オトナの社会科・中東からの声を手掛かりに。

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何度も危機を経験してきた韓国。兵役経験者に聞いてみた・Part1;北朝鮮の隣で暮らし続けるということ。





日米会談にあたり、

1人でも多くの方に、

どうしても伝えたいことがあります。



戦争になったら真っ先に犠牲となる

韓国の人達は、今どんな思いでいるのか?

どんな思いで暮らしてきたのか?




偶然知り合った韓国人の青年に、

それを聞く機会がありました。


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▲11月5日付神奈川新聞 トランプ大統領「日本、迎撃すべきだった」




アメリカ国籍を持つ韓国人のKimさん。


今月、新宿街頭で開催された

「まちかど憲法カフェ」を聴いていた

20代前半の彼は、兵役経験者。



「(元自衛官)井筒高雄さん話が

一番印象に残っています。

勇ましいことを言うのは年寄りの政治家

闘うのは何も知らない若い人だ』という

言葉です」と語っていました。


 



彼に、韓国の対話路線や

兵役という特殊な体験、

北朝鮮問題の解決、そして

日本人へ伝えたいこと等について

インタビューしました。




「人間同士の繋がりを信じたい」

という隣人の肉声を、

ぜひ受け取って下さい。



(数回に分けて掲載します)








1■現場を知るからこその対話路線■






現在の文在寅(ムン・ジェイン)大統領

支持率は、今も高いです。


僕も彼を支持しています。


(前大統領)朴槿恵の退陣を求める

デモにも行きました。





彼は、韓国軍の特殊部隊出身です。



彼は、徴兵期間を短縮したり、

給与を2万円から4万円に上げたり(兵長基準)、

兵士の待遇改善にも具体的に取り組みました。


よくわかってるんです


現場を知り抜いているからこその

対話路線なのです。





THAAD(迎撃ミサイル防衛システム・

サード)の配備は、ある日突然でした。


みんな、「えっ?!?」ってなった。



誰も知らない間に、

気がついたら配備されてたんです。


前政権(朴槿恵)の時、

すでに購入が決まっていた。



現政権の意思ではありません。







2■常に危機があったが、戦争という選択肢は選ばず■






2014年2月から201511月まで、

1年9ヶ月、兵役に就きました。



僕は物品の部隊でした。


特殊部隊や空軍ではなかったので、

会社に勤めているようなカンジで、

最前線ではなかったのですが。




それでも、僕も、一時期、

出撃寸前までいきました。



すべての装備をフルに準備して、

あとは司令官の「よし、ゴー!」

(パチンと指を弾く音)という

という合図を待つだけでした。



すんでのところで回避されました。





何度も何度も危機がありました。


危機を経験したことがない世代は

おそらく韓国ではいないでしょう。




1番危機だったのは、 2010年の

延坪島(ヨンピョン)砲撃事件です


(北朝鮮と韓国の砲撃戦で、

韓国軍・民間人が23名死傷。

朝鮮戦争後最大の軍事的緊張)





でもそれまでも、

そういうことは何度もありました。





一発撃たれたら、一発撃ち返す。


でもそれ以上はしない。



それが約束、暗黙の了解なのです。






戦争というのは、選択肢として

全くない訳ではないと思いますが、

限りなく抑制しつつある。





韓国の学校でも、反北朝鮮教育は

今はほとんど行われていません。


兵役で入った韓国軍内の学校でも、

「金3代体制と北朝鮮の国民は別」

と教育しています。







3■兵役という特殊な体験






軍隊というのは非常に特殊な体験です


軍隊に入ると、人は

一度生まれるのです。


までの生活で得てきた

すべて一度捨てる。


身につけていた洋服も

一枚残らず脱いで

家に送り返されます。




そこから新しく始まる。




兵役の2年間は、なんというか、

凝縮された人生そのままの

ようだと感じました。




退役する時に、それまで

その人自身がどんな風に

過ごしてきたのかが、

すべてわかるのです。


同僚や部下を庇ったり

大切にしてきた人は

見送られるし、

とても寂しい退役を

迎える人もいました。





もちろん、軍隊内のいじめもあります。


公然はされていませんが、

自殺も相当数にのぼります。




それでも、いますぐ軍隊をなくすことは難しい。








4■北朝鮮問題の解決は?■






ここで私はKimさんに、

「あなたは、北朝鮮問題の解決は、

どうすればいいと思いますか?」と

聞いてみました。



私の問いに対してKimさんは、

「難しい問題です。

簡単にお答えできることでは

ないのですが」と前置きしながら、

言葉を選んで答えてくれました。




「自分が生きている間には、

解決は実現しないかもしれない。


それでも、いつか双葉が

出ることを信じて、種を

蒔き続けるしかないのだと思います」。





その重い言葉をあまりにもサラッと

何気なく語った彼の姿に、

胸を打たれました。





割り切れなさを生きる。




そうだ、今の日本で必要とされて

いるのはそれなんじゃないか。



簡単に答えの出ない、割り切れない

もどかしさを抱えて生きること。



それにあまりにも

耐えられなくなっているんじゃないか、

と強く感じました。






実弾が飛び交い犠牲者が出た延坪島事件、

あるいは潜水艇沈没事件があっても、

韓国は雪崩打って戦争へ向かうことはなかった。






少なくとも、韓国の人たちが

危うい均衡の上に立つ状況を

冷静に受け入れ、

簡単に割り切れない中で

70年近く生活してきたことに対して、

それをぶち壊す選択を

日本がしてはならないと思います。





part2・3に続きます】







byしゅくらむ


シュクラムは、アラビア語で「ありがとう」。
筆者が知る数少ないアラビア語です。
ココでの出会いと、ここまで読んで下さったことに、感謝をこめて。
シュックラム!



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by shuklm | 2017-11-05 22:59 | 安保法・安全保障・日米関係/戦争と平和 | Comments(0)