オトナの社会科・中東からの声を手掛かりに。

syuklm.exblog.jp

カテゴリ:元兵士が語る戦場リアル( 7 )

元アメリカ兵が語る戦場リアルpart4・平和のために伝えたいこと【採録】






b0343370_20544415.jpg



【イラクの凄惨な戦場を経験した元アメリカ兵

マイク・ヘインズさんが語る、戦争と平和のリアル。

トークの採録ラストです】






■解決策は、平和の文化の創造とアクション■





今から平和に関することを話します。



皆さんにしていただきたいこと。

それは、合衆国軍隊が世界に展開することに、

抵抗していただきたいということです。





アメリカを止めるために有効な手段は、

市民が集まって抵抗することです。





イラク戦争で私が学んだ最大のことは、

すべてのことに疑問を持たなくてはならない、

ということでした。




アメリカ合衆国は私たちを操作して戦争をさせていた。

いま日本でも同じことをしようとしている。






本当は軍隊に残ろうと思っていましたが、

イラク戦争で現実に直面して、

それが私のすべてを変えました。





戦争には、常に差別主義が入っています。

自分が殺す相手が同じ人間と思ったら殺せない。


テロリスト、ニガー…

自分より低いものと見なすのです。




戦争とは、自分が物を破壊することだけではありません。

人間を破壊することなのです。







イラクで、軍の仕事を請け負う人々と

会ったこともありました。



ハリバートンやグラマン、

彼らはお金を動機にして活動している。

武器で儲ける一部の企業のことしか考えていない。




そのことを思い知らされ、

それで平和活動に関わることにしたのです。







b0343370_20542720.jpg


これは去年、「ベテランズ・フォー・ピース」のメンバーと

沖縄で座り込みに参加した時の写真です。


辺野古の基地建設現場に

建設資材を運び込むのを止めようとしています。




私は20年ぶりに沖縄に行きました。



辺野古の美しい海、高江の素晴らしい森を破壊して

米軍の新基地が造られようとするのに対して、

人々が抵抗していました。


国家権力に押し潰されるのではなく、

自分達の未来を自分で決めたいだけなのです。



米軍は、日本から撤退すべきです。

日本の防衛は日本に任せるべきだと私は考えます。








■「平和を築くことが出来るのは平和だけ」■





外部から憲法9条を見た時、非常に驚きました。

世界中の人にとって導きの光である、と。


71年間も平和を保ってきたのは、他の国にはないこと。

特別な例を持っているのです。


9条を守ることを促したいと思います。





将来、若者に魅力的なことを与えてくれるのが

軍隊でないことを願っています。


アメリカでは軍国主義が特に高い価値を

与えられていますが、それを転換したい。



日本では、平和がもっと高い価値を与えられている。

写真を撮るときに皆がピースサインをするのが

それを現しています。


(それは誤解だと思いますが…と、

通訳の山口さんが補足されていましたが)




それを大事にして欲しい。






私の尊敬する活動家でメンターの、

マーチン・ルーサー・キングの言葉を

紹介したいと思います。




「暗闇は暗闇を克服することはできない。

光だけが暗闇を克服することができる。


戦争が平和を導くことはできない。

平和だけが平和を導くことができる」。







■自衛隊の南スーダン派遣について■






日本政府は、「自衛隊の武器使用基準は

正当防衛だから抑制的」と説明していますが、

私はそうは思いません。




実際に戦闘に入ると、誰が敵かわからなくなる。

殺そうとするターゲットと市民の区別はつきません。





私はイラク戦争で、バグダッドや

ファルージャにも行きました。





こんなこともありました。





私達は街のあちこちにチェックポイントを設けて

イラクの人を検問していました。



ある日、検問所に突入してくる車が

制止するよう命じても止まらなかったので、

友人が銃撃し、蜂の巣にしました。



後からわかったのは、その車を運転していたのは、

小さな子供を持つ親でした。


検問所の向こうに住んでいる友達が病気だから、

急いで駆け付けたところだったのです。






戦闘で亡くなる犠牲者の、

実に8割が市民です。





それが戦場の現実なのです。






日本で国内で自衛をしている限りでは自衛隊ですが、

海外に出ていったら、もう自衛ではありません。


自衛隊は戦場へ行ってはならないのです。







【この後、ヨコスカ平和船団の新倉さんからのお話と

マイクさんと行く米軍基地! に続きます】




※「平和を求めるアメリカの退役軍人の会 ベテランズ・フォー・ピース」全国スピーキングツアー

20161127日(日)横須賀産業交流プラザにて開催の

交流集会でのトークより再構成・採録。


(通訳:ピースデポ研究員 山口大輔さん) 

※一部しゅくらむの意訳が入っておりますことお許しください



■ベテランズ・フォー・ピース(Veterans for Peace)とは?!

ベテランズフォーピースは退役軍人、軍人の家族、同志で構成される国際組織です。

平和の文化を構築し、戦争の真のコストを露出させ、戦争の傷を癒すことに専念しています。

ネットワークは、米国および海外全体で120以上の支部で構成されています。

公式サイト:

https://www.veteransforpeace.org/


■今回のVFP全国スピーキングツアー企画;

ベテランズ・フォー・ピース 2016/11 来日ツアー実行委員会

OVERSEAs(安保法制に反対する海外関係者の会)

https://www.facebook.com/events/1788504961423362/



【当ブログ内関連記事】

元アメリカ兵が語る戦場リアルPart1・なぜ自分はイラク戦争に行ったのか?

http://syuklm.exblog.jp/26421959/


元アメリカ兵が語る戦場リアルPartイラク戦争で直面した現実「自分こそがテロだった」。

http://syuklm.exblog.jp/26424625/


元アメリカ兵が語る戦場リアルPart・今も兵士を苛む戦争の記憶。PTSDから回復する力を与えてくれた2つのこと。

http://syuklm.exblog.jp/26426629/






byしゅくらむ


シュクラムは、アラビア語で「ありがとう」。
筆者が知る数少ないアラビア語です。
ココでの出会いと、ここまで読んで下さったことに、感謝をこめて。
シュックラム!



↓よろしかったらポチポチっと押していただけますと励みになります↓

にほんブログ村 旅行ブログ 中東旅行へ   

にほんブログ村   人気ブログランキングへ

にほんブログ村 政治ブログ 政治・社会問題へ
にほんブログ村
by shuklm | 2016-12-04 21:19 | 元兵士が語る戦場リアル | Comments(0)

元アメリカ兵が語る戦場リアルpart3・今も兵士を苛む戦争の記憶。PTSDから回復する力を与えてくれた2つのこと【採録】





イラク戦争で多くの人を傷つけ、

友人を喪い、深刻なPTSDを負いながら、

10年かかって回復して、

いまは平和のために自分の体験を語る活動を

続けるマイク・ヘインズさん▼


b0343370_15192693.jpg




■今も自ら命を絶つ帰還兵がいる■





帰国してから元の生活に戻るのに、

非常に困難がありました。



帰還後、行く先々で皆が、

「君を誇りに思う」、

「兵士として国のために戦ったことに感謝する」

と言って称賛し、英雄としてもち上げてくれるのですが、


私は「自分は軍産複合体のために奉仕していた」

と思いました。






イラク戦争の時、ちょうど私の娘が生まれました。


しかし家庭は壊れ、

私は離婚しかかっていました。






だんだん孤独になっていって、

外界との交流を断つようになりました






多くの帰還兵がPTSDになっています。


退役してから精神を病み、

社会復帰できない者も多く、

いまでも毎日、22・23人の帰還兵が自殺しています。



私の友人も…。




自殺者の方が戦死者よりも多いのです。








 

■立ち直る力を与えてくれたのは■






私がこうして戦場での体験を人前で話せるようになるまで、

10年かかりました。




2つの回復が必要でした。





そのひとつ目は、水耕農法でした。


b0343370_15195265.jpg


私は自分で野菜を作り、

命を育て創造することで、

少しずつ回復していきました。


収穫期にはたくさんの野菜が採れて、

それを隣人と分け合うことで、

地域コミュニティの一員となっていくことが出来たのです。






2つ目は、この「ベテランズ・フォー・ピース」

活動に参加することでした。


ベトナムやイラクなどのアメリカの戦争を体験した

元兵士たち等が集っている、

平和を求める退役軍人の会です。





2年前にべテランズに参加し、

同じ体験をした者同志それをシェアし、

自分の過去と向き合いました。



最初に怒りが湧き、非難の感情が起こり、

様々な段階を経て、そのあとようやく

人に語れるようになりました。






PTSDから脱するためには、

負のエネルギーを正のエネルギーに

変える必要があります。





b0343370_15213094.jpg


Photo by ベテランズ・フォー・ピース(Veterans for Peace)





「ベテランズ・フォー・ピース」の仲間たちと、

沖縄にも行きました。




辺野古や高江の基地建設反対の座り込みにも参加し、

現地の人たちと交流しました。




そうした活動が、私をポジティブな活動をするよう変えてくれたのです。





【続きます】





※「平和を求めるアメリカの退役軍人の会 ベテランズ・フォー・ピース」全国スピーキングツアー

20161127日横須賀産業交流プラザにて開催・

交流集会でのトークより

再構成・採録を数回に分けてお届けします


(通訳:ピースデポ研究員 山口大輔さん) 

※一部しゅくらむの意訳が入っておりますことお許しください





■ベテランズ・フォー・ピース(Veterans for Peace)とは?!

ベテランズフォーピースは退役軍人、軍人の家族、同志で構成される国際組織です。

平和の文化を構築し、戦争の真のコストを露出させ、戦争の傷を癒すことに専念しています。

ネットワークは、米国および海外全体で120以上の支部で構成されています。

公式サイト:

https://www.veteransforpeace.org/


■今回のVFP全国スピーキングツアー企画;

ベテランズ・フォー・ピース 2016/11 来日ツアー実行委員会

OVERSEAs(安保法制に反対する海外関係者の会)

https://www.facebook.com/events/1788504961423362/





【当ブログ内関連記事】

元アメリカ兵が語る戦場リアルPart1・なぜ自分はイラク戦争に行ったのか?

http://syuklm.exblog.jp/26421959/


元アメリカ兵が語る戦場リアルPartイラク戦争で直面した現実「自分こそがテロだった」。

http://syuklm.exblog.jp/26424625/





byしゅくらむ


シュクラムは、アラビア語で「ありがとう」。
筆者が知る数少ないアラビア語です。
ココでの出会いと、ここまで読んで下さったことに、感謝をこめて。
シュックラム!



↓よろしかったらポチポチっと押していただけますと励みになります↓

にほんブログ村 旅行ブログ 中東旅行へ   

にほんブログ村   人気ブログランキングへ

にほんブログ村 政治ブログ 政治・社会問題へ
にほんブログ村
by shuklm | 2016-12-03 15:29 | 元兵士が語る戦場リアル | Comments(0)

元アメリカ兵が語る戦場リアルpart2・イラクで直面した現実「自分こそがテロだった」【採録】





【イラクの凄惨な戦場を経験した元アメリカ兵

マイク・ヘインズさんが語る、戦争と平和のリアル】






「戦争ディズニーランド」と愛国心で育った結果、

私は18歳で軍隊に入り、

2003年3月、イラクに行きました。



海兵隊の精鋭部隊、

「フォース・リーコン」という特殊部隊です。





b0343370_19453348.jpg

その時の写真、真ん中が私です。






イラク戦争で1番最初の作戦に参加しました。



1日に3回か4回の突撃を繰り返しました。





「あそこがテロリストの家だ」。


上官から得ていた情報の

6割から7割は間違っていました。




ある建物に突撃すると決定したら、

まず玄関に爆薬を仕掛けて、

爆発したら突撃します。



そのほとんどが、ごく普通の家族が住んでいる家でした。





破壊した家に押し入り、

家中の人を銃で脅して壁に押し付け、

子供も大人も家族すべて脅威とみなして

手荒に扱いました。





泣き叫んだ6歳か7歳の子供の泣き声が、

まだ耳に残っていて、

眠っている時にいまでも思い出すことがあります。







兵士になるような年齢のイラクの若者は、

「テロリストの容疑」で片っ端から捕えました。


彼らは遠くに送られました。

アブグレイブのような拷問のある収容所にです。


多分、彼らのほとんどが生きては帰ってこない。







毎日毎日、その繰り返しでした。

来る日も来る日も…。



このような日々が、私の精神を破壊していきました。

道徳心が欠如していくのです。







「イラクに大量破壊兵器がある」

「自由を守るためにテロリストを殲滅する」

「これは正義の戦争だ」

アメリカ政府が言ってたことは、すべて嘘でした。






「テロとの戦い」のためにイラクに行ったはずが、

イラクの人たちにとっては、

私自身が「テロ」に他ならなかったのです。




私は戦場に行ってからそれに気がついたのです。







【続きます】





「平和を求めるアメリカの退役軍人の会 ベテランズ・フォー・ピース」全国スピーキングツアー

20161127日(日)横須賀産業交流プラザにて開催・

交流集会でのトークより。


再構成・採録を数回に分けてお届けします。

(通訳:ピースデポ研究員 山口大輔さん) 


※一部しゅくらむの意訳が入っておりますことお許しください




■ベテランズ・フォー・ピース(Veterans for Peace)とは?!

ベテランズフォーピースは退役軍人、軍人の家族、同志で構成される国際組織です。

平和の文化を構築し、戦争の真のコストを露出させ、戦争の傷を癒すことに専念しています。

ネットワークは、米国および海外全体で120以上の支部で構成されています。

公式サイト:

https://www.veteransforpeace.org/


■今回のVFP全国スピーキングツアー企画;

ベテランズ・フォー・ピース 2016/11 来日ツアー実行委員会

OVERSEAs(安保法制に反対する海外関係者の会)

https://www.facebook.com/events/1788504961423362/



【当ブログ内関連記事】

【採録】元アメリカ兵が語る戦場リアルPart1・なぜ自分はイラク戦争に行ったのか?

http://syuklm.exblog.jp/26421959/






byしゅくらむ


シュクラムは、アラビア語で「ありがとう」。
筆者が知る数少ないアラビア語です。
ココでの出会いと、ここまで読んで下さったことに、感謝をこめて。
シュックラム!



↓よろしかったらポチポチっと押していただけますと励みになります↓

にほんブログ村 旅行ブログ 中東旅行へ   

にほんブログ村   人気ブログランキングへ

にほんブログ村 政治ブログ 政治・社会問題へ
にほんブログ村
by shuklm | 2016-12-02 19:52 | 元兵士が語る戦場リアル | Comments(2)

元アメリカ兵が語る戦場リアル part1・なぜ私はイラク戦争へ行ったのか?【採録】




【イラク戦争を経験した元アメリカ兵

マイク・ヘインズさんが語る、戦争と平和のリアル】



「平和を求めるアメリカ退役軍人の会 ベテランズ・フォー・ピース」全国スピーキングツアー

20161127日 横須賀での交流集会トークより、

再構成・採録を数回に分けてお届けします


b0343370_19452400.jpg


アメリカ海兵隊の特殊部隊員だったマイク・ヘインズさん








■「戦争ディズニーランド」と愛国心■






なぜ私が海兵隊の兵士としてイラク戦争に行ったのか?





最初に、アメリカで育つということが

どういうことかをお話しします。




アメリカ人は幼少時から、

スポーツ、ゲーム、アメリカンコミック、

映画、テレビ、あらゆる媒体で

戦争に慣らされて育ちます。




スポーツ会場では星条旗が掲げられ、

スタジアムでは全員起立して国歌斉唱します。


立ち上がらない人はおかしな目で見られます。




大きな大会では、その人々の上を

空軍がアクロバット飛行します。


Photo by 朝倉優子さん@97条の会×NoddIN 5回連フォーラム第1回





アメリカのゲームセンターでは、

8割に、シューティングゲームの

銃が取り付けられています。





イベント会場では、

子供が自動小銃を構え、

兵士の真似をして迷彩服を着て、

迷彩色のフェイスペイントをして遊びます。



「キッズ海兵隊員」がたくさんいます。


さながら「戦争ディズニーランド」です。


Photo by 朝倉優子さん@97条の会×NoddIN 5回連フォーラム第1回






GIジョーがヒーローです。



よく売られているボードゲームは、

兵士の陣取りゲームです。

ゲームの駒は兵士です。



ゲームのパッケージには、こう書いてあります。

freedomfreedomfreedom



「自由を得るためには、

兵士は死ななくてはならない」。


「自由はタダではない」。




つまり「自由のため」の戦争は当然で、

兵士が死ぬのは大前提なのです。






■「君の望みはすべて軍隊で叶えられる」■





多くの若者が軍隊に志願するのには、

2つの理由があります。




1つは貧しいから。


貧しくて教育を受けられない者が、

大学に行きたくて入隊します。




もう1つの理由は、愛国主義です。




私は、「バイブルベルト」

(アメリカ南部州の非常に

宗教的・保守的な地域)の

ジョージア州で育ちました。


ですから、愛国心が強かったのです。






海兵隊を選んだのは、

「一番カッコいい」と思ったからです。



高校でランチを食べている時に、

海兵隊がカッコいい制服でやってきて、

女子高生は皆キャーキャー言って、

話しかけたがっていました。



それが第一印象です。






海兵隊のリクルーターは、

非常にうまい洗練されたやり方をします。



「あなたが欲しいのは教育ですか、

給料ですか、保険ですか、

女の子にモテたいですか」などなど

10枚くらいのカードを示します。


そして、「この中から5つ、

あなたが最も大切だと

思うことを選びなさい」と言う。


どのカードを選んでも、

「それらはすべて軍隊で

得られるだろう」と言うのです。




そのすべてが魅力的に思えました。






最初に友達が入隊していて、

一緒にブート・キャンプに参加しました。






海兵隊こそが、4軍で

最も厳しく強い軍隊だと思いました。






そんな私が海兵隊に入隊するのは、

ごく自然な行為でした。





(通訳:ピースデポ 山口大輔さん) 

※一部しゅくらむの意訳が入っておりますことお許しください




【続きます】





■ベテランズ・フォー・ピース(Veterans for Peace)とは?

ベテランズフォーピースは退役軍人、軍人の家族、同志で構成される国際組織です。

平和の文化を構築し、戦争の真のコストを露出させ、戦争の傷を癒すことに専念しています。

ネットワークは、米国および海外全体で120以上の支部で構成されています。

公式サイト:https://www.veteransforpeace.org/


■今回のVFP全国スピーキングツアー企画;

ベテランズ・フォー・ピース 2016/11 来日ツアー実行委員会

OVERSEAs(安保法制に反対する海外関係者の会)

貼り付け元 <https://www.facebook.com/events/1788504961423362/>







byしゅくらむ


シュクラムは、アラビア語で「ありがとう」。
筆者が知る数少ないアラビア語です。
ココでの出会いと、ここまで読んで下さったことに、感謝をこめて。
シュックラム!



↓よろしかったらポチポチっと押していただけますと励みになります↓

にほんブログ村 旅行ブログ 中東旅行へ   

にほんブログ村   人気ブログランキングへ

にほんブログ村 政治ブログ 政治・社会問題へ
にほんブログ村
by shuklm | 2016-12-01 19:52 | 元兵士が語る戦場リアル | Comments(0)

「水曜にパレスチナ人の車を装甲車で踏み潰して、週末にイスラエル国内で赤信号をじっと待てると思いますか?」ー占領の実態・その3。元将兵が語り続ける理由。






前々回記事:

イスラエルの元将兵が語る、占領の実態。「ついこの間までニンテンドウのゲームをやってた18・19歳の少年」が、人間的に壊れていってしまう理由。

http://syuklm.exblog.jp/25223656/


前回記事:

「自分がモンスターだと自覚したら、次の日には2度と起き上がれないだろう」。占領の実態その2

http://syuklm.exblog.jp/25224861/

の続きです。






土井敏邦さん著「沈黙を破る  元イスラエル将兵が語る”占領”」より

パレスチナ自治区をパトロールするイスラエル兵


b0343370_11011546.jpg


「沈黙を破る」より、

一部抜粋を掲載させていただいています



インタビュアー;土井敏邦さん


インタビューに応じた元兵士:アビハイ・シャロン




*****引用ココから****





軍事占領がイスラエル社会にもたらしているもの





――占領地での暴力に慣れきってしまう体験をした青年たちが

イスラエル社会に戻ってきたとき、

それが社会の内部に影響を与えると思いませんか






もちろん、どこにでもその影響が

出てしまいます。



例えば私がインタビューした

ある元兵士の証言ですけど、

そのなかで彼がこう言うのです。





「平日の水曜日に占領地の

[パレスチナ自治区の街]トルカレムで

APC(装甲人員輸送車)を運転して

パレスチナ人の車を踏み潰して

走っていました。



楽しみのためです。



車の上を走るというのは面白いものです。




その僕が週末、休暇の金曜日に

イスラエル内を車で走るとき、

通常の運転が出来ると思いますか。



赤信号でちゃんと誰かの後ろに

じっと止まって待っていると思いますか。



どうしてそんなことを

しなければならないだろう」と。






つまり兵士たちは占領地から、

暴力や憎悪、脅える感情、

被害妄想などすべてを抱えたまま、

イスラエル社会の市民生活に

戻ってくるということなのです。




それは公道の運転にも、

家庭内暴力にも、

バーでの喧嘩沙汰などにも

顕著に現れています。




あらゆる面に、です。






もちろん占領だけが、その原因だと

言ってるのではありません。


もっと他の要素がからんではいます。




ただ、占領地で体験した”退廃”が

その重要な部分を占めている

ことはたしかです。







――あなた自身はどうですか





家に帰ると、家族にも、友だちにも、

ガールフレンドに対しても、

すぐに感情的になり、

我慢できなくなってしまいました。



普通だったら我慢できる

ようなことまでも、

すぐにキレてしまう。




帰ったら、もうイライラしていて、

肉体的にも、感情的にも、

精神的にも疲れ、

もうヘトヘトの状態なのです。


もう何も考える力なんてない。





でも”暴力的になる”というのは、

何も「家に帰ったら人を殴りつける」

というのではないのです。



”暴力的”というのは、周りの人、

自分が愛している人たちが

何を必要としているかに気づかず、

無自覚だったりすることを

言っているのです。



それも一種の”暴力”なのです。







自分は悪い人間ではなかったはずなのに、

占領地ではなぜあんなことをしてしまったのか?





――その無感覚さをどうやって変えようとしたのですか。

「沈黙を破る」[占領地の体験を語る元将兵のグループ]の活動も、

その手段の一つなのですか




私たちは、イスラエル国民が

たった一五分ほどで行き着ける

占領地で起こっている現実に

きちんと向き合うべきであり、

そうしなければならないと

思うからやっているのです。




もちろん、もっと個人的な

理由もあります。



現実から常に目を背けるのではなく、

そのことを語ることで

自分が失ったものを回復しようと

している面もあります。






――なぜ、どのような経緯で「沈黙を破る」の活動に加わったのですか





私自身、このように話せるようになるまで、

除隊してから一〇カ月も

かかりました。


軍を離れたら、ふつうの生活が

出来ると思っていました。



仕事に就いて、ほとんどの

友人たちがやるように

海外旅行の準備をすると

いったふうにです。




しかし、なにかが

ひっかかっていました。



自分が”怪物”だったという記憶です。





「自分は元々悪い人間では

なかったのに、占領地では

どうしてああだったのだろう。



人間性にあふれた、いい家庭、

左派の家庭に育った自分が、

どうしてあんなことができたのか」

と自問するのです。






除隊して、八カ月ほどしてから、

ユダ[・シャウール。元将校で、

「沈黙を破る」の創設者]が

私たちの共通の友人を通して

私に連絡してきました。



彼は、「自分はヘブロンに関する写真展

[「沈黙を破る」の最初の活動]を開き、

そこで兵士たちの証言を出す準備をしている

グループのメンバーです」と言いました。




それで私はそのグループに加わったのです。





そこで初めて、自分と同じような

体験をした人たちが

こんなにいるのだと知りました。





自分は狂ってなんかいない。


彼らも同じようなことをして、

同じように感じていた。





私たちはお互いに語り合いました。



そしてこれは、私たちの世代

すべてに共通する話なのだ

ということに気づいたのです。





彼らの多くは、元々いい人間なのに、

腐りきった狂気の現実、

時に犯罪的でさえある現実に

放り込まれたのです。


ほんの一八か一九歳のときにです。







――あなたたちの証言に対する一般のイスラエル国民の反応はどうですか





これもさまざまです。



わかってもらいたいのは

イスラエル国民は

一枚岩ではないということです。




私たちのことを、世界に向けて

”汚い洗濯物を見せる”裏切り者と

みなす人たちもいます。



自分の息子や娘がそんなことを

するなんて信じがたくて、

私たちの証言を信じられない

人たちもいる。




一方、「イスラエルが占領地でやっていることは

何か間違っている、モラルが完全に崩壊している」

ということを最後には理解してくれる人たちもいます。







兵役後、逃げるようにイスラエルを離れる若者たち





――タイやインドなどアジア各地にイスラエル人が出かけていきますが、

兵役を終えたイスラエル人青年の多くが海外へ行くのは、

占領地での体験の反動でしょうか。

占領地での緊張から解放され、汚れた部分を洗い流したいと思うからでしょうか






その通りです。




私の部隊には二〇人ほどいましたが、

除隊して半年もたたないうちに半分が、

八か月後には七〇%が、

インドや南アメリカへ行きました。




なぜかって? 



自分が体験してきたあらゆることから

逃避しなければならないからです。




ドラッグをやったり、

数カ月旅に出たり、

何か違ったものを見たりして

自分を浄化しなければならないのです。




耐えられないのです。







――戻って来た彼らは、行く直前の自分とは変わっているのですか





いいえ。



その旅行は一つの極端から

もう一方の極端へ

行っただけのことに

過ぎないのです。



なによりも、自分も加わった

最初の体験ときちんと

向き合っていないのですから。



とくにイスラエル社会にとって、

このような旅行が流行り、

私たちが生き続けるための

”酸素吸入”の役割を

果たしてはいますが、これが結局、

現実には私たちがこのクソのような”占領”を

続けることを支えているのです。




三年兵役を務めて除隊し、

半年、八カ月と旅をして、

必要があると思えば帰国し、

大学に入り、家族を持って、

予備役の義務を果し、

ハイ、それでOKということになる。




でも違うのです。







――今、あなたは「沈黙を破る」のグループのメンバーですが、

この活動で自分自身はどう変わったと思いますか






まさに私たちがやっているのは、

私が今話したような

”沈黙”の慣例を崩そうとすることです。



自分たちの”沈黙という

社会の慣例”をです。




実際に起こっていることを、

ありのままをさらけ出し、

社会の公の場にさらすのです。




それはイスラエル社会に

対してだけではなく、

世界に対しても、です。



占領地で起こっていることに

責任をとるためにです。





それが、道徳について、

また社会や人間性についての

議論を始めさせる唯一の方法なのです。




         


        (二〇〇五年九月)





******引用ココまで***




※■見出しと[ ]は、しゅくらむが付けさせていただきました。






占領の実態を、自分の言葉で語り続ける元将兵たち。


自らの「恥」を語る行為は、

自身にとっても激しい苦痛を

伴う作業であるはずです。


それでも勇気を持って

発信し続けている彼らの声を、

かき消させてはならないと思うのです。




Bleaking The Silence (沈黙を破る)」は、

2015年現在もイスラエルで

活動を続けています。


HP・Facebookはコチラ↓

ぜひイイねして応援しましょう!

https://www.facebook.com/BreakingTheSilenceIsrael?fref=pb&hc_location=profile_browser

http://www.breakingthesilence.org.il/





当記事の参照元:

土井敏邦さん著

「沈黙を破る 元イスラエル将兵が語る”占領”」

2008年・岩波書店発行

Amazonはコチラ↓

http://www.amazon.co.jp/%E6%B2%88%E9%BB%99%E3%82%92%E7%A0%B4%E3%82%8B%E2%80%95%E5%85%83%E3%82%A4%E3%82%B9%E3%83%A9%E3%82%A8%E3%83%AB%E8%BB%8D%E5%B0%86%E5%85%B5%E3%81%8C%E8%AA%9E%E3%82%8B%E2%80%9C%E5%8D%A0%E9%A0%98%E2%80%9D-%E5%9C%9F%E4%BA%95-%E6%95%8F%E9%82%A6/dp/4000238493





実は、土井敏邦さんのこの本の

物凄いところは、ここから先。




1章 占領地の日常―「沈黙を破る」証言集より

2章 なぜ「沈黙を破る」のか―メンバーの元将兵と家族らへのインタビュー

3章 旧日本軍将兵とイスラエル軍将兵―精神科医・野田正彰氏の分析

という章立てで、


3章では、旧日本兵とイスラエル兵の

加害に対する意識や

社会の受け止め方について、

どこが同じでどこが違うのかが、

明らかにされていきます。






過去の歴史や自らの加害と向き合う難しさ、

そしてそれをどう対話化していくのか、

現在の私たちにとって必見の書だと思います。



これについてはまた別途書きたいと思います。






byしゅくらむ


シュクラムは、アラビア語で「ありがとう」。
筆者が知る数少ないアラビア語です。
ココでの出会いと、ここまで読んで下さったことに、感謝をこめて。
シュックラム!



↓よろしかったらポチポチっと押していただけますと励みになります↓

にほんブログ村 旅行ブログ 中東旅行へ   

にほんブログ村   人気ブログランキングへ

にほんブログ村 政治ブログ 政治・社会問題へ
にほんブログ村

by shuklm | 2015-12-31 11:04 | 元兵士が語る戦場リアル | Comments(0)

「自分がモンスターだと自覚したら、次の日には2度と起き上がれないだろう」。イスラエル元兵士が語る占領の実態・その2。





前回記事

イスラエルの元将兵が語る、「占領」の実態。「ついこの間までニンテンドウのゲームをやってた18・19歳の少年」が、人間的に壊れていってしまう理由。

http://syuklm.exblog.jp/25223656/

の続きです。





ジャーナリスト土井敏邦さんのインタビューに応じた

イスラエルの元兵士:アビハイ・シャロン

b0343370_23092375.jpg

土井敏邦さん著

「沈黙を破る  元イスラエル将兵が語る”占領”」より

抜粋させていただきました





*****引用ココから*******





ただロボットになりきって仕事して、任務を果たすだけ





――占領地での体験が、兵士たちの道徳心を麻痺させてしまうのですか





その通りです。

それが私の言っている”退廃”

ということなのです。



何も感じなくなり、

ただ”機械”になりきって仕事をこなす。



そして道徳心や社会的な感性、

人間としての感性などが全部麻痺するのです。



麻痺して当然ですよ。



だってそんな感性があったら、

夜中の三時に民家に押し入り、

泣き叫ぶ六歳の子どもを

外に放り出すようなことを

毎日繰り返せるはずがないのです。






――自問することはないのですか




そんな時間の余裕はありません。


一つの任務が終わると、もう

二時間後には次の任務に向かうのです。



そして翌日の夜にはまた次の町へ移動、

といった具合です。




単に物理的な余裕がないだけではない。



精神的な余裕もない。

その能力もありません。





いいですか、もしそんなことを

任務中に考えてみたり、

拘束作戦から帰って自分の姿を

鏡に映したりしたら、

その次の朝は絶対に起きられませんよ。




いったいどうやって起きられますか。




自分が”怪物”だってわかったら、

どうやってそれを続けられるでしょうか。






だから任務を続けるためには、

自分が”怪物なのだということに

気づかないことです。


その現実と向かい合わないことです。







私はナブルス市で任務に就いたことがあります。



パレスチナ人の容疑者を拘束する作戦で、

ナブルスの旧市街に二、三日いました。



そこで私たちはくたくたに疲れ果てていました。


いつも民家の壁を崩して家に侵入する

作戦を繰り返していました。






その時は昼間だったのですが、

ある家を占拠することになっていました。



その家は石鹸工場でした。



二階建てのその家いっぱい、

もう工場のなかいっぱい、

天井に届くほど石鹸が

ピラミッド状に積み上げられていました。



この家族はどんなに一生懸命

それを作っていたのか、

食べていくためにどんなに

がんばっていたかよくわかりました。





その時、退屈しきっていたのか、

他の部隊の三、四人の兵士が突然、

武器を持ってその石鹸を

積み上げたピラミッドを

全部壊し始めたのです。






――何のためですか





目的なんてない。

ただ面白いからです。



彼らにとっては、それは、

ただのお楽しみなのです。


退屈して疲れ切っていたのです。





これも、いつもやるべき任務の一つ、

いつも爆破し壊している壁の一つ、

いつも壊している窓の一つ、

そしていつもメチャクチャにしている戸棚の一つ、

いつもぶっ壊しているソファの一つなんです。




私は自分の持ち場にいて、

ただそれを横目で見ていました。


何も言わず、口をつぐんでいたのです。



そっちに視線を向けず、ただ

自分のライフルのスコープを

覗いていました。


見ないようにするのに必死でした。





意識的ではなくても、

自分の周りに起こっていることを

見たくもなかったし、

関わりたくもなかったのです。









■誰もが、その人なりの時間をかけて、無感覚になっていく。







――どうしてそんなに疲れきっていたんですか




疲れきってヘトヘトで、

もう何も感じる気力もなかった。


ただただ、部隊陣地の自分の部屋に

帰って眠りたいだけでした。





もし普通の生活のなかで

誰かがそんなふうに、

人の財産をぶっ壊すのを見たりしたら、

止めろと言ったでしょうし、

警察を呼んだりとか、

何かするでしょう。


私はそのように育てられましたから。





でも、ナブルスでは私は何も言わない。


占領地での現実がどれほど

退廃しているかを象徴する一例です。




そこでは誰もが、

その人なりの時間をかけて、

その人の程度なりに、

みな無感覚になっていくのです。






無感覚になるから、

パレスチナ人の家に押し入って

すべてをムチャクチャにしてぶっ壊す、

そして家の中にあるものを

お土産に持ち帰るために略奪する。




またある者は感覚を失っているから、

手錠をかけられている

パレスチナ人さえ蹴り上げる。




無感覚になるから、

黙り込んでしまうのです。





あそこで自分がしていることに

うんざりしていて、

自分も大嫌いで、上官も、

もう何もかもが全部嫌だった。




パレスチナ人も大嫌いで、

あそこで自分が関わらなければ

ならないすべてが、

もう嫌で仕方がなかったのです。







――どうしてそんな状況から逃げようとしなかったのですか





できないからです。



そんな自分の考えにとって代わる

もっと大きな思いがあるからです。


この国を守らなくてはならないのです。




上官が私に「我われはこれから、

自爆を計画しているテロリストを

捕まえるぞ」と言うのです。



それに嫌だなんて言えますか? 






今こんな話をあなたにすることは

実に簡単なことです。


ここはエルサレムですからね。


飲み物もあるし、とても快適です。

善悪もすべてはっきりしている。




でも占領地では、ものごとは

白黒はっきりせず、

すべてが曖昧なのです。







――除隊後、その元兵士たちの道徳心は甦るものなのですか






決して完全には戻りません。




わかって欲しいのは、

軍から除隊した者の大半は、

このことに触れないということです。



そのことに正面から

向き合おうとしないのです。



どこか心の奥にしまいこんで、

棄て去って、

そこから逃げようとするのです。




でもそれはできない。








*****引用ココまで****




※■見出しと[ ]は、しゅくらむが付けさせていただきました。







では、その彼らが、

なぜ沈黙を破って語り始めたのか?


その3へ続きます。

(ひとりの元将兵へのインタビューを、3回に分けてUPします)




続きはコチラ↓↓


「水曜日にパレスチナ人の車を装甲車で踏み潰して、週末にイスラエル国内で赤信号をじっと待てると思いますか?」―「占領」の実態・その3。イスラエル元将兵が「沈黙を破って」語り始めた理由。

http://syuklm.exblog.jp/25226017/









byしゅくらむ


シュクラムは、アラビア語で「ありがとう」。
筆者が知る数少ないアラビア語です。
ココでの出会いと、ここまで読んで下さったことに、感謝をこめて。
シュックラム!



↓よろしかったらポチポチっと押していただけますと励みになります↓

にほんブログ村 旅行ブログ 中東旅行へ   

にほんブログ村   人気ブログランキングへ

にほんブログ村 政治ブログ 政治・社会問題へ
にほんブログ村

by shuklm | 2015-12-30 23:13 | 元兵士が語る戦場リアル | Comments(0)

イスラエルの元将兵が語る、占領の実態。「ついこの間までニンテンドウのゲームをやってた18・19歳の少年」が、人間的に壊れていってしまう理由。






私が現地で出会ったひとりひとりの

イスラエル人は、

とてもフレンドリーでジェントルな

人たちだったのに、

なぜパレスチナ人にはあんなにも

酷い事が出来てしまうのか?




私自身が長い間どうしても

知りたかったことが、

この本にありました。





もの凄い本です。




▼長年に渡り現地の人達に寄り添った

取材をしてこられた土井敏邦さん著・

「沈黙を破る  元イスラエル将兵が語る”占領”」 

2008年・岩波書店発行

b0343370_15361583.jpg



国民皆兵制を敷いている

イスラエルでは、

18歳になると全員が兵役

(男性は3年・女性は1年)に就きます。




彼らが何を体験し、

どう変わっていってしまうのか?




それを語り続けているのが、

実際に占領地での軍務に就いた

元将兵たちのグループ

Bleaking The Silence (沈黙を破る)」。


そのメンバーへ、土井敏邦さんが

インタビューされています。




非常に重い内容で、

すべて読み通すのは

物凄い体力が要りますが、

元将兵たちが自らの暗部ともいうべき

体験を語る生々しい肉声は、

絶対多くの方に知ってほしいと思いましたので、

ごくごく一部ですが、

抜粋してご紹介させていただきます。






※■見出しと[ ]は、しゅくらむが付けさせていただきました。




************






インタビュアー;土井敏邦さん


インタビューに応じた元兵士:アビハイ・シャロン





一九八二年、テルアビブで生まれ、

宗教に熱心でシオニズムの思想の強い家庭に育った。


第二次インティファーダが勃発する

二ヶ月前の二〇〇〇年七月に

イスラエル軍に入隊、

ゴラニ旅団の一部「エゴズ」隊

(特殊部隊)に所属した。



この部隊には常駐の基地はなく、

ナブルス、ジェニン、ヘブロンなど

各地を移動し、

占領地の町や村での容疑者の逮捕、

武器などの捜査が主な任務だった。



二〇〇三年一一月に除隊した。










占領地に行くまで、詳しい事は何も知らなかった





――兵士になる前、あなたはどういう青年でしたか





私はごく普通の青年でした。



愛国心を持った平均的な青年で、

占領に反対する左派の家庭の出身でした。



自分たちの周りで何が起こっているのかは

わかっていましたが、

十八歳の若いイスラエル人の青年の私にとって、

兵役に就くことは何ら疑問の余地もない、

当然の行為でした。





――占領地で何が起こっているか、そこでイスラエル軍が何をやっているかについて何か情報を持っていましたか




詳しいことは何も知らなかったのです。


テルアビブやエルサレム、

ハイファのようなところ

[イスラエルの大都市]で

普通に暮らしていれば、

現地など見たこともなく、

目の前に存在するものでもない。



だから、自分が実際にそこへ行くまで、

占領地にいるということはどういうことなのか、

まったくわからないのです。





学校で歴史を習うときは、

パレスチナの歴史なんか習わない。




それに私は”ホロコースト”生還者の

三世なのです。

祖父母はホロコーストの体験者です。



"自分の身を守る”という体験に基づいた感覚は、

いまも私たちの社会の中に息づいています。



だから自分に召集のときが来ると、

「さあ、自分の番が来た」という感じです。







エスカレートしていく事態





――そういうあなたがどのように変わっていったのですか




私が初めて占領地に入ったのは、

この基礎訓練を受けていたときで、

二〇〇〇年九月末にインティファーダが

始まったころでした。



占領地のジェニン地区で

何かの作戦に参加しました。



毎晩、私たちが駐屯する基地に

パレスチナ人が銃撃してくる

という日常が始まりました。



ほんの二、三発の散発的な銃撃ですが、

いったいどこから撃ってきているのかわからない。



そこはパレスチナ人の村の近くでしたが、

相手が撃ってきている場所はわからず、

ただパレスチナ人の民家が見えるだけでした。





それからどんどん事態は

エスカレートしていきました。




正午ごろ、子どもたちが学校から

出てきて、道で石を投げ始める。


私たちはそこへ出て行って

催涙弾で応戦するわけです。



そして基地に戻って数時間して

夕方になると、

パレスチナ人が空に向けて

二、三発撃ってくる。



それでこちらも空に向かって

銃を撃ち返しました。






人間というものは、問題を探し、

問題が起こるのを求めるのだ

ということがわかりました。



私たちはまだ十八、一九歳の

ガキだったのです。


ゲーム遊びのようなものです。



ほんの二ヶ月前まではニンテンドウの

ゲームをやっていたような連中です。


ゲームマシーンの操縦桿で

画面の人形を撃っていたのが、

今は本物の人間を撃てるのです。


そのうちマシンガンなどの

あらゆる武器で毎晩、撃ち返すようになる。




それでも相手の銃撃が止められないとわかると、

基地の司令官はこう言うのです。



「よろしい。これから

戦車のマシンガンで

村へ向けて銃撃するんだ」と。







若い兵士が、毎日パレスチナ人の生活を破壊し続けるとどうなるか






――占領地でのどういう体験があなたを変えたのですか




イスラエル軍は兵士たちを路上で

敵の銃撃にさらしたくなかった。


だから、特にナブルスでは、

兵士たちは住民の家々を

壊しながら前進しました。




想像してみてください、



一八、一九歳のガキが、

一日に一二時間も一四時間も、

しかもそれを何週間にもわたって

来る日も来る日もやるのです。



壁を壊して次の家の居間に押し入る、

そこからまた壁を壊して

次の居間へ進む。



そんなことをしていたら、

人間の中で何かが崩れていき、

心が退廃していかないわけがない。



人間の生命にも、他人の財産にも、

住民の家についてまったく

無感覚になってしまうのです。





罪のないパレスチナ人の生活の

ことを想像してみてください。



ほぼ五年間、パレスチナ人住民は

安心して眠れる夜が一晩としてないのです。



武装した兵士たちがずかずかと

その生活の中に押し入ってきて、

何時間も、何日も、時々は

何週間もそこに居座るのです。




六歳や七歳の幼い子どもの

目を見ると、泣いているのです。


だって、部屋に放り投げ入れられ、

クローゼットをひっくり返され、

自分のものがメチャクチャにされて調べ上げられ、

その子の母親の下着まで調べられるのです。




住民が家のなかにいるのに、

その家の壁に爆弾を仕掛ける。



そのすべてが何も特別なことではなく、

日常のいつもの任務なのです。







*****






では、この異常な事態な渦中で、

彼らが自問することはないのか?



その2 へ続きます。

(ひとりの元将兵へのインタビューを、

3回に分けてUPします)




続きはコチラ↓↓


「自分がモンスターだと自覚したら、次の日には2度と起き上がれないだろう」。占領の実態その2

http://syuklm.exblog.jp/25224861/


「水曜日にパレスチナ人の車を装甲車で踏み潰して、週末にイスラエル国内で赤信号をじっと待てると思いますか?」―「占領」の実態・その3。イスラエル元将兵が「沈黙を破って」語り始めた理由。↓

http://syuklm.exblog.jp/25226017/



byしゅくらむ


シュクラムは、アラビア語で「ありがとう」。
筆者が知る数少ないアラビア語です。
ココでの出会いと、ここまで読んで下さったことに、感謝をこめて。
シュックラム!



↓よろしかったらポチポチっと押していただけますと励みになります↓

にほんブログ村 旅行ブログ 中東旅行へ   

にほんブログ村   人気ブログランキングへ

にほんブログ村 政治ブログ 政治・社会問題へ
にほんブログ村

by shuklm | 2015-12-30 15:40 | 元兵士が語る戦場リアル | Comments(0)