追記 総選挙

イスラエルの総選挙に関連して日本の総選挙にも触れましたので、少々追記を。

選挙結果としては、与党絶対多数の一方で、自民党は議席減。
民主党は小選挙区は代表とか落選してるけど、民主自体の議席は微増。
「民主はキライだけど、批判票は入れとかないと」ということか。

でも多分、問題にすべきは目先の当落じゃなくて、投票に現れてないところ。

戦後最低の投票率をふくめ、
これが、民意。
それが、民主主義。

絶望でもカラ元気でもなく、
等身大のココからやってくしかない。

投票しなかった人は、
行けなかったのか、
行きたくなかったのか、
行くべきじゃないと思ったのか
選択肢がなかったのか。

数値化されていない、そこを知りたい

それが何を意味しているのか、
いまがどんな時代なのか、
よく胸に刻んでおきたいと思います。
by shuklm | 2014-12-15 08:05 | 時事・ニュース | Comments(0)

【時事】イスラエル国会解散、前倒しで総選挙



イスラエルでも、総選挙が行われることになりました。

予定よりも2年も大幅に前倒しして、です。




【時事】イスラエルが「民主国家」を捨てようとしている? ↓

http://syuklm.exblog.jp/23812969/

でも取り上げた法案の審議を巡って、「アラブ人を排斥するような法案は支持できない」と反対した2閣僚をネタニヤフ首相が解任。

これに抗議して、4閣僚が辞任。

国会解散・総選挙実施が決定したとのこと。



ニュースソースは、今回も

JSR発行のメルマガ「パレスチナ最新情報」にお世話になってます。


少なくともイスラエルでは、

他者を排除することを良しとせず反対したり辞任する閣僚がいるということです。

そのことには、少し救われる思いもします。


しかしそれが、選挙でどのように結果するのか。


3月に実施されるイスラエル総選挙は、

「選挙後に右派中心の連立政権が発足すればパレスチナに対する強硬姿勢が強まり、

暗礁に乗り上げている和平交渉がさらに停滞する恐れもある」

とあるように、イスラエルの将来を問う選挙となるでしょう。



日本でも、問われてます。



これから先、

他者を排除したり、原発再稼働とか集団的自衛権とか秘密保護法などをすすめようとする政権に

フリーハンドを与えるのか、そうでないのか。


民主主義は、最良の手段じゃないかもしれないけど、

とにかく民意は表現しないと伝わらないし、

民主主義の担い手が行使しないと始まらない。



明日は、私も選挙に行きます。



***ニュースソース原文引用ここから

(関連個所のみ抜粋させていただきました)**********

141210

━┛━┛━┛━┛━┛━┛━┛━┛━┛JSRメルマガ

┏━━━━━━━┓

■□ ニュース速報 □■

┗━━━━━━━┛

この間、最大のニュースは、「イスラエル=ユダヤ国家」と定義する法案のクネセト上程、ネタニヤーフ首相による、法案反対の2閣僚罷免、4閣僚の抗議辞任

でしょう。これを受け、クネセトは任期前解散を決め、総選挙は3月17日に行われることになりました。


【11月25日(火)】

リヴリン大統領、「ユダヤ国家」定義法案に反対

イスラエルを「ユダヤ人民のネーション・ステート」と定義する法案について、レウヴェン・リヴリン大統領は、アラブとの平等を定めた建国の父の考えに反す

るものだ、と批判した。「イスラエル独立宣言の起草者たちは、賢明にも、イスラエルのアラブ社会が、ディアスポラ時代のユダヤ人が味わったことを繰り返さ

ないことが大事だと強調した」と、リヴリン大統領は演説。

この独立宣言(1948年)は、すべて(の国民の)社会的・宗教的・文化的権利の「完全な平等」を約束している。「ユダヤ国家」定義法案は、23日の閣議で、賛

成多数で承認されたもの。

6月に就任したリヴリン大統領は、右派政治家だが、ネタニヤーフ首相とは対立関係にある。同大統領は、パレスチナ独立国家の樹立には反対し、パレスチナと

イスラエルの国家連合案を支持している。

この法案の原案は、リクードのエルキン議員の提案によるもので、ヘブライ語をイスラエル唯一の公用語とし、アラビア語を第2言語に格下げする内容も含んで

いた。閣議決定案では、この言語に関わる部分は修正されているが、どのバージョンがクネセトで審議されるかは現段階では不明。

同法案の反対者は、ますますイスラエルアラブ人の排斥を促し、差別的な法案のクネセト通過が容易になると危惧している。(11/26 ReutersHaaretz)


【11月29日(土)】

「ユダヤ国家」定義法案に反対デモ

イスラエル=ユダヤ国家と定義する法案に抗議して、同日夜、エルサレムで「ピース・ナウ」呼びかけのデモが行われた。警察によると、参加者は約800人。

ピース・ナウは、同法案が「排外的ナショナリズムと人種主義に基づくもので、わが国を破滅に導くもの」だと批判。

メレツのタマル・ザンドベルグ議員は「この抑圧的で過激な人種主義者・扇動家の政権から、われわれを解放しよう」と演説した。

同じ頃、エルサレムの"Hand-in-Hand"校に何者かが放火、消防隊が消し止めたところ、「アラブに死を」「癌(アラブ)との共存は不可能」などの落書きが見つ

かった。同校は、アラブとユダヤの混合授業を行っている数少ない学校で、イスラエル極右の攻撃目標のひとつ。

シャイ・ピロン教育相は、「民主主義を公然と傷つける暴力的で卑劣な行為」だと非難した。(11/30Al-Arabiya)


【12月2日(火)】

■◆ネタニヤーフ首相、中道派の2閣僚を解任◆■

ネタニヤーフ首相は、連立政権の主要閣僚であるラピド財務相(イェシュ・アティド党首)とリブニ法相(カディマ)を解任し、クネセト(イスラエル国会)の

解散・総選挙を行う方針を示した。解任を受け、イエシュ・アティド所属の閣僚4人が辞任を表明した。

ネタニヤーフ首相は同夜の会見で、中道2党の党首を務めるラピドとリブニが、パレスチナ和平問題やイスラエルをユダヤ人国家と定める法案を巡り、政権に対

する攻撃を繰り返してきたと非難。「より強く、より安定した政府を選出する必要がある」と述べた。(12/3 朝日)


【12月8日(月)】

■◆クネセト解散、3月17日に総選挙◆■

クネセト(定員120人、任期4年)は同日夜、解散して総選挙を来年3月17日に行うための法案を可決、前倒し選挙の実施が確定した。選挙後に右派中心の連

立政権が発足すればパレスチナに対する強硬姿勢が強まり、暗礁に乗り上げている和平交渉がさらに停滞する恐れもある。(12/8 共同)


(出典:Al-ArabiyaHaaretzIMEMCIndependentMaan NewsPalestineChronicleReuters、共同、毎日)


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byしゅくらむ

by shuklm | 2014-12-14 00:02 | 時事・ニュース | Comments(0)