オトナの社会科・中東からの声を手掛かりに。

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私が見たエルサレム・今も変わらぬ願い。和平を難しくしているものPart2:エルサレム帰属問題


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▲エルサレム首都認定1週間 「平穏壊さないで」

神奈川新聞1213日付(共同通信)





■トランプ発言でギリギリの緊張状態に■






イスラム教徒のパレスチナ人、

ハニさん(37


「これまでもこれからも、われわれは

ここで一緒に暮らしていくしかない。

そのためには平和が一番大切なんだ」





土産物屋を営むユダヤ人、

タミル・ドゥエクさん(40



10日前には(イスラム教徒が多い)

東エルサレムで昼食を食べたが、

今は危なくて行けない。

トランプ氏はここで暮らす全員を

危険にさらしている」


「われわれはもう十分傷つけ合ったのに」





キリスト教徒のパレスチナ人、

サミーラ・ハバシュさん(55


「平穏な生活が続くことを願うが、

何が起きるか全く予想がつかない」









■私が見たエルサレムも、共存を願っていた■





2002年、私がエルサレムを訪問したのは

2次インティファーダ(民衆蜂起)の

真っ只中でしたが、そんな時でさえ、

異なる宗教の人達がごく普通に

行き交っている街でした。


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▲NHK「時事公論」より、3大宗教の聖域




イスラム教の聖域、黄金色に輝く

「岩のドーム」側の礼拝から

帰ってくるスカーフ姿や

Tシャツ姿のアラブ人も、


そのすぐ裏側の「嘆きの壁」へ

向かう、キッパ帽をかぶったり

黒づくめのユダヤ教徒も、


キリストが磔になったゴルゴダの丘

跡に建てられた「聖墳墓教会」で

祈りを捧げるキリスト教徒も、

誰も争っている人はいませんでした。







市民ツアーコーディネイターの

パレスチナ人男性は言っていました。


「何百年も前から、ヨーロッパで

キリスト教徒が困ってやって来た時も、

ユダヤ人が世界中で迫害された時も、

僕たちはずっと受け入れて

一緒に暮らしてきたんだよ」。





西エルサレムに住むイスラエル人男性は、

「軍事占領が続いているから、

パレスチナ人の憎しみが募る。

イスラエルは、これ以上の占領を

やめるべきなんだ」と、

パレスチナ占領地での軍務を拒否しました。





西エルサレムのイスラエル首相官邸前で

毎週金曜に開催されていた平和集会では、


「Stop the occupation」

(占領を終わらせよう)、

「1City 2Capitals

(ひとつの都市、二国家の首都)

というスローガンが、

英語・アラビア語・ヘブライ語で

掲げられていました。

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こうした集会は今も続けられています。

共存への願いは、今も変わっていないのです。






それを困難にさせているのは誰なのか?

和平を困難にしている要因のひとつとされる

「エルサレム帰属問題」は、何が難しいのか?







■エルサレムってどんな街?■






そもそもエルサレムって

どういう構造になってるのか?


改めて整理してみます。




エルサレムには、ざっくり3つのエリア

(西エルサレム、東エルサレム、

エルサレム旧市街)があります。




西エルサレム側は、クネセト

(イスラエル国会議事堂)や

首相官邸がある、比較的新しい街。



東エルサレム側は、

ムスリム居住区などがあります。



そしてエルサレム旧市街に、

3大宗教の聖地が集中しています。




有名なイメージはこの旧市街ですが、

もっとざっくり、東エルサレムに

旧市街を含めて報道されることが多いですね。



▼エルサレム全体図。オレンジの囲みの中が旧市街、

その右側が東エルサレム、左側が西エルサレム。

※現地で入手したガイドブック「This Weekin Palestine 20026月発行」(FREE COPY)より

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▼エルサレム旧市街の詳細(上記地図に、しゅくらむが加工)

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古い城壁に囲まれた旧市街は、

わずか1キロ四方ほど。

その中にギュッと圧縮されたように、

お互いの聖域が隣接しています。




紀元前からのエルサレム光芒の歴史を

ここでまとめるなど到底できませんが、

少なくともハッキリしていることがひとつ。




何百年もの間、

今まで何度も支配者が変わり、

危機的な状況に遭っても、

多くの人達は、何世代にも渡って

この小さな空間の中で居を構え、

商いを続け、礼拝に行ったり

学校に通ったりして、

ご近所さん同士として、毎日一緒に

暮らし続けてきているんです。




だからこれは、宗教対立じゃない。

政治の問題なのです。







■エルサレム帰属問題の変転■



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▲パレスチナ境界線の変遷

「ドキュメント 聖地エルサレム」より




1947年、国連決議が定めた

パレスチナ・イスラエル分割案では、

「エルサレムは国連管理下の

国際都市とする」ことになっていました。



しかし、1948年の

第一次中東戦争の結果、

西エルサレム側をイスラエルが、

東エルサレム側(旧市街含む)を

ヨルダンが占領。



そして1967年の第三次中東戦争で、

今度はイスラエル軍によって

東エルサレム(旧市街含む)が

併合されてしまいます。



直後の国連安保理242号決議では、

占領地からの撤退が決議されていますが、

イスラエルは応じていません。




パレスチナ側の、「将来の2国家共存で

東エルサレム側を首都に」という願いは

宙に浮いたままです。







■エルサレム帰属問題の「落としどころ」はどこに?■



◆イスラエル平和活動家が展望するエルサレムの未来◆



エルサレム問題の解決策について、

日本在住のイスラエル人平和活動家

ダニー・ネフセイさんが

非常に明快に示されていたので、

ご紹介させていただきます。



ダニー・ネフセイさん126日付FBより



***シェアココから****


「私のエルサレム問題についての意見。


西エルサレム=イスラエルの首都

エルサレム=パレスチナの首都

嘆きの壁・岩のドーム・近隣の

キリスト教会=国際管理地域。

これしかないのです。


いずれはそうなると信じています、期待しています。


しかしこれは実現するのは次の中東戦争の前かあとか?

戦争の前に実現出来るように声をあげ続けます。

貼り付け元 <https://www.facebook.com/search/top/?q=%E3%83%80%E3%83%8B%E3%83%BC%20%E3%83%8D%E3%83%95%E3%82%BB%E3%82%BF%E3%82%A4%E3%80%80%E3%82%A8%E3%83%AB%E3%82%B5%E3%83%AC%E3%83%A0>


***シェアココまで********



本当にその通りと思います。

私も賛同します。


その実現によって和平を具体化しようと

渾身の努力を続けてきた人達も

パレスチナ・イスラエル双方にいるからです。


(この件は、Part3:難民帰還権の際に書きたいと思います)





◆100%の答えは存在しなくても◆




もちろん実現が容易ではないのは

承知しています。



そもそも国連の分割案自体が、

パレスチナ人が承知しないところで

決められてしまったものです。


一方イスラエルから見れば、

戦争で勝利して手に入れた領土

(違法にせよ、既に人が生活している)

を手放すわけですから、

双方失うものがゼロというのはありえない。



そして、日本人の私が、

「二国家共存」と言い切ることで、

納得していないパレスチナ人を

傷つけることになるのではないか

という怖れも持っています。




それでも、

誰もが納得する答などない中で、

少なくとも、

これ以上の流血を起こさせないために、

次善の政治的解決策を現地の人達が選択

できるように、周りが支援するべき

なのではないでしょうか。



ギリギリで踏みとどまっている

共存への望みの糸を、

外側から引きちぎるようなことが

あってはならないと思うのです。




日本でも、

「私達はトランプ発言を支持していない」

「二国家共存を支持している」

という声を可視化していきましょう。



# 1City 2Capitals

(ひとつの都市、二国家の首都)

# Stop the occupation!

(占領を終わらせよう!)

# We don't support Trump's declaration

(私たちはトランプ発言を支持しません)

# We support peace!

(平和を支持します!)




ぜひ一緒にお願いします!




また、エルサレム現地で活動している

平和団体のURLを貼ります。

イイねやシェアで支えていきましょう!!





AIC(オルタナティブ・インフォメーション・センター)

私が話を聞いた兵役拒否者の男性が務めていた

パレスチナ・イスラエル共同のNGO

エルサレムを中心に活動。



▼ピース・ナウ

イスラエル最大の平和団体。

エルサレムやテルアビブで平和集会を共催。

イスラエル議会内和平派や中間層に大きな影響力を持つ。


JVC(日本国際ボランティアセンター)さんが

「パレスチナを支援するイスラエルのNGO」についてまとめてくださってます!!

パレスチナを支援するイスラエルのNGO



特にこちら、世界最大の紛争防止NGO

Search for Common Ground」は、

エルサレム聖地を巡る問題を

対話により解決するために取り組んでいるそうです!

https://www.facebook.com/sfcg.org/




【当ブログ内関連記事】



【関連カテゴリー】

エルサレム・和平・国際監視



【参考図書など】


高橋和夫さん著

「なるほどそうだったのか!!パレスチナとイスラエル」

2010年 幻冬舎

「アラブとイスラエル」

1992年 講談社現代新書


平山健太郎さん&NHKエルサレムプロジェクト

「ドキュメント 聖地エルサレム」

2004年 NHK出版




byしゅくらむ


シュクラムは、アラビア語で「ありがとう」。
筆者が知る数少ないアラビア語です。
ココでの出会いと、ここまで読んで下さったことに、感謝をこめて。
シュックラム!



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# by shuklm | 2017-12-17 00:01 | エルサレム・和平・国際監視 | Comments(0)

和平は、「仲良くする/しない」の問題じゃない。パレスチナ和平を難しくしているもの・Part1;土地と水利権の問題







■オスロ和平合意は、なぜうまく行かなかったのか?■





2002年に現地を訪れた時、

「(1993年の)オスロ合意について

どう思う?」と、街なかで尋ねると、

パレスチナ人からもイスラエル人からも

異口同音に、「オスロ合意は死んだ」

という答えが返ってきました。




それはなぜか??



確かに、

「とにかくこれ以上の流血を止める、

お互いを交渉相手として認め、

恒久的解決を目指す」、

という合意は成立しました。



しかし問題だったのは、

その二国家実現のための具体論。


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和平を難しくしている要因は、

ざっくり3点と言われています。



1、土地と水利権の問題

2、エルサレムの帰属問題

3、難民帰還権の問題




こうした重要な問題を解決してから

議論に移れればよかったのですが、

オスロ合意内容は

「とりあえず外堀埋めてから、

大事なことはそのうち決めようね」

というものでした。



合意前の矛盾はそのまま

先送りされ、拡大しまったのです。



オスロ合意後、新たな交渉が

すべて座礁したのも、結局この3点を

クリアできなかったからでした。





今回は、土地と水利権について、

高橋和夫さんの著書や

田中宙さんのメルマガ等を手掛かりに、

書いてみます。







■なし崩しの入植と、分離壁建設■





パレスチナとイスラエルの

土地の取り分問題について、

例え話でよく言われるのが、


「ピザの分け方を決めている途中に、

一方がどんどん食べちゃってる状態」。





1967年の第3次中東戦争で

パレスチナ全土を占領したイスラエル。


それは1947年の国連決議ラインを

大きくはみ出していました。




オスロ合意成立後、イスラエル軍は

暫時撤退するとなっていたのですが、

実現したのは4割程度。



一方で、すでに1970年代から、

占領地にイスラエル人が入って定住していました。


さらに2000年代、その入植地を囲んで

巨大な分離壁が建設されていきます。


事実上のイスラエルへの併合でした。

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▲延々と続く分離壁

写真元はコチラの映像

「Veterans For Palestine」▼

https://youtu.be/lVCuhkzSb-M







まさに、「ピザの食べちゃったところ」

に当たるのが、入植地。

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▲高橋和夫さん著「なるほどそうだったのか!!パレスチナとイスラエル」より



降雨量の少ないこの地域で、

実質上の水利権が減り、

人や物資の往来も困難となった

パレスチナ経済は、大打撃を受けます。






虫食い状態のパレスチナの土地が、

将来の二国家の領土を決める前に、

さらになし崩し的に削られていく。


「これはあまりにもフェアじゃない、

どうやって仲良くできるんだ?」

というのがパレスチナ側の憤りです。




それは全くその通りだと思います。





占領地への入植は国際法違反であり、

国連安保理決議や国際司法裁判所が

何度もやめるよう求めましたが、

イスラエルは応じてきませんでした。




では、なぜ国際的非難の大きい入植を

イスラエルはやめられないのか?


入植者とはどんな人たちなのか?







■政治活動・「西部開拓」としての入植■





田中宙さんは、特異な政治活動家である

入植者たちの姿を、

パレスチナ人という「インディアン」を

撲滅させて自分たちの国を作るという

現代版「西部開拓」だと指摘しています。






田中宙さんメルマガ200575日付より



****引用ココから*****



”イスラエル国内では「これらの土地(占領地)は、

聖書やバルフォア宣言によって、

イスラエルの領土になると約束された場所であり、

返還する必要はない」という意見が出てきた。



そしてその主張に基づき、

1970年代半ばごろから、

イスラエル人が立ち入りを禁じられていた

軍政下の西岸やガザに入り込み、

パレスチナ人が使っていない乾燥した丘の上などに

簡素な家を建てて住み、

そこを事実上イスラエルの一部にしてしまう

という政治運動を拡大していったのが、入植者だった。”




”入植者は、周辺の町や村のパレスチナ人の土地を

有刺鉄線で囲んだりして奪取し、

翌日パレスチナ人と銃撃戦など衝突になると、

それを抑えるためと称してイスラエル軍が

入植地を警備するようになり、

軍に守られるかたちで、

入植地が拡大していった。



パレスチナ人から見れば、

入植者は「テロリスト」そのものだった。”





”(しかし)イスラエルには43万人の入植者が

いることになるが、このうち活動家の入植者は

おそらく2-3万人と思われる。”




*****引用ココまで**



※( )は、しゅくらむが補った箇所です

文中の数字は発行時2005年のもの





実は、こうした確信犯的・

特異な政治集団は一部で、

入植者の大部分が、

イスラエル国内の低所得層

という事実があるそうです。



ではその人たちは、

どういう動機で入植しているのか?







■入植地内の低額住宅へ―イスラエルの格差問題■






1980年代後半頃まで、

入植者は不足していたそうです。




高橋和夫さん著書「アラブとイスラエル」より

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****引用ココから****




”熱狂的な宗教心に燃え、

シオニストの夢の実現のために

アラブから土地を奪って住み着こう

というユダヤ人はそんなに

無尽蔵にいるものではない。



そこで(イスラエル)政府は、

入植地の建設に補助金を与えて、

入植地なら安く住宅が手に入るような

仕掛けにして入植者を募り始めた。



結果として、入植者といっても実情は

グリーン・ライン(軍事境界線)内部では

住宅を手に入れられなかった、

埼玉都民や千葉都民のような人々が増えていた。



占領地からイスラエルへ通勤するわけである。



入植地のアパートなら

政府の援助のおかげで

安く手に入るからという理由の

「占領地都民」の「入植」であった。




入植地という言葉からは

砦のようなものを想像しがちだが、

実際は公団住宅や

私鉄沿線の新興住宅地

といった風情の場所もある。



「入植者」の85%は、

エルサレムかテルアヴィヴまで

30分の通勤圏に居住している。




だが、入植者の動機が、

イデオロギーであろうが

住宅難であろうが、結果として

パレスチナ人の土地が奪われることには変わりはない”




**********



※( )は、しゅくらむが補った箇所です

文中の数字は発行時1992年のもの







中道左派の労働党によると、

イスラエルでもワーキングプアが

増大しているそうです。





そんな中で入居した人達にとって

入植地を手放すということは、

ようやく手に入れた我が家と

今の生活を放棄するということ。


だからやめたくてもやめられない。




そして入植者は、

現政権与党である右派リクードの

強力な支持基盤となっています。


脆弱な政権であるネタニヤフ首相

(現リクード党首)としても、いま

入植をやめるわけにいかないのです。




ここでも政策を左右しているのは、

「票田への配慮」でした。








■どう考えていけばいいのか??■






私が直接話を聞くことが出来た

パレスチナの人たちも、

和平交渉の最前線にいた人達も、

語っていた解決策は同じでした。




「入植地の建設をやめること。


ユダヤ人に、全土から出ていけ

とは言わない。


1967年の第3次中東戦争前まで

撤退してくれればいいんだ」と。





どうすればそれを実現できるのか?





もちろん国際社会の介入が

不可欠だと思いますが、

ここでは別の視点であえて書いてみます。





和平実現を困難にしている入植地。

その入植者の多くが、イスラエルの

比較的所得が低い人たち。


つまり、イスラエル国内の格差問題・

貧困問題が、パレスチナへ

しわ寄せされているということです。




であるならば、

格差問題として考えればどうでしょうか。


入植地にわざわざ住まなくても、

低所得者が暮らしていけるようになるとしたら?






そもそもアラファト議長とラビン首相が

和平へ舵を切ったのも、

経済的理由が大きかったのです。



ラビン首相は、アラブとイスラエルの

巨大市場「中東経済構想」を唱え、

実際にオスロ合意直後、

欧米・日本・世界銀行などが次々と

数億ドル単位の援助を表明し、

経済効果はその数倍と言われました。


これが和平崩壊によって失われたのです。





そしてイスラエル国民に、

軍事費だけが重い税負担として

のしかかっています。




先進国とされているイスラエルですが、

2013年OECD実施の調査では、

加盟34か国のうち、

最も相対的貧困率が高く、

最も格差が大きい国となっています。


(イスラエルの左派新聞『ハアレツ』

および『日本語版ハフティンポスト』

20130522日付より)






トランプやサンダースを大統領候補に

押し上げたのも、格差問題。

ネタニヤフを下支えしているのも格差問題。



トランプやネタニヤフを非難するだけでは変わらない。




世界を覆う格差・貧困問題の解決は、

打開の糸口のひとつとして、

落としてはいけない視座だと思うのです。






和平を難しくしているものpart2:

「エルサレムの帰属・

難民帰還権の問題」は

次回掘り下げたいと思います。




【当ブログ内関連記事】


パレスチナ問題や

オスロ合意までのざっくり歴史は

コチラに書きました。

よろしかったらご覧ください▼


「パレスチナ問題」って、ぶっちゃけ何なの?

「パレスチナ問題」解きほぐす手がかりを探す・同じ歴史を、イスラエル・パレスチナ両サイドから見てみる。その1

「パレスチナ問題」手がかりを探す。その2

「パレスチナ問題」手掛かりを探す。その3「インティファーダの衝撃」

パレスチナで何が起こってきたのか?【最新現地動画byVFP 有り!】


【関連カテゴリー】

エルサレム・和平・国際監視




【主な参考図書など】


高橋和夫さん著

「なるほどそうだったのか!!パレスチナとイスラエル」

2010年 幻冬舎


「アラブとイスラエル パレスチナ問題の構図」

1992年 講談社現代新書



田中宙さん 無料メールマガジン

「田中宙の国際ニュース解説」



広河隆一さん著

「パレスチナ 難民キャンプの瓦礫の中で」

1998年 草思社



平山健太郎さん&NHKエルサレムプロジェクト

「ドキュメント 聖地エルサレム」

2004年 NHK出版



イツハク・ラビン著

「ラビン回想録」

1996年 ミルトス







byしゅくらむ


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# by shuklm | 2017-12-12 06:59 | エルサレム・和平・国際監視 | Comments(0)

★朗報★このブログでもリクエストを呼びかけた「テロリストは僕だった」放映が決定しました!! 






イラクなどの過酷な戦場を経験し、

現在は平和の実現のために

沖縄の基地建設に反対し、

パレスチナでの軍事占領に

抗して行動している元米兵たち。



彼らに密着したドキュメンタリー、

「テロリストは僕だった~

基地建設反対に立ち上がる元米兵~」、

ついに関東で放映が決定しました!!




沖縄でしか放映されていなかった

この番組。

どうしてももっと多くの人に見て欲しくて、

「テレビ局へ全国放映リクエストの

電話をかけましょう‼︎」と、

先日このブログで

呼びかけさせていただきましたが、

ホントになりました‼︎\(^o^)/

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電話をかけてくださった皆様、

有難うございます!!






関東放映で反響が大きければ、

さらに関西や九州圏など

各地方局でも放映される

可能性が大きくなります!



ぜひぜひ広めましょう〜〜!!




=====================


第23回 PROGRESS賞最優秀作品


「テロリストは僕だった〜

沖縄・基地建設反対に

立ち上がった元米兵たち」


1230日(土)

あさ455分~550

テレビ朝日にて放送予定


=====================





番組ディレクター大矢英代さんが

繋いで下さった、

沖縄の方々や元米兵たちの思い。



この想いのバトンが、さらに

リレーされていきますように!!






****FBよりシェア*****



ベテランズ・フォー・ピース(Veterans for Peace平和を求める元軍人の会)来日ツアー

12月8日 0:06 ·



吉報です!


「テロリストは僕だった」

沖縄県内のみで放送された

幻の?46分完全版が地上波で帰ってきます!




放送日が決定しました。


「第23回 PROGRESS賞最優秀作品

「テロリストは僕だった〜

沖縄・基地建設反対に

立ち上がった元米兵たち」は

12月30日(土)

あさ4時55分~5時50分に

テレビ朝日にて放送予定」

です!



が、しかし残念ながら

「関東のみ」…!!!


全国放送まではまだまだ

道のりが遠いですが、

関東での視聴率が高く、

また反響が大きければ

今後各地方の放送局でも

放送される可能性は大いにあるとおもいます。



ぜひ多くの方にご覧頂ければ幸いです。


みなさま、ご周知のほどよろしくお願い致します。


貼り付け元 <https://www.facebook.com/profile.php?id=100004018046931>




***************







【当ブログ内関連記事】


イラク帰還兵に密着したドキュメンタリー「テロリストは僕だった・基地建設反対に立ち上がる元米兵」全国放映リクエスト電話をかけよう!※追記アリ

http://syuklm.exblog.jp/27755895/



元アメリカ兵が語る戦場リアルpart1・なぜ私はイラク戦争へ行ったのか?【採録】

元アメリカ兵が語る戦場リアルpart2・イラクで直面した現実「自分こそがテロだった」【採録】

元アメリカ兵が語る戦場リアルpart3・今も兵士を苛む戦争の記憶。PTSDから回復する力を与えてくれた2つのこと【採録】

元アメリカ兵が語る戦場リアルpart4・平和のために伝えたいこと【採録】


【関連カテゴリー】

安保法・安全保障・日米関係/戦争と平和

元兵士が語る戦場リアル



byしゅくらむ


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# by shuklm | 2017-12-10 12:42 | 安保法・安全保障・日米関係/戦争と平和 | Comments(2)

パレスチナで何が起こってきたのか?【最新現地動画byVFP 有り!】



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F16戦闘機で破壊された小学校の校庭に散らばる教科書
          






◆私が見たパレスチナ◆







小学校が戦闘機で攻撃される▼

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救急車が検問所で停車させられる▼

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民家が住んでる人ごと轢き潰される▼

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(もちろんすべて国際人道法違反です)






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私自身も、イスラエル軍の

戦車の砲撃音が迫り来るのを聴き、

真夜中、照明弾を目にし、

戦車部隊に包囲されて

一晩を過ごしました。






もう10年以上も前の2002年、

市民交流ツアーに参加した時のことですが。







オスロ合意を成立させたイスラエルの

ラビン首相が暗殺された後、

シャロン首相がパレスチナ自治区に

突然軍事侵攻し、ついに

第2次インティファーダ(民衆蜂起)が

始まった頃。








それでもその中で出会った人達は、

朝が来ればご飯を食べ、

決まった時間に礼拝し、

学校や職場へ行き、

家族や友人たちと談笑しながら

サッカーワールドカップに熱中する

ごく普通の生活を送っていました。





▼破壊された小学校の校門から

そーーっと覗いていた恥ずかしがり屋のこどもたち。

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▼ジェニン難民キャンプ、瓦礫の前で。

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▼ヨルダン川西岸地区トゥルカレムの街中で。
障害があっても人懐っこい笑顔の少女。
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アラファトPLO議長の元で

ゲリラ戦を闘った

歴戦の老指揮官は語っていました。


「オスロ合意後、

イスラエルとは隣人でした」と。▼

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イスラエル軍戦車と軍用ヘリと

ブルドーザーで破壊された

ジェニン難民キャンプの瓦礫の前で、

キャンプの責任者の方は言いました。


「ユダヤ人を憎んでいるわけでは

ありません」、と。

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誰も紛争など望んでいなかったのです。










◆「過激派」が支持された理由◆






確かに「過激派」ハマスなどの

「自爆」攻撃もありました。




ハマスが支持されたのは、

和平合意を反故にして

軍事侵攻してきたイスラエルに対して、

和平合意を捨てないPLOファタハ

(パレスチナ暫定自治政府)が

無策に映ったからでした。



「ただ殺されるのを待っているより

一矢報いたい」と、「自殺攻撃」に

志願した若者も多かった。



さらに、かつての英雄アラファトや

暫定自治政府の腐敗に比べて、

社会保障などに注力するハマスは

具体的でまともな勢力だったのです。





しかし、すべてのパレスチナ人が

「自爆」=自殺攻撃を支持している

わけではありませんでした。


「暴力によらない手段で

パレスチナの未来を創りたい」と

活動する個人や団体とも交流しました。




いまも、非暴力の抵抗は続いています。










◆最新現地動画、撮って出し! byVFP






今年2月、平和を求めるアメリカの元軍人たち

ベテランズ・フォー・ピース(VFP)が、

パレスチナ自治区のガザ地区と

ヨルダン川西岸地区を訪れ、

軍事占領への非暴力抵抗行動に参加しました。



その動画が公開されています▼

https://youtu.be/tJaD_N-hkoI



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軍事占領下、「テロを防ぐ」という名目で

建設された巨大な「分離壁」で

ズタズタに分断されてしまった

パレスチナの大地▼

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銃声がこだまし、催涙弾が飛来する

緊迫した状況での非暴力直接行動▼

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動画にも登場するVFPメンバーの

マイク・ヘインズさんも、

「いままでのVFPの活動の中でも

最も危険を伴う行動だった」と

語っていました。



米軍最強の特殊部隊の出身者ですら

そう実感するような現場。








それでも、

そこに暮らし続けている人たちがいる、

諦めない人たちが人たちがいるのだと、

伝え続けたいのです。





私がパレスチナを離れる時、

滞在中にお世話になった

エルサレム旧市街前の

宿のオーナーが

別れ際に贈ってくれたのは、


「いつの日か、平和になった

パレスチナで会おう」という

言葉だったからです。








▼よろしければ、パレスチナ現地レポは

こちらからご覧下さい


【関連カテゴリー】

パレスチナ自治区 現地レポなど




なお、このブログは、

「こんなに酷いイスラエル」というのを

確認して糾弾して終わり、というのが

本意ではありません。


パレスチナ問題ってなんなのか?

どこに解決の手掛かりがあるのか?

について、及ばずながらも考え続け、

少しでも可能性を広げたいのです。


よろしければこちらも併せて

ご覧いただけると有難いです▼


「パレスチナ問題」って、ぶっちゃけ何なの?


「パレスチナ問題」解きほぐす手がかりを探す・同じ歴史を、イスラエル・パレスチナ両サイドから見てみる。その1


「パレスチナ問題」手がかりを探す。その2


「パレスチナ問題」手掛かりを探す。その3「インティファーダの衝撃」


エルサレムでの「聖域封鎖」は、共存を脅かす。




【関連カテゴリー】

エルサレム・和平・国際監視

イスラエル 現地レポなど



※動画「Veterans For Palestine」のリンクを張り直しました(2017.12.11)




byしゅくらむ


シュクラムは、アラビア語で「ありがとう」。
筆者が知る数少ないアラビア語です。
ココでの出会いと、ここまで読んで下さったことに、感謝をこめて。
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# by shuklm | 2017-12-07 22:33 | エルサレム・和平・国際監視 | Comments(2)

トランプ米大統領「エルサレムはイスラエルの首都」は何故アカンか?ざっくり書いてみた。※追記アリ

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米トランプ政権 エルサレムをイスラエルの首都と認定へ

12月6日 11時02分 NHKニュース速報

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20171206/k10011248121000.html

【写真はすべてNHKニュースより】

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◆何がモンダイか??あえて単純化してまとめると。◆





・「永遠の都エルサレム」は、

イスラム教徒もユダヤ教徒も

(もちろんキリスト教徒も)

ずーっと共存してきて、

「将来の共同首都」というのが

パレスチナ・イスラエル和平で

目指されていたから。



・オスロ和平合意後、一時期は

パレスチナ・イスラエル間で、

エルサレム共同管理のために、

水道や電気等のインフラを

どう分割して引くかとかまで

具体的な詰めの作業まで進んでいたから。



・その後、イスラエルの軍事占領や

それへの抵抗で、対話が途絶え、

パレスチナからもイスラエルからも

「オスロ合意は死んだ」って

言われて久しいけど、

「共同首都」構想は

唯一崩壊していなかった。

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・それなのに今になって

イスラエルだけに首都と

認めるってことは、

そのオスロ合意すら

ちゃぶ台返しするってことになってしまう。



・不完全な合意内容だったけど、

それでもないよりはマシだった。


国際社会が介入して、

50年がかりでようやく成立した

その和平合意以前に逆戻りするってことです。


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◆「エルサレム首都認定」がもたらす意味◆





1948年の第1次中東戦争から

1967年の第3次の中東戦争まで、

アメリカなどの後押しを受けた

イスラエルに惨敗したアラブ諸国と、

第4次中東戦争でエジプト・シリアに

潰走させられたイスラエル。



その後、お互いに睨み合ったまま

危ういところで保たれていた中東の均衡。




そして1980年代、

イスラエルの軍事占領に対して、

それへの抵抗として

戦車に石を投げて始まった

インティファーダ(民衆蜂起)。




そうしたパレスチナ紛争の

解決を目指して、

オスロ合意を取りまとめたのは、

当時の米大統領、ビル・クリントン。




この数少ないアメリカの

外交的成果まで消失させ

中東政策の場当たりさを晒した、

今回のトランプ発言。


もし首都移転が現実化されれば、

中東の不安定化を一挙に加速させてしまう。



(「IS掃討」でかき消されていましたが、

もともと彼らの怒りの根源は、

パレスチナ問題にもあったからです)





深刻なのは、

おそらくトランプ大統領自身が

一番デリケートなスイッチであることを

まったく理解しないままで、

ど真ん中を押そうとしてるってことだと思います。






なんでそんな危険なことを??◆





世界最新鋭の兵器市場イスラエルへの

テコ入れというのはあるかもしれませんが、

個人的には、もっとも直截的な理由は、

もっと近視眼的だと思います。



大統領選挙でも大きな影響力を発揮した、

トランプの票田「キリスト教福音派」。


「エルサレムに神殿再建設」を掲げています。


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▲エルサレムの神殿の丘

(イスラム教徒やユダヤ教徒が

祈りを捧げてる聖域)


ココにいきなりトレーラーで乗り付けて、

デッカい建設資材とか運び込んで

建設強行しようとした極右宗教団体と

同様の主張をしてるような人達です。



(NHK出版「ドキュメント・聖地エルサレム」に

再建強行未遂の詳細記述があります)





フツーにアカンでしょう、ソレ。






そんな特殊な「票田への配慮」のために

中東全体が付き合わされるなんて、

たまったもんじゃない。


パレスチナやイスラエルの良心的な

和平派の人たちが孤立することに

なってはいけないと思います。






今回はまともな日本政府の対応◆





12月6日現在、日本政府は、

「テルアビブの日本大使館を

エルサレムに移転する予定はない」と

エルサレムを首都として認めない旨

表明していますが、これは賢明だと思います。



私は安倍政権自体は全く支持しませんが、

個別の外交課題について

対米一辺倒でないのは

ちゃんと評価して後押しすべきかと。


「トランプに脅されてもOKするなよ」と。



「米国の真の友人」と言うのなら、

そのスイッチの意味を伝えるべきでしょう。







日本の私たちに出来ることは??◆




パレスチナ・イスラエルの和平派を

支えていく必要があると思います。



「エルサレム首都認定」を唱える

イスラエルのネタニヤフ首相は、

国会では絶対多数を確保していません。


和平派・中道派への後押しが重要です。




パレスチナ・イスラエル双方の

和平に取り組んでいる団体の

URLFBを末尾に貼ります。



ぜひイイねやシェアや応援コメントで

勇気づけましょう!




すべて英語メインですが、

(語学力がなくて訳せなくて

申し訳ありません…)


I support you from Japan!

(日本からあなた達を支持してるよ!)

だけでもいいと思います!!





【関連アドレス】




▼「Palestine Center for Rapprochement Between People

Rapprochementは「国家間の親善」の意。

1988年(第1次インティファーダ開始直後)、

パレスチナとイスラエル双方で設立。

http://www.rapprochement.org/



▼ピース・ナウ

イスラエル最大の平和団体。

議会内の和平派や中間層に大きな影響力を持つ。



▼「Bleaking The Silence (沈黙を破る)

イスラエル元将兵が、パレスチナ占領地での

自らの体験(人道的犯罪)と向き合い、語り継ぐ活動。

https://www.facebook.com/BreakingTheSilenceIsrael?fref=pb&hc_location=profile_browser

http://www.breakingthesilence.org.il/



【当ブログ内関連記事】


「パレスチナ問題」手掛かりを探す。その3「インティファーダの衝撃」

パレスチナ・イスラエル、それぞれの思い〜第2次インティファーダ時に聞いた言葉。

「いつの日か、平和になったパレスチナで会おう」。



※追記※
エルサレム神殿の丘にトレーラーで乗り付けたのは、
「テンプルマウント・フェイスフル」というイスラエルの極右宗教団体です。
主張は「福音派」と同じ「エルサレム神殿再建」ですが、
両者を混同する書き方をしてしまったので訂正させていただきました。
また、出典はNHK出版「ドキュメント・聖地エルサレム」でした。
こちらも訂正させていただきました(2017.12.6)

※追記2※
イスラエル最大の平和団体「ピース・ナウ」にリンクを張り替えました。
ぜひシェアを!!(2017.12.7)

※追記3※
より正確な文言に修正しました。
オスロ合意ではエルサレム帰属問題は確定しておらず、合意後に将来の共同首都について協議して行くことになっていたので、「和平で目指されていた」に修正しました。
中東戦争でイスラエルを支援していたのはアメリカだけではなくフランスや旧ソ連もあったので、「アメリカなどの後押しを受けたイスラエル」と修正しました。
大急ぎで書いたとはいえ、不正確な表現で申し訳ありませんでした。(2017.12.13)



byしゅくらむ


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# by shuklm | 2017-12-06 22:02 | エルサレム・和平・国際監視 | Comments(0)