オトナの社会科・中東からの声を手掛かりに。

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カテゴリ:パレスチナ自治区 現地レポなど( 44 )

行ってみるまで知らなかった。キリスト教の聖地って、ほとんどがパレスチナにあること。キリスト教の人形を飾る、パレスチナの多面性のこと。




パレスチナ自治区ベツレヘムにある、キリスト教の教会の内部。
超リアルな三次元イエス像▼
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イエス・キリストの生誕の地・ベツレヘムはココ!▼

パレスチナ自治区のヨルダン川西岸地区にあります。

ヨルダン川と言えば、イエスが洗礼を受けたところなんですよね。

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現地のお土産屋さんで買った、
パレスチナの「聖地」名所の写真で構成された
ミレニアム版カレンダー。
表紙は、生誕地ベツレヘムの夜明けの風景▼
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同じカレンダーより。

イエスが奇跡を起こした

とされるガリラヤ湖の現在▼

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イエスが砂漠を彷徨い

誘惑とたたかった苦行の地

と言われるジェリコは、

いまこんな風景に





イエスが十字架を背負って歩いた道や、

処刑されたゴルゴダの丘などがある

エルサレム旧市街



などなど…。



現在は、パレスチナの有名な観光地なんですね。








ベツレヘムでも、エルサレムでも、

それぞれの土地で、

キリスト教徒もイスラム教徒も、

自分たちの宗教と同じように

それぞれの宗教を尊重して

暮らしていました。









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こちらは、ベツレヘムにある

民族博物館の内部。




世界各地から集められた、

イエス生誕の場面を再現した

ミニチュア人形が展示されていました。





イエス・母マリア・父ヨゼフ、

そして祝福に訪れた

東方3博士の人形セット。



中東・欧米だけでなく、

アフリカから中南米まで、

世界中に様々なバリエーションがあるんですね。






これはどこの地域のバージョンでしょう? 

とても素朴でシンプル。

イエス生誕を知らせるために輝いたという

ベツレヘムの星」が、屋根に掲げられていますね。

 




ちなみに、クリスマスツリーの

てっぺんに飾られている星形は、

この「ベツレヘムの星」なんだそうです。






コチラは、ふわふわ抱きぐるみみたいで、子供が喜びそう!





チェスのコマみたいに小っちゃいセット。

 でも羊の毛とか、すっごく細かく作り込んでありました。








パレスチナで生まれ

世界中へ広がっていったキリスト教が、

それぞれの地域と文化に

こんな風に溶け込んでいるんですね。



それがまたパレスチナの文化として

一堂に集められ、大切に展示されている。





様々な宗教の揺りかごであった

パレスチナという地の多様性・

多面性をあらためて感じた光景でした。








博物館内の写真は、20026月筆者撮影。


※地図は、現地で入手したガイドブック

This Weekin Palestine 20026月発行」

FREE COPY)の地図を、筆者が加工。





【当ブログ内関連記事】


ベツレヘムにて2・Xmasのマストアイテム。世界中から集められたコレクションに釘づけ!↓

http://syuklm.exblog.jp/23906503/





※写真と文章一部を追加しました(2015.12.25)


byしゅくらむ


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by shuklm | 2015-12-24 21:52 | パレスチナ自治区 現地レポなど | Comments(0)

「暴力でない手段で、イスラエルの占領を終わらせ、パレスチナの未来をつくりたい」。パレスチナで聞いた言葉・その3





パレスチナ人とイスラエル人が協働で運営する非営利団体PCRのメンバー、ジョージ・リシュマーウィさんの言葉です。




2002年6月、第2次インティファーダの頃、市民交流ツアーで現地を訪問した際に会見した非暴力団体のひとつが、PCR


ヨルダン川西岸地区・ベツレヘムにある事務所で、通訳付きで話を伺いました。




◼︎◼︎



1988年(第1次インティファーダ開始直後)、パレスチナとイスラエル双方でこの組織を設立しました。



PCRの正式名称は、

PalestineCenter for Rapprochement Between People

(Rapprochementは国家間の親善の意)。



非暴力によって、パレスチナの解放とイスラエルの占領を終わらせることを実現することを目指しています」





「抵抗には、様々な形があります。


私たちは暴力で抵抗する組織に反対しているわけではありません。

ただ、自分たちの道を選んでいるだけです」





1987年の(第1次)インティファーダが、非暴力で状況を変えられることを示した、と私たちは考えています。


アラブの習慣では、投石は厄払いの意味もあります。



インティファーダで投石をするのは、暴力とは思いません。

戦車に投石しても叶うわけがない。


暴力も非暴力も、相手との関係で相対的に決まるものだからです」。




◼︎◼︎



リシュマーウィさんの指摘「暴力は相対的に決まる」というのは、例えばお互いに投石しているのなら対等と言えるけど、投石と戦車なら全く対等ではありえない、ということかと私はとらえました。




こうした主張を掲げる団体が、パレスチナ人とイスラエル人の両者によって運営されていることに注目したいと思います。




エルサレムにある「オルタナティブ・インフォメーション・センター」など、パレスチナ人とイスラエル人が一緒に働く団体が各地にいくつもあることを、現地に行って私も初めて知りました。




「和解」とか「融和」とかお題目を唱えなくても、すでに彼らは日常的にそれをやってる。




ただ私たちが普段知らないだけなのです。







PCRは、2015年現在も活動を継続しています。

平和を学ぶ学生のための音楽交流プログラムなど、様々な活動の様子がHP・Facebookから見れます↓

ぜひイイねして応援しましょう!


http://www.rapprochement.org/

(英語メイン)

https://www.facebook.com/rapprochement

(アラビア語メイン)



【当ブログ内関連記事】

2015.11.19UP記事

「 ”暴力の憎しみの連鎖”って、簡単に言わないでほしい」。パレスチナで言われた言葉・その1

http://syuklm.exblog.jp/25104365/


2015.11.23UP記事

「自爆攻撃をする人に、第3の道を示したい。自分を殺さずに、将来のパレスチナのために生きられるように」。パレスチナで言われた言葉・その2

http://syuklm.exblog.jp/25114982/



※タイトル順入れ替えました


byしゅくらむ


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by shuklm | 2015-11-24 20:48 | パレスチナ自治区 現地レポなど | Comments(0)

「自爆攻撃をする人に、第3の道を示したい。自分を殺さずに、将来のパレスチナのために生きられるように」。パレスチナで言われた言葉・その2




2002年6月、第2次インティファーダの頃。

パレスチナ・イスラエル現地を市民交流ツアーで訪問した際、非暴力で活動しているいくつかの団体とも交流を持ちました。



そのひとつが、「Holy Land Trust(ホーリーランド・トラスト)」。

キリスト教の聖地・ベツレヘムを中心に活動しているNGOです。



ベツレヘムの近郊、ドゥヘイシャ難民キャンプのゲストハウスで、メンバーのサミー・アワードさんの話を通訳付きで伺いました。





▼説明の際もらった同団体の紹介パンフレットより

 銃剣を素手で拒否するアイコン

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「パレスチナの地域社会に根づいた活動を重視しています。



平和と理解をすすめること、

特に、暴力によらない取り組みで解決することが大きな柱です。



実際に訪問して多くの人たちと顔をあわせて知り合うこと、

人々が無実であることを忘れないことも重要です。



ガンジーやマーティン・ルーサー・キングの教えを子供たちに教えています」




「石を投げても、イスラエルの戦車に傷をつけることすらできません。

それでもパレスチナ人が石を投げて抵抗しようとするのは、その石に、『我々はイスラエルの占領を拒否する』というメッセージが込められているからです」




「事態がなかなか変わらないために、『自爆攻撃』を選ぶ人もいます。

そういう人たちに、別の道があることを伝えたい。

第3の道を示したいのです。


若者たちが自分を殺さずに、将来のパレスチナのために働くことを望んでいます」。



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同団体パンフレットより

主な活動:

・子供や青年の教育プログラム開発、レクリエーションなどの開催

・イスラエルの占領に対する直接非暴力行動によるアプローチの開発

・イスラエル軍や入植者からの影響をケアする

・国際的、地域的なネットワークづくり などなど…








具体的な活動の場面を見学することは出来なかったのですが、

穏やかな語り口の中に折れない信念を感じたのを覚えています。




安全地帯で言ってるキレイごとではなく、実際にイスラエル軍の侵攻に晒されている時期に、暴力で反撃するという選択肢もある中で、それでも違う道を貫こうとしている声があったこと。


それをいまだからこそ伝えたいと思いました。






Holly Land Trust」は、2015年現在も活動を継続中のようです。

Facebookには、お話を伺ったサミー・アワードさんの姿もあり、とても嬉しく感じました。


「ウェルカム・ベツレヘム・LIVE」の開催など現在の活動の様子はコチラから↓

ぜひ「イイね!」して応援しましょう!


HP・Facebook (英語)

http://www.holylandtrust.org/

https://www.facebook.com/holylandtrust/



【続きます】






【当ブログ内関連記事】

2015.11.19UP記事

「 ”暴力の憎しみの連鎖”って、簡単に言わないでほしい」。パレスチナで言われた言葉・その1

http://syuklm.exblog.jp/25104365/

2015.10.19UP記事

パレスチナ・イスラエル、それぞれの思い〜第2次インティファーダ時に聞いた言葉。

http://syuklm.exblog.jp/25009249/



※タイトル順を入れ替えました

byしゅくらむ


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by shuklm | 2015-11-23 16:23 | パレスチナ自治区 現地レポなど | Comments(0)

「 ”暴力と憎しみの連鎖”って、簡単に言わないでほしい」。パレスチナで言われた言葉・その1




2002年6月、第2次インティファーダの頃。

パレスチナ・イスラエルを訪問した際、現地の人から言われた言葉を、数回に分けて紹介させて下さい。





訪問した理由を説明しようとして、

「テロと報復、暴力と憎しみの連鎖を止める方法を知りたくて来ました」と伝えたところ、

周りにいたパレスチナの人たちが名状しがたい表情になりました。



そして、そのひとりから、静かにこう言われました。


「そんなに簡単に、”憎しみの連鎖”とか、言わないでほしい」…、と。






今から考えれば、恐ろしく無神経なことを口にしたと思います。




彼らの言葉をいま考えれば、

「そういう終わりのない、救いのない図式で見ないでほしい」、ということだったのではないか。




誰がわざわざ暴力や憎しみを望むものか。


それでも誰も望んでいないのに、結果的になぜそうなってしまうのかを考えてほしい…ということだったのではないかと思います。





【続きます】





※誤ってUPした記事を入れ替える前に、早速イイねを付けて下さった方がいらしたのでで、一時期、記事が二重になっていました。削除させていただきましたこと、何卒ご容赦ください(2015.11.28)
※タイトル順入れ替えました(2015.11.28)



byしゅくらむ


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by shuklm | 2015-11-19 21:47 | パレスチナ自治区 現地レポなど | Comments(0)

【シェア】現地の声「私は石投げのパレスチナ人だった。なぜそれをやめたのかここに記す。」



ほとんど聴こえなくなっている、現地の人たちの貴重な生の声を見つけたので、ご紹介させていただきます。



イスラエルで生活された経験のある方のブログ「そんなテルアビブイスラエル」。

いまも現地をウォッチしながら、最新情報を訳したり重要な指摘をして下さってます。



今回は、イスラエルの大手左派新聞「ハアレツ」より。

全く同じ日に、友人と甥っ子がそれぞれ襲われて殺されそうになった、あるパレスチナ人男性の寄稿です。





(以下、筆者しゅくらむの要約です)****




襲われた甥っ子の無事を願うメールを送ってくれた友人サラは、イスラエル人。

その友人自身が、数時間前にパレスチナ人にナイフで刺されかかったのに。


また、「殺せ殺せ!」と叫ぶユダヤ人に棍棒やナイフで追い詰められ怪我を負いながら危うく難を逃れた甥っ子モハメッドは、翌日ネットに書き込んだそうです。


「昨日ユダヤ人過激派に襲われたけれど、

僕はユダヤ人を嫌いではない。

ただの一人も。

でも僕は『占領』が嫌なんだ。

それを終了するために必要なのは憎しみじゃない」。




モハメッドとサラの反応に感銘を受けたこのパレスチナ人寄稿者は記します。




彼らこそが真の希望である。


軍事力によって安定がもたらされると考えるイスラエル人も、暴力的インティファーダによって占領を終わらせられると考えるパレスチナ人も、同じくらい間違っている。


本当の敵は、『ワレワレとヤツら』という精神構造なのだ。

本当に必要なのは、モハメッドやサラらのように、「敵であることを拒否する」ことなのだ…と。





(要約ココまで)***




この記事はどうしても多くの方に知って欲しくて、ブログ主様の快諾を得て、日本語訳を丸ごとシェアさせていただきます。



長文ですが、ぜひご一読を!







***原文シェア ココから***




「そんなテルアビブイスラエル」


http://plaza.rakuten.co.jp/momojp66/



2015年10月27日付

私は石投げのパレスチナ人だった。なぜそれをやめたのかここに記す。





僕は石投げが自由をもらたすとは思っていない、しかしそれは僕に声を与えてくれ、無力感へのはけ口でもある。


Aziz Abu Sarah Oct 26, 2015 3:19 PM

http://www.haaretz.com/opinion/.premium-1.682381




それは誰もが恐る電話だった。「攻撃された」。

僕が電話にでた時、甥っ子のモハメッドが声を震わせながら言った。「入植者によって」。


僕はすぐさま恐怖に怯えた。

彼は続けて、「僕は今夜の夕食の食料を選ぼうとしていた。彼らはナイフや

棍棒をもって叫んだ、彼を殺せ!彼を殺せ!」


皮肉なことに、モハメッドは彼の家族と(イスラエルユダヤ人)友達のユヴァル・ベン・アミとルツ・プリスキンに夕食を作るため食料品を購入している時に攻撃された。

イスラエルの過激派はモルモン大学の近くにあるオリーブ山に追い詰めて、彼を殴り、そうして肩を脱臼させた。


幸いなことに、彼はそれをふほどき、彼の命はなんとか逃れた。



数時間後、僕はイスラエルユダヤ人友達のサラ・ブラムからテキストメッセ

ージを受け取った。

その日の早い時間に一人のパレスチナ人が彼女を(エルサレム)中央バスステーションの近くで刺そうと試みた。


僕は怒った。

同じ日に、僕の友達と甥っ子が殺されそうになった。

一人はイスラエル人、もう一人はパレスチナ人 ー 2人ともこの問題(紛争)を終わらせたいと思っている何の罪もない一般人である。

その無意味な蛮行は、誰もが絶望するのに十分なことです。



にもかかわらず、モハメッドとサラの彼らの反応は私を驚かせました。

私がサラのテキストメッセージを開いた時、「あなたの甥っ子が無事であることを願っている・・・彼に愛と情(ぬくもり)を送ってね」。

ほんの数時間前、一人のパレスチナ人が彼女を殺そうとした ー 

でも彼女は無心で心から僕の甥っ子について心配をしてくれた。



僕が甥っ子をチェックした時、僕は同じように感動した。

彼はオンライン上に投稿していた


「昨日ユダヤ人過激派に襲われた後、僕は言いたい、

僕はユダヤ人を嫌いではない。ただの一人も。

でも僕は*占領*が嫌なんだ。


僕は声を大にして言う占領反対、

それを終了するには憎しみじゃない、愛と平和が唯一の道である。」




その素晴らしい反応、そうしてもし全ての人が同じような方法で対応した場合、僕たちの町(エルサレム)はどのようになるだろうと考えざるを得ない。




人々が持っている恐怖は現実双方にある。

東エルサレムに僕を訪ねに来ていた多くのイスラエル人の友達はもはやリスクをとることはありません。 

西エルサレムのストリートは空です。


そうして最近パレスチナの友達との集まりでの会話は必然的に安全に滞在するための戦略となる。

お店に行く時、僕たちは僕たちの外観と服装を二度考え直す。

あまりにも「アラブ人」すぎの外観じゃないか、またはLahavagang(極右組織のレハバ)に攻撃されるかも。 

しかしどのようなものが「アラブ人のルックス」なのだろうか?



先週は一人のユダヤ人が他のユダヤ人に刺されたのは彼はアラブ人と思われたから、そうして木曜日は二人のイスラエル人兵士が間違えた認証により三人目の被害者となるイスラエル人が撃たれた。

アラブ人として、もし服装と行動があまりにもイスラエル人だった場合、それもまたパレスチナ人により刺されるリスクがある。




僕はほぼ毎日のようにイスラエルと西岸を移動する。

僕は絶えずパレスチナ人とイスラエル人に接している、完璧に異なる現実の中でどっぷりと浸かっている。 


イスラエル側で、時おり僕はこんな発言を耳にする

「もし君がシリアにいたら、アサドは君たち全てを殺しているよ。

それと比較すると俺たちは君らに良い待遇をしているだろ。

どうして感謝しないんだ?」 



人々は恐れ、苛立っている、そうして集団的懲罰と軍事力が唯一の解決策だと容易に説得される。

パレスチナ側もまた人々は大変怒り、苛立ち、そうして恐れている。

私たちだけが哀れに生活していてはならない、そうして問う「どうして僕たちだけが占領に苦しまなくてはいけないんだ、他方イスラエルではバブルで楽しんでいるのに」という表現をする人々もいる。



パレスチナ人はナイフのインティファーダーが自由をもたらすとは思っていない。

しかし政治プロセスが死んでいる、どんどんどんどんと入植は続く、どのくらい少ない土地がパレスチナ国家のために残っているだろう。

国連にパレスチナ国旗が揚がっても一つも実態は変化していない。




軍事力が安定をもたらすと思うイスラエル人のように、暴力的インティファーダーが占領を終了させると思うパレスチナ人もまた間違えている。

パレスチナ人は第二次インディファーダーで武装闘争を試してみたが、それは失敗に終わりました。

結果、何の政治的利益もなく多くの人々が亡くなりました。



両方からの聞く共通の感情は完全なる絶望です。

将来のためのビジョンがありません。

人々は僕たちが紛争の中に住んでいことが運命であることを受け入れているよう見える、それはゼロサムゲームです。

一方は勝ち、他方は負ける。

(参加者全員の負け分、勝ち分の総和がゼロになるゲーム)。


一方、このこう着状態で潜在的な怒りは水池にたまるごとく建設される。

個人の武器利用(ナイフ、拳、鈍器)そうして行き過ぎた暴力、この最近の暴力ラウンドは極度のフラストレーションに油を注ぐ。




僕はエルサレムで生まれた、イスラエルの占領と戒厳令の下で生まれた。

僕は自由というものを知らない。

僕は生まれた土地の市民ではない。 

東エルサレムの住居者、僕はパレスチナでもイスラエルの市民でもない。


そうして僕が8才の時、僕は石投げを始めた、それで自由をもたらすことができると思っていたからではない、でも、それは僕に声を与えてくれて、なにもできない無力感のはけ口だったから。

他のどの方法で僕は声を大きく出して訴えることができたのだろう? 



今、月日が経ち僕は他の手段があると実感している、しかしそれでもやはりみなの苛立ち、怒り、絶望感を理解している。

今日、エルサレムは平和な都市ではない、しかし矛盾だらけの都市でもない。

ネタニアフ首相はエルサレムは調和の都市だと呼び続けている、彼はその人口の1/3のニーズに盲目です。


調和の都市はできない、そこの住民には平等がない、ユダヤ人の町だけインフラが整っている。

調和の都市はない、新しい家を建てる許可を持つことができない多くのパレスチナ人。

調和の都市はない、何千ものクラスメートが東側から欠落している。



どのようなエルサレムになるために僕たちは戦っているのだろうと考えざるを得ない。

今日のエルサレムはまるで軍事地区のようだ。

パレスチナ人は警察により停止され100mも歩くことができない。

人々はズボンやシャツを公共の場で脱がされる耐えきれない取引と屈辱的なセキュリティーチェック。

イスラエル人は肩越しに誰かが後ろから近ずいていないことを確かめながら通りを歩いている。

西エルサレムは空っぽです;人々はバスに乗ったりレストランに行くことを避けている。




同時にモハメッドとサラから僕は想起させられる。

— エルサレムはパレスチナ人とイスラエル人がともに平和に生きることができる一例となることを。

ここエルサレムは唯一、日々の双方の人々の交流を垣間見ることができる:


僕は個々のイスラエル人たちとパレスチナ人たちをモハメッドやサラのような、敵であることを拒否し、そうして「ワレワレとヤツラ」という双対性を拒否する人たちを見ている。


やがて、指導者や政治家たちは僕たちを失敗させてた時、モハメッドやサラのような個々が今と異なる方法で別の現実を作るために出てくる。

彼らは本当のインスピレーションを持つ指導者でエルサレムの真の希望である。




(今のような政治指導はいつか、モハメッドやサラのような人々が増えることでいつまでもうまくいかない、私たちの本当の敵はその「ワレワレとヤツラ」という精神構造である。

そうしてその時にはそんな彼らの中から指導者が生まれ、それは真のエルサレムの希望である。


(それは今の時点でも彼らは希望でもある)




Aziz Abu Sarahis a National Geographic Cultural Educator and Explorer, A TED Fellow and theCo-found of MEJDI Tours www.mejditours.com


アジズ・アブ・サラはナショナルグラフィックの文化教育研究員、TEDフェローとMEJDIツアー&NBSPの共同創設者

Aziz Abu Sarah

HaaretzContributor




***シェアココまで*********



byしゅくらむ


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by shuklm | 2015-11-13 20:07 | パレスチナ自治区 現地レポなど | Comments(0)

【シェア】「伝統料理で抵抗、あるパレスチナ女性の試み」【動画アリ】



【動画URL】

https://www.facebook.com/AFPBBNews/videos/892544477490389/




一緒にパレスチナ・イスラエルを訪問した友人が運営しているフェアトレードショップ、

「セーブ・ザ・オリーブ」FBより。




***シェアココから***




セーブ・ザ・オリーブ (Save the Olives)

20151021日付 




【AFPの記事】



伝統料理で抵抗、あるパレスチナ人女性の試み ↓

2015年10月20日 14:20 発信地:ナブルス/中東・アフリカ


http://www.afpbb.com/articles/-/3062883?pid=0










良い記事ですね。

2ページ目の記事も注目します。柔らかな内容の記事です。



が、それとは裏腹に私たちは以前から大きな危機感を持っています。

おいしい食べ物は時として“美味しさ”というベールで真実を包み隠してしまうと考えています。

記事の通り、他民族の食文化を共有することは人生に喜びを与えます。

ただ、いつしかそれを「自分たちのものだ」と誤って認識しだしてしまうと何が起きるか・・・。

文化の略奪が始まります。

それは図らずも、なのかもしれません。



また、ある料理について「パレスチナ料理」として紹介されるのか、または「イスラエル料理」として紹介されるのかで、受けとめる第三者の目も曇りがちになり、やがては収拾がつかなくなります。

食文化はそこで暮らしてきた人々の歴史、財産そのものです。

それに慣れ、敬いの気持ちを忘れたとき、奪い取る人は一方的になります。

世界の歴史の中で、土地だけではなくいつしか文化まで搾取された民族の悲しみについて、わたしたちは考え続けないと同じことがまた繰り返されると思うのです。




貼り付け元 <http://userconf.exblog.jp/entry/?temp=1>





****シェアココまで**




もともと農業と食について研究していた友人が、パレスチナを訪問後、自分の専門分野を活かして現地と繋がり支えたいと立ち上げたプロジェクトが、「セーブ・ザ・オリーブ」です。


「敬いの気持ちを忘れた時、奪い取る一方になる」という食と文化についての指摘は、私たちの日常にも当てはまるとても普遍的な視点だと思いましたので、ご紹介させていただきました。



記事に登場する伝統料理「フムス」は、中東の食卓になくてはならないもの。

私も現地で食べてすっかりファンになってしまいましたが、その味はパレスチナ・イスラエルどちらのエリアでも同じ味わいでした。





【当ブログ内関連記事】


パレスチナの暮らしと心を支えるフェアトレード↓

http://syuklm.exblog.jp/24626048/

思いでの、現地ごはん。その1・絶品!ファラフェルサンド↓

http://syuklm.exblog.jp/23406592/





※リンクが切れていてゴメンナサイ。
 リンクを貼り直し、ブログ文章が読みづらかったため順番など修正させていただきました(2015.10.22)
※動画URLを追加しました(2015.12.12)


byしゅくらむ


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by shuklm | 2015-10-21 20:43 | パレスチナ自治区 現地レポなど | Comments(0)

【シェア】ガザ停戦から1年。現地の少女が発信し続ける「メディアが伝えるよりもガザは美しい」。



破壊されたガザ。停戦から1年たった現在も、一軒の家も再建されていないそうです。

たったの一軒も!



しかしその一方で、悲惨なだけではない、ガザの姿もあります。


あの攻撃の下で発信し続け、生き延びた16歳の少女の声。

私自身はガザ地区に入ったことはありませんが、地中海沿岸の紺碧のビーチの明るさに目を奪われます。



ガザ紛争から1年。現地の少女がTwitterで発信「メディアが伝えるよりもガザは美しい」↓

The HuffingtonPost 執筆者: Kazuhiko Kuze

投稿日: 20150725 1210

http://www.huffingtonpost.jp/2015/07/24/gaza-one-year_n_7869288.html





「生まれてから3つの戦争を生き延びました。こんなことはもう十分です」という彼女の声のとおり、本当に繰り返させてはならないと思います。




なにかできることはないのか?

どうすれば少しでも解決に向かえるのか?



私自身が、13年前にパレスチナ自治区ヨルダン川西岸地区を訪れてから、ずっとこの「宿題」を抱えてきたように思います。


万能の処方箋など到底持ち得ていませんが、現地で見聞きしたことを元に、次回以降その手掛かりをひとつでも探していきたいと思います。




byしゅくらむ


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by shuklm | 2015-08-27 23:01 | パレスチナ自治区 現地レポなど | Comments(0)

【日常スケッチ】一度聴いたら忘れられない、戦車の砲撃音。




砲撃音によって思い知らされたこと




公開中のシリア映画を観ていて、

思い出したことがあります。




民主化運動を担ってきたシリアの若者たちが

政府軍に包囲され、戦車の攻撃に晒されるシーン。


「ドオォォ…ン」と鳴り渡る迫撃砲の音と、

地響きとともに揺れる地面。




映画「それでも僕は帰る シリア・若者たちが求め続けたふるさと」より。真っ直ぐ砲台を向けてくるシリア政府軍戦車

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腹の底に鈍く響くなんともいえないその重低音は、

私もパレスチナ現地で聞いた、

一度聴いたら忘れられない音でした。





直撃を受けた民家は、まるで巨人に踏み潰されたようにひしゃげ、

壁も床も抉り取られ、窓ガラスはすべて吹き飛んでいました。




私自身は着弾地点には居合わせませんでしたが、

砲撃音の間隔が短くなり、

イスラエル軍の戦車が刻一刻と近づいてくる間、

静かに思い知らされました。



たったいま戦車に乗っている相手は、

「こちら側」を同じ人間としては捉えていない。


ただの遠くの「標的」としてしか認識していない。


その「標的」に照準を合わせて撃つという作業をただ実行しているだけだということを。


それを無言で通告されているのだ、と。





それによって、目の前で大切な人が傷つけられたり

殺されたりしまうとしたら。


何もしないでそれが近づいてくるのを

ただじっと待っているだけというのは、

耐えられないだろうと思います。




ジェニン難民キャンプの若者たちは、

わずかばかりのライフルを取って応戦していました。


装備的には全く歯が立たないとしても、

なんでもいいから手近に反撃できるものがあるなら、

私だって片っ端から使うだろうと思う。






だけどパレスチナの人たちは、

かつての日本みたいに「玉砕戦」をやってるわけじゃない。


毎日毎日戦争だけやって「最後の一兵まで戦う」なんて、

望んでない。



膨大な普通の日常生活があって、

それをあの音が破壊してしまうから、

その時は反撃せざるを得ないだけなんです。








「標的」を撃つ側になるのか





「パレスチナ問題」の根源をつくった国連を

ずっと信用していなかったパレスチナですが、

現在パレスチナ政府は、国際司法裁判所に訴えて

イスラエル軍の侵攻を法によって解決しようとしています。



日本はしかしこの人権理事会では、

イスラエルの戦争犯罪を調査するための委員会設置の決議を

棄権するなど、ずっと及び腰でした

(ちなみに一貫して反対しているのはアメリカ1国だけ)。




「国際平和支援」と言うのなら、

少なくともそれを邪魔するべきじゃないでしょう。





また、日本政府は安倍首相になってから武器輸出を解禁し、

イスラエル・ネタニヤフ政権との軍事協力関係の強化を

宣言しました。


少なくとも、日本で作られた武器が

パレスチナへの攻撃に使われることは絶対に看過できません。




「積極的に平和に寄与する」と言うのなら、

「標的」に照準を合わせる側でなく、

間に入ってでもそれを止める側に立つべきでしょう。





「標的」とされた側に一瞬でも身を置いたことのある身としては、

改めてそれを訴えたいのです。







【当ブログ内関連記事】


20141015UP記事  水と薬をくれた医師。遠くに響く、戦車の砲撃音。↓

http://syuklm.exblog.jp/23558837/


2015320UP記事  イラク攻撃から12年目の320日に。「やったもん勝ち」を繰り返させないために、国際法廷でイラク戦争とガザ攻撃を裁くべき。↓

http://syuklm.exblog.jp/24266786/



※文章一部加筆しました(2015.8.27)

byしゅくらむ


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by shuklm | 2015-08-23 20:05 | パレスチナ自治区 現地レポなど | Comments(0)

【日常スケッチ】どこまでも続く田園風景。パレスチナの人たちが、今も「イスラエルって呼びたくない」理由。


「パレスチナ問題」ってぶっちゃけなんなのか?

「出来るだけ日常生活の具体的エピソードを交えながら」書いていくことを試みたいと思います。


パレスチナの人たちは、日々の生活で、何に喜び、何に哀しみ怒っているのか。

私が見たことはほんの断片に過ぎませんが、お伝えさせて下さい。



■■



2002年6月、イスラエルへ入国した初日。

パレスチナ自治区・ヨルダン川西岸地区の都市の間をバスで移動中、

車窓いっぱいに広がる景色に、目を奪われました。


見渡す限り広がる、緑に満ち溢れた田園風景。

観光写真のように見事に区画されたなだらかな丘陵を眺めながら、何の気なしに、

「イスラエルって、すごく綺麗なところですね」と、同乗していたツアーの参加者に話しかけると、

前の席に座っていたパレスチナ人コーディネーターが、苦い表情で振り返りました。



「ここは、イスラエルじゃありません」。



それまで物柔らかだった彼が発した、その断固たる口調に、ハッとしました。



そこは、占領地。

もともとは、パレスチナ人が耕していた土地。

目にすることができるのに、いまは自分たちが立ち入ることも耕すことができない土地だったのです。


スプリンクラーが整備され、緑滴るような豊かな場所は、すべて、イスラエルが支配している占領地でした。



どんな思いで、パレスチナの人たちはこの風景を見るのだろう。



整然と続く田園風景の中を延々と走っている間、

どこまでも続いていくその果てなさに、胸が締めつけられました。




■■



パレスチナでは、いまでも「イスラエル」と呼びたくないという人が少なからずいるそうです。


帰国後、敬愛するジャーナリスト広河隆一さんの文章を読んで知りました。



”難民キャンプで人々が、イスラエルという言葉の代わりに「1948」という数字を固有名詞のようにして話していました。

「1948に親戚がいる」というふうに使うのです。

この年にイスラエルが建国されたのですが、イスラエルという国の存在を認めたら、これまでの難民生活54 年の苦難が何になるのか、という思いなのでしょう”


200266日付 広河隆一さんWEBコラム「HIRORESS」より)

http://www.hiropress.net/column/020606.html




イスラエル建国によって70万人とも100万人とも言われるパレスチナ人が難民となり、

占領によって実に418ものパレスチナの村が地図上から消されました。


私が目にしたのは、そのうちのひとつだったのか。

平らに整地された光景からは、それ以前の姿を伺い知ることは全くできませんでした。




「ここはイスラエルじゃありません」と告げたパレスチナ人にとって、

自分たちの国の名前を奪われ、

既成事実のように普通に「イスラエル」と呼ばれることは耐えられなかったのでしょう。



「なんで自分たちの住んでいたところの名前が勝手に変えられてるの?

なんで自分たちの故郷に帰れないの?

なんで世界はそれを認めるの?」、と。





【当ブログ内関連記事】

20141122UP記事  パレスチナ人にとって絶対に忘れられない数字、「48」。

http://syuklm.exblog.jp/23773538/

2015726UP記事  「パレスチナ問題」って、ぶっちゃけ何なの? ↓

http://syuklm.exblog.jp/24726992/

もしよろしければ、日常生活については、カテゴリー「パレスチナ自治区サイド」もご覧いただけると幸いです↓

http://syuklm.exblog.jp/i2/



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by shuklm | 2015-07-29 06:30 | パレスチナ自治区 現地レポなど | Comments(0)

「中東っていつも紛争で大変なところ」? いやいや、報道されてないだけだってば!フツーの生活があるから!

重い話題が続いたので、パレスチナの日常生活の話をさせて下さい。


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危険な個所や場面だけクローズアップして報道されてて、「中東とかアラブとかイスラムって、なんだかいつも紛争とか衝突で大変なところ」っていうイメージが刷り込まれてる気がします。



物凄ーーく違和感があります。




例えていうと、日本のことを紹介される時に、「オレオレ詐欺」(振り込め詐欺)のことばっかりクローズアップして報道されているようなカンジでしょうか。



中東世界では、高齢者を敬い大切にするのが当たり前で、年寄りをカモにする詐欺とかありえないわけですよ。想像がつかない。

そんな「ありえないことが、毎日起こってる。そんな信じられないところ、それが日本です」って報道されたとしたらどうですか? 

超偏向報道ですよね。



「パレスチナ・イスラエルの暴力の応酬は、解決の糸口が見えません」というような解説がよく付けられます。

同じように、日本について、「高齢者を食い物にする犯罪は、解決の糸口が見えません」みたいな解説付きで、「オレオレ詐欺」のことばっかり延々と繰り返しサンプリングで報道されたら、「オイオイ、ちょっと待って!」って思いません?



「いやいや、確かにそういう面もあるけど、全部じゃないよ! 一部だよ! それ以外のフツーの生活のところもちゃんと見てよ!」って言いたくなりませんか?



それと同じだと思うんです。



例として適切でないかもしれませんが、あえて単純化してみました。

要するに、目立つニュース以外の圧倒的に膨大な日常生活が存在してるってことを言いたくて。



「確かに紛争もある。信じられないことも沢山起こる。

 だけど、それが全部じゃない。

 普通の日々で、何に喜び、何に悲しんでるのかを見てほしい」ってことなんです。



限られた断片ですが、私が見たパレスチナの忘れられない日常をお伝えさせて下さい。





恥かしがり屋でモジモジ君で、でもとっても人懐っこい子供たち!↓

20148月11UP  「ハニカミ」な、パレスチナの子供たち

http://syuklm.exblog.jp/23135537/



そうかと思うと、やたら人馴れしてるイケメン君もいました! ↓

2014818UP   カメラ目線の男の子。

http://syuklm.exblog.jp/23181045/



「反米で偏ってる」? いえいえ、ビルボードでノリノリでしたよ? ↓

2014821UP  キャンプのテレビでは、ビルボード歌手がヘビロテ。

http://syuklm.exblog.jp/23203028/



サッカー、卓球…スポーツに夢中! 毎日の娯楽がなくちゃね。

ワールドカップの時は、日本代表をガッツリ応援してくれてましたよ↓

20148月9日UP   日本は、「アジアの兄貴分」。

http://syuklm.exblog.jp/23127427/

20141018UP  ジェニン7・砲声から逃れた後は、全力で卓球!

http://syuklm.exblog.jp/23559504/



そして、日々は続く。

20141024UP  ジェニン10・平和な朝。羊にお尻を攻撃される。

http://syuklm.exblog.jp/23625994/





もちろん、現場で命懸けでレポートしているジャーナリストの方々がいて、私達は初めて現実を知ることが出来ている。

そのことは大前提です。


問題は、それを流す側と受け取る側。


良心的な番組ももちろんありますが、地味な日常生活はそもそも地上波にほとんど乗らない。

センセーショナルな場面でないと視聴率取れないってことなんでしょうが、現場の懸命のレポートを消費するだけの大手メディアのそういう姿勢にちょっと疑問があるというだけで。



拙ブログは、普段なかなか報道されない日常や細部をお伝えしていきたいというのが趣旨でして、あえて真逆の方向で行きたいと思います。




パレスチナ&イスラエルの日常生活については、合間合間にまたご紹介していきますね。





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by shuklm | 2015-03-09 22:19 | パレスチナ自治区 現地レポなど | Comments(0)