オトナの社会科・中東からの声を手掛かりに。

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【時事】イスラエルが「民主国家」を捨てようとしている?

イスラエルの政治や国家を大きく変えるようなことが進行しています。


ニュースソースは、「アル・ジスル-日本とパレスチナを結ぶ(略称JSR)」発行のメルマガです。

そちらによると、


『クネセト(イスラエル国会)に大変な法案が提出されることになりました。

これが法律になると、イスラエルの「基本法」(憲法に近いもの)が改正(!)され、イスラエル国家の定義「ユダヤ民主国家」(Jewish and democratic countryから、「民主」の文字が消されます。代わって、「ユダヤ人民のネーション・ステート」(the Nation-State of the Jewish People)となるのです。』(原文は末尾に)

つまり、イスラエルは「民主国家」をやめる、と。


曲がりなりにも、「民主的な選挙で政権選んで、民主的な運営してます」っていう建前を維持してきたわけですが、それさえもかなぐり捨てるということを、公然と言ってる。


これには驚きました。これから先、もっと酷いことが起こるんじゃないかと、とても心配になっています。


それにしても、なんで、こんな法案が出てきてしまうのか。自分なりに、考えてみました。



イスラエルの現政権は、リクードと極右政党との連立政権。

前回選挙では、第一会派リクードだけでは過半数を維持できず、躍進した極右と組みました。


「強硬派」リクードよりも、さらに強硬路線を主張する極右に対して、ネタニヤフ首相(リクード党首)は、政権維持のために、常にもっと強硬なことを言わなくちゃいけない構造にあります。「誰が一番強くて頼りがいがあるのか」という競争になっている。



このままいくと、どうなるか。



歴代のイスラエル首相は、皆軍人出身で、ネタニヤフも元イスラエル軍将校。

「中東戦争をリアルタイムで経験した世代」です。


しかし、その後の世代の政治家や、宗教政党は、戦争を経験していません。

(宗教者は、宗教的理由から兵役を免除されているので、自分たちが血を流すことはありません)


ネタニヤフ自身は全く穏健派ではありませんが、もし、次の総選挙で「強硬派」リクード(ネタニヤフ)が負けて、

その後の世代や、もっと強硬な極右がさらに議席を増やすと、「戦争を知らない人々」による、イスラエルで初めての政権が成立することになる。

つまり、「今よりももっと本当に加減を知らない人々」が政権を担当することになる。

ものすごく危険なことだと思います。



次のイスラエル総選挙は、20171月。


それまでに、和平の道筋をつけないと。


ハマスとファタハがパレスチナの統一政権樹立に合意したことで、いまは本当は和平をすすめるチャンスのはずなのです。

今回の法案は、それを後退させてしまう。


時間はあまりない、と思うのです。



関連記事:

814日「ホロコーストを経験したのに、なぜ?」その2 ↓

http://syuklm.exblog.jp/23154936/


***ニュースソース原文引用ここから**********


141124

━┛━┛━┛━┛━┛━┛━┛━┛━┛JSRメルマガ

┏━━━━━━━┓

■□ ニュース速報 □■

┗━━━━━━━┛

クネセト(イスラエル国会)に大変な法案が提出されることになりました。これが法律になると、イスラエルの「基本法」(憲法に近いもの)が改正(!)され、イスラエル国家の定義「ユダヤ民主国家」(Jewish and democratic countryから、「民主」の文字が消されます。代わって、「ユダヤ人民のネーション・ステート」(the Nation-State of the Jewish People)となるのです。

ネタニヤーフ政権は、長期にわたり、パレスチナ側との交渉でも、イスラエルを「ユダヤ国家」と認めるよう、再三、迫っていて、パレスチナ側が当然ながら拒否してきました。

この時期に基本法まで変え、国際孤立を深めてまで独自路線を貫こうとするイスラエル右派政権の意図とはなんでしょうか。パレスチナ側との交渉再会はあり得ないというメッセージも、含まれているかも知れません。


**************引用ここまで***


P.S.

「ほぼ、隔日刊 パレスチナ・イスラエル」とうたっておきながら、かなり間が空いてしまいました…申し訳ありません!

それでも見に来て下さる方、ご心配いただいた方に、感謝です。

胃痛でしばらくお休みさせていただいていましたが、無理のない範囲で続けて参ります


byしゅくらむ

by shuklm | 2014-11-30 20:19 | 時事・ニュース | Comments(0)

「この世に正義なんてないよ」。パレスチナ人の本音に、言葉を失う。




200269日。


テルアビブからエルサレムへ

向かうタクシーにて。





話を聞きたいと思っていた

イスラエルの兵役拒否者と

接触できずに焦っていた私は、

パレスチナ人コーディネーターに、

兵役拒否者に会いに行きたいことを

相談しました。




彼の反応は、思いがけないものでした。




「兵役拒否者? Fuck Youだね。


 彼らは、パレスチナのことを考えて

拒否しているんじゃない。


自分が占領地に行くのがイヤだから、

イスラエルが国際的に孤立したくない

から、拒否してるだけでしょ」。





初めて吐露した、

パレスチナ人としての本音。





普段は穏やかで、イスラエル人の友人も多い、

その彼をしてそう言わしめるほどに、

パレスチナの人々の絶望と怒りは深い

ということを、迂闊にも私はその時、

初めて思い知らされたのです。





当時、イスラエルの兵役拒否者たちが

海外メディアで大きく取り上げられて

いたことに比して、

パレスチナ人が日々無差別に

殺されていく不条理は報道されない。

この「あまりにもアンバランス」な

状況に、強い不満を持っている、と。






私は必死に説明しました。



「対テロ戦争」を掲げてアフガンに

「報復」侵攻したアメリカ。


それを支援するために自衛隊を出した

日本の私たちは、「対テロ戦争」を進めると

称して、加害者の側に立ってしまった。


同じ立場のイスラエルの、

心ある人たちと協力し合って

状況を変えたいんだ、と。






「大丈夫だよ、わかってる。

 そんなこと、全部わかっているよ」。





私をなだめるようにそう言いながら、

彼は兵役拒否者と会えるよう

調整してみると約束してくれました。




タクシーの窓から、ヘブライ語で書かれた大きな横断幕が、

幹線道路沿いに幾つも並んで掲げられているのが見えました。




「なんて書いてあるの?」と聞くと、


「『ここはユダヤ人のものだ!』って」と

教えてくれました。




「ここには、昔、『ディール・ヤシーン』

というパレスチナ人の村があったんだ」。



それは、私が現地を訪問する前に読んだ本に

出てきた地名でした。



イスラエル「建国」時、

ユダヤ人軍事組織の

「イルグン・ツヴァイ・レウミ」

によって、パレスチナ住民が

無差別に殺害される事件が起こった場所。


「ディール・ヤシーン? 

イルグン・ツヴァイ!」




私が反射的に叫ぶと、

彼は驚いた様子で、

「知ってるの?」と目を向けました。




その軍事組織イルグンを率いた軍人は、

後にイスラエルの首相となり、

そして、かつてのディール・ヤシーン村の付近には、

現在はホロコースト犠牲者の

記念碑が建っている…と、

本にはありました。

(高橋和夫さん著『アラブとイスラエル』より)





さらに、パレスチナ人の帰還を

拒否することを意味する、

さっきの巨大な横断幕。





「ここだったんだね。

今、こんなことになってるんだ…」。


私の声にわずかに頷いた彼は、

窓の外を見やったまま、

長い沈黙の後、呟くように

こう漏らしました。






「この世に、正義なんてないよ」。






彼がそう言ったことの重さに、

胸を衝かれました。




そんなことはない、とは

私には言えなかった。




パレスチナ人として、私には

想像もつかない日常を

生き抜いてきたであろう彼に対して、

所詮私は、安全地帯からやって来て、

安全地帯へまた帰っていく

訪問者に過ぎない。




私は無力だった。





「本当にそうだ。私も悔しい。

 ごめん。本当に、ごめん」と、

彼の服の端をつかんだまま、

顔をまともに見ることもできませんでした。


「でもね、パレスチナの人たちに

もらったことは、絶対、

絶対無駄にしないから」。



そう絞り出すのが精一杯でした。






タクシーは、いつの間にか

エルサレムに到着していました。





そうして、彼のおかげで、

滞在最後の夜に、私は

兵役拒否者と会うことができたのです。




byしゅくらむ



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by shuklm | 2014-11-24 13:01 | パレスチナ自治区サイド(現地レポ等)

パレスチナ人にとって絶対に忘れられない数字、「48」。




このままでは、帰れない。




ツアーに再合流することになった私を、

ツアーコーディネーターのパレスチナ人が、

テルアビブの宿までタクシーで迎えに来てくれることになりました。





「携帯で電話するから、僕がそっちに着いたら、

絶対、すぐ外に出られるように準備しておいてね」と、

何度も念押しされたのですが、

はじめは意味が分かりませんでした。




理由は、彼が現れた時に判りました。


入口のドアを彼が開けた瞬間、

さっとその場の空気が変わったのです。




陽気な宿のフロントマンの顔が強張り、

ロビーで談笑していた宿泊客の表情が固まりました。


誰も声を発しませんでしたが、その眼は一様に、

「パレスチナ人が来た!」「ここへ何しに来たんだ?!」

、問うていました。



チェックアウトでモタついていた私は、慌てて

彼のことは私、知ってる! 彼、私の友だちだから!」

大声で説明しながら、荷物をロッカーから引っ張り出して

宿を走り出ました。




ドアの外で、歪んだ表情のまま、

彼は待っていました。






ここは、イスラエルの「首都」テルアビブ。


ユダヤ人が人工的に造った巨大都市。


そして、私が宿泊していた宿の名前は、「ハ・ヤルコン48」

宿を選んだ時には待った意識していなかったのですが、

「48」というのは、イスラエル「建国」の1948年。


イスラエルにとっては記念すべき、縁起のいい数字。




一方で、パレスチナにとっては、「破局」の年

何万人もの人が故郷を追われて、難民となった年。


よりによって、パレスチナ人にとって、

忘れたくても絶対に忘れようのないことを

想起させる記号だったのです



パレスチナ人とイスラエル人の間に横たわる溝。

その深さと昏さを垣間見た出来事でした。




byしゅくらむ


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by shuklm | 2014-11-22 11:06 | イスラエルサイド(現地レポ等) | Comments(0)

テルアビブにて・4。「テロの脅威」に、勝手にビビる。






行く先々で、大人数がいる場所では

厳しいセキュリティーチェックを課され、

ショッピングモールで兵士の大群に遭遇し、

パン屋ではおばあさんに怯えられた後。





テルアビブの中心街を、

たった一人で歩いていた時のこと。




イスラエル人が日々抱えている恐怖心が、

知らぬ間に伝染したのか。




雑踏の中で、ふいに何の前触れもなく、

漠然とした戦慄に襲われました。




「たった今、ここで、『自爆テロ』に

巻き込まれたらどうしよう」、と。








当時(2002年6月)、

大勢の人が集まるところは

テロの危険があるから行かない方がいい」と

言われていました。




自分の目の前で何一つ具体的なことが

起こったわけでもないのに、

突然、リアルに想像してしまったのです。



ここで起こったら、逃げるすべがない、と。






ひとりで滞在を延長したので、

日本にいる身内にも、

行く先を詳しく伝えていませんでした。




いま自分がこの場にいることは、

誰も知らない。


ここで死んでも、

誰にも知られないかもしれない。




「世界中の誰にも知られずに死ぬのはイヤだ!」
という思いに背筋を突き上げられました。






つい昨日までパレスチナ自治区に滞在していて、


イスラエル軍の占領下の

理不尽な現実をさんざん目にして、

それを止めたいと願って、

イスラエルサイドでは

占領に反対する集会にも参加してきたのに。



ジェニン難民キャンプで、

イスラエル軍の砲撃の音に囲まれても、

恐怖は感じなかったのに。






ツアーの団体行動から離れて、

身一つで、生身の自分を守るのは

己しかない状況になった瞬間、

そう思ってしまった自分自身に

心底ゾッとしました。






「ああ、人間って、状況が変わると、

あっという間に左右されるんだ。



『テロの脅威』にとらわれたイスラエル人

になるのは、こんなに簡単なんだ」。






身をもって思い知らされた瞬間でした。








byしゅくらむ


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by shuklm | 2014-11-19 07:30 | イスラエルサイド(現地レポ等) | Comments(0)

テルアビブにて・3。パン屋で、おばあさんに怯えられる。





20026月の晴れた午後、

イスラエルの首都テルアビブにて。




おなかが減ってきたので、

とりあえず大通りから

一本それた通りにあった

パン屋さんに入りました。




テルアビブの中心街。

(宿泊していたユースホステル「ハ・ヤルコン48」の

パンフレットの案内図より)

MAP by Hayarcon48

b0343370_07470438.jpg




この地図上だと、⑫から③へ向かう途中、たぶん、

カプラン通りかディゼンコフ通りからちょっと入ったあたり。





白い外装の、こじんまりとしたお店。


品揃えは、日本の普通のパン屋さんと

変わらない感じでした。




トングとトレイを持ちながら、

「せっかくイスラエルまで来たんだから、

ベーグルでも食べたいなあ」と物色中、


ふと気づくと、レジの奥で、

店番のおばあさんが硬直している…。





私が、自治区で買ったショールを

日除けに首に巻いていたせいか、

パレスチナ人だと思ったのでしょうか。




よくよく見渡してみると、

周囲にアラブ風の習俗の通行人は皆無。


多分、この人は、普段の生活圏で

目にすることのなかった人間に遭遇したのでしょう。




トレイに商品をのせ、お勘定をしても、

お釣りを渡す手を動かすだけで、

その眼は、ずっとこちらを凝視したまま。



恐怖に凍り付く、というのは

こういう状態を言うのでしょうか。





「怖がらないで、大丈夫。

 私、日本人。パレスチナ人じゃありませんよ」。


そう言おうとしている自分に気づいて、ハッとしました。




「パレスチナ人はテロリスト」

というステレオタイプを、

自分が補強しようとしている…。




何も言えず、逃げるように店を出ました。





byしゅくらむ


by shuklm | 2014-11-17 07:50 | イスラエルサイド(現地レポ等) | Comments(0)

テルアビブにて2・街で、きいてみた。





「ねえねえ、これを見て! どう思う?」




パレスチナ自治区で撮って来た

デジカメ写真を見せながら、

イスラエルの首都テルアビブで、

宿泊した宿の若いフロントマンのお兄ちゃんや、

乗せてもらったタクシーの

ドライバーのおじさんたちに

片っ端から話しかけてみました。






現地に行くまで私は、

パレスチナを激しく攻撃し続ける政府が

イスラエル国内で支持されているらしいのは、

イスラエルの一般の人達が

パレスチナ自治区の現実を知らないせいだと考えていました。




例えば、救急車が狙撃され、

戦車に轢かれる現実。

あるいは、自分の家の庭の果樹を

摘んだだけで撃たれる、占領の実態





「私はここに行って、実際に見てきたんだよ!」と彼らに見せた写真の一部

b0343370_13180731.jpg


私が出会ったイスラエルの人たちは、

英語もろくに喋れず、勝手もわからない

旅慣れぬ私に、皆とても親切にしてくれました。




しかし、その人たちの多くが、

パレスチナ自治区の現実に対しては、

理解できない・あるいは理解しようとしませんでした。







「まさか! アンビリーバボー」


「俺は信じないよ」


「いくらなんでもそんなひどいことを、

イスラエルがしているはずがない」と。







そして、「No Way(仕方ない)」

という答えもありました。



イスラエル軍がそうしているのは、

なにかそれだけの理由があるんだ、

パレスチナ側に理由があるんだ、

だから仕方がない、と。






もちろん、多分に私の英語のレベルの低さの

せいもあると思います。


ただ、言語コミュニケーションの問題だけではなく、

越えがたい壁があることも感じました。








12年前の出来事ですが、

今から考えると、

「そりゃそうだよなあ」とも思います。





誰だって、「加害者である自分の姿」は、

なるべく見たくない。




ましてや、名前も知らない外国人旅行者から、

信頼関係もないのにいきなり

「あなたたちは、こんなヒドイことを

しているんだよ!」と言われたって、

そりゃ受け止められなくて当然ですよね。





「これが現実だ! コレを見ろ!」と

言うだけでは、届かない。






どうすれば、イスラエルの普通の人達に

届く伝え方ができるのか。







今でも、考えます。




このブログで、それを少しずつでも

書いていければと思います。






byしゅくらむ


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by shuklm | 2014-11-14 07:26 | イスラエルサイド(現地レポ等) | Comments(0)

テルアビブにて・1。自治区との強烈なコントラストに、めまい。





地上何十階と林立する高層ビル群

整然と整備された、「白い街並み」。


カラフルな水着とパラソルに彩られ

どこまでも続く海岸線…。




アメリカ西海岸のリゾート地を思わせる

イスラエルの首都テルアビブの風景は、

つい一昨日まで滞在していた

パレスチナ自治区の破壊された家々や瓦礫との

あまりのコントラストに、

思わず眩暈を覚えるほどでした。



いったい自分は、何処に来ちゃったんだろう?、と。



テルアビブのランドマークのひとつ、アズリエリ・センタービル



2002年6月9日、エルサレム

イスラエル最大の平和団体と交流した後、

ツアーは翌日ガザ地区へ移動していました。



私は、イスラエルの兵役拒否者と会いたくて、

ツアーからはなれ、一人テルアビブに

滞在していました。







自治区とのコントラストで、

強烈なインパクトだったのは、

ショッピングモールをうずめる兵士の群れと、

この巨大なイスラエル国旗

b0343370_12073151.jpg



手続きのため、テルアビブ北東部にそびえたつ

アズリエリ・センターへ向かったのですが、

エントランスを入った瞬間、

この国旗が「どうよ?!」とばかりに

ディスプレイされているのが

立ちはだかるように目に飛び込んできました。




アトリウムの吹き抜け4階分くらい

ぶち抜きだったので、

差し渡し15メートルほどもあったでしょうか。






「なんだコレ?!?」






たかが国旗1枚、といえば

そうかもしれません。


しかし、自治区で数日過ごしてきた

自分にとっては、おそろしく暴力的な図に映りました。



ほとんど、挑発としか思えない。







さらに、エスカレーターで

上のフロアへあがると、

カーキ色の軍服の大群に遭遇



この様子は、以下でも取り上げました↓

2014816日「イスラエル・街の日常〜ショッピングセンターを埋め尽くす軍服の群れ」

http://syuklm.exblog.jp/23173200/




日本でも見かけるような

フツーの複合商業施設を、

銃を背負った若い兵士が巡回し、

ごくフツーの買い物客も、

私のような旅行者も、

厳しいセキュリティチェックを通過しなければ、

建物内に入ることすら出来ませんでした。




こんなにもイスラエルの人たちは

日常的に武装しているのか、と思いました。



こうしないと安心できないくらい、

日々恐怖しているのか、と。





その恐怖のもとを作っているのは、

自分たちの方じゃないのか?



自分たちで招いているんじゃないのか?





彼らにきいてみたい思いでした。







※建物名称を「アズリアル・センター」と記載していましたが、
「アズリエリ・センター」という呼び方が多いようです。
修正して、写真位置など調整させていただきました(2014.11.15)

byしゅくらむ


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by shuklm | 2014-11-12 06:41 | イスラエルサイド(現地レポ等) | Comments(0)

エルサレムにて2・異彩を放っていた、イスラエル国旗を掲げた少女。




200268日、夕方。エルサレム、首相官邸前。

占領に反対する集会にて。





プラカードやメッセージボードを持った参加者が多い中、

たったひとり、イスラエル国旗を掲げた女の子の姿がありました。




まだ幼さの残るあどけない顔に、

ソバカスが可愛らしい10代の少女


金髪をピンクに染めた、色の白い小柄な彼女

身の丈ほどもある大きなイスラエル国旗を

両手で捧げ持って立つ姿は、

その場では、かなり異彩を放っていました。





彼女がどんな思いで参加してきたのか知りたくて、

おぼつかない英語で話しかけてみました。




「なぜイスラエル国旗を?」ときくと、


「私はイスラエルが好きだから。

だから間違ったことはしてほしくない。

 私は正しいことをしたい。

占領は正しくない」と。




16歳だという彼女は、何度も

Do the right thing」(正しいことをせよ)

という語を発していました。






パレスチナ人から見れば、

イスラエル国旗を目にしただけで、

「ふざけんな」

「パレスチナ人の屍の上に乗って、何を言ってる?!」

と憤りを感じるかもしれない。



パレスチナ自治区の現実を見てきたので、

それもわかっていました。




「なぜここにいるんだ?」という

非難の視線もありました。


私も、複雑な気持ちでしたが、

でも、追い返すべきではないと感じました。




「自分の国を愛するからこそ、

愛国心から、占領(戦争)に反対する」

というのも、アリだと思ったのです。





歓迎されないことが予想される中で、

彼女がたった一人で参加して来たのは、

結構凄いことだと思いました。





「あなたの勇気は、素晴らしいと思う」と伝えると、

彼女は突然、頬を紅潮させて、

「本当に? 嬉しい! 今日染めてきたの!」

と飛び跳ねました。




そのあまりの喜びっぷりに、

「アレ? 何か、うまく通じてない??」と慌てて考えてみると、

どうやら、私が「Courage(勇気)」と言ったつもりが、

彼女には「Color(カラー)」と聞こえてしまって、

ピンクに染めた髪を褒められたと思ったらしい

(どんだけ発音ヒドいんだってハナシですが)。




でも、「自分で染めたの。うまくいった!」と

はしゃぐ彼女を見て、

「きっと相当、気合入れまくって来たんだろうな」と勝手に想像して、

訂正するのもなんだかためらわれて、

そのまま、握手して別れました。




何を言えば適切なのかわからないまま、

とりあえず「Good luck」とだけ伝えて。







いま、彼女はどこでどうしているのか。

この夏のガザ攻撃を、

どんな思いで見つめていたのか。




Do the right thing」という彼女の信念が、

どうか違うベクトルに向かっていませんように…。






byしゅくらむ


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by shuklm | 2014-11-09 10:02 | イスラエルサイド(現地レポ等) | Comments(0)

エルサレムにて・首相官邸前の集会




▼「占領を終わらせよう」。

アラビア語・ヘブライ語・英語で、

同じ願いが掲げられていた

On June 8th,2002,West Jerusalem  
Meeting in front of Sharon Office.
「STOP THE OCCUPATION!」




いよいよイスラエルサイドに入ります。




200268日夕方、エルサレム新市街。


首相官邸前開催された集会に、

ツアーメンバーと一緒に参加しました。




主催は、Coalition of women for peace(平和のための女性連合)。


統一スローガンは、STOP THE OCCUPATION!(占領をやめろ)。




テルアビブの「ラビン広場」で毎週金曜夕方に開催されている

平和集会と連動しての催しとのことでした。



中心となっているのは、入植に反対する女性平和団体

「ウィメン・イン・ブラック(喪服の女たち)」。



イスラエル軍事占領下での犠牲者を悼む意味で、

黒い物を身に着けて参加していました。



アラブ風の服装の女性たちも、

ひとつの横断幕を一緒に掲げていました。






この参加者の背中では、イスラエルとパレスチナの旗が共存していた

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共生を願う、イスラエルの人もいる。


イスラエルの中で、少数派ながらも

声を上げ続けている彼らに、伝えたい。



世界には、あなたたちを支持している人間がいるよ、と。





※いったんUPした後、ムダに長いと思われる文章をカットし、

次回記事と重複する箇所を整理しました(2014.11.7



byしゅくらむ


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by shuklm | 2014-11-07 07:12 | イスラエルサイド(現地レポ等) | Comments(0)

【時事】続・エルサレムでの聖域封鎖/占領しているのは誰なのか?

前回の記事について、捕捉させて下さい。

11月2日記事 【時事】エルサレムでの「聖域封鎖」は共存を脅かす ↓

http://syuklm.exblog.jp/23673518/




「宗教対立ではないと言いながら、やっぱり結局宗教のハナシになってるのでは?」と自分で違和感があったところへ、友人からの質問。


「もともとユダヤの神殿があったところだったら、ユダヤ人が立ち入りたい、取り戻したいと思っても仕方ない気がする。

 極右ユダヤ人はおかしいかもしれないけど、それをパレスチナ人が銃撃するのはやりすぎじゃない?

 結局は、宗教の問題じゃないの?」



うーん、なるほど。確かに、私の文章ではそのようにも読めます。説明不足ですみません




どんなに行為が赦せないからと言って、極右ユダヤ人が銃撃されて良いなどとは全く思いません。

その銃撃犯とされたパレスチナ人が銃殺されたことも、同じ理由で全く正当化できないことだと思います。




今回「封鎖」されたハラム・アッシャリフ内は、もともと因縁の場所でもあるのですが、それはきちんと独立した記事として書きたいと考えています。




ただ、「パレスチナ問題は、膨大な背景を理解しないとわからない、触れられない」というのを何とかしたいと思ってこのブログは書いておりますので、ここではあえて、単純化して言わせていただきます。




あえて、狭義の聖地の問題」=「宗教問題」ではない、と言いたい。

なぜなら、共存を脅かしているのは、宗教ではないから。





もともと何百年も様々な宗教や民族や人種が往来してきたこの地域。

1948年、イスラエルの「建国」と同時に、当時100万人以上住んでいたパレスチナ人のうち、75万人とも言われる人たちが故郷を追われて難民となりました。

難民の帰還のめどは、いまだにたっていません。



その人達は、かつて自分が住んでいた我が家に、あるいは子や孫に語って聞かせてきた故郷に、いまだ立ち入ることが出来ないままです。


(ちなみに、ハラム・アッシャリフにユダヤ王国の神殿があったのは、紀元前。

そんな昔の話、と切り捨てるつもりはありませんが、今生きている人間がないがしろにされている事実を無視して語れない、と思うのです。)





ユダヤ人は千年来の「故郷」を取り戻した。

パレスチナ人は故郷を取り戻すことが出来ない。


なぜなら、軍事占領が続いているから。




パレスチナ人から見れば、人を追い出して国を創って占領しておいて、その上さらに大切にしているもの(信仰の対象)にまで手を掛けるのか?!」という感情を抱いたとしても無理はないと思います。



今回の「聖地封鎖」については、さすがに 「穏健派」のアッバス議長ですら、「宣戦布告に等しい行為だ」と強い口調で反対を表明しました。







最後に。

私が現地訪問した際、ツアーをコーディネイトしてくれたパレスチナ人が指摘した言葉を記しておきたいと思います。



間違えないで欲しい。

 占領をしているのはイスラエルであって、

 パレスチナではありません」。



12年前に聞いた言葉ですが、今でも本質を突いていると思います。

このこと抜きに「宗教だけの話」にしてしまうと、見えなくなってしまうことがあると思うのです。




byしゅくらむ


by shuklm | 2014-11-05 06:44 | エルサレム・和平・国際監視 | Comments(0)