オトナの社会科・中東からの声を手掛かりに。

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元アメリカ兵の謝罪に胸を突かれる…私たちはそれほど「無実」でいられるのか?







■アメリカの戦争犯罪への謝罪、「平和国家日本」への想い■






先月、全国スピーキングツアーで来日した

「平和を求める退役軍人の会」の元海兵隊員

マイク・ヘインズさんの講演は、謝罪から始まりました。




「オバマ大統領が日本に来た時に、

彼が言わなかったことを私はお伝えしたいと思います。


広島と長崎に原爆を落としたことを、

心よりお詫びしたい。


東京大空襲をお詫びしたい。


沖縄を支配していたことを謝りたい」。





その誠実さと真摯さに胸打たれるとともに、

いたたまれない思いでどうにも落ち着かなかったのは

私だけでしょうか。





「日本は70年間ずっと戦争をしてこなかった」


「平和憲法を持つ世界でも稀な国」


9条は世界に示すべき貴重なもの」…。





全く同じような言葉を、かつて私は

パレスチナ・イラク・アフガン・シリアなどの

人たちからも直接言われました。




「広島・長崎の原爆の廃墟から、

奇跡の復活を遂げた日本」


「戦争をしない特別な国」


「日本の良心に期待している」…と。





しかし、日本の米軍基地がなければ、

アメリカはあれほど簡単にイラクで、

中東で、戦争は出来なかった。


「沖縄だけじゃない。神奈川も含めた基地が

アメリカの戦争を支えている」。


それは、自分が米軍基地の直近で

身をもって思い知らされた実感でした。






■「神奈川の基地がアメリカの戦争を支えている」と痛感した爆音直下の日々■





以前、神奈川県の厚木基地近く、

米軍機の飛行ルート直下に住んだことがあります。



アフガン攻撃の直前、開戦の数週間前から、

厚木基地での爆撃機の飛行訓練が毎夜毎夜、

どんどん大音量になっていきました。


そしてイラク戦争直前には、

テレビの音量を最大にしても全然聞こえないくらいの、

後頭部を力ずくで押さえつけられるような轟音が、

夜中までノンストップで続き、まったく眠れない。



それがある日突然、ピタッと止まる。

嘘みたいに聞こえなくなる。



それはアメリカの空母が日本から出撃した証拠。




訓練飛行の爆音が激しくなると、

「ああ、もうすぐどこかで戦争が始まるんだな」と、

近くで生活している人間にはすぐわかる。



自分達の住んでる街が、空が、アメリカの戦争に使われてる。



実際、私の頭上で訓練した戦闘機の属する米海軍の

太平洋第7艦隊が、アフガンやイラクの住民を爆撃しました。






■「戦後日本は平和」だったのか??■






横須賀港にいる空母の爆撃機を訓練する厚木基地。


ベトナム戦争時も兵站としてフル稼働し、

ベトナムに搬出されようとする戦車を住民がとめたのは、

相模原市にある相模補給廠。


そして在日米軍の総司令部があるのは、

座間市にある「キャンプ座間」。


イラク戦争もここの指揮のもとに遂行されました。



これらはすべて神奈川県にあります。



▼通称「リトルペンタゴン」キャンプ座間(神奈川新聞より)

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そして沖縄の基地で訓練した海兵隊員がイラクへ向かった。




日本全土を基地として提供している。


朝鮮戦争をはじめ、戦後のアジア・中東での

アメリカの戦争を、日本全土を使って支えていることは間違いない。


だからとても平和だったなんて思えない。




私達の政府は、アメリカの偽りのイラク戦争を支持した

(ブッシュもブレアも開戦理由の大量破壊兵器は

なかったと認めたのに、日本だけがいまだ認めず)。


私達の力が足りず、イラク戦争を止められなかった。

何も知らないアメリカの若い兵士たちをイラクへ送った。


自分が無実だなんてとても思えない。




アメリカの元兵士たちが、

戦場を経験したがゆえに平和の得難さに気づき、

9条を大切に思ってくれているのは本当に有難いけれども、


だからといってそれを印籠のように掲げて

「ほらやっぱり9条大事!だからこれから先も

これまでどおり9条を守っていけば大丈夫」と

自己確認してお終い、になんて出来ない。



彼らがどれほど自分の過去の罪と傷に向き合ってきたのか。


いまでも苛まれる戦場の記憶を、

身を削るように語ってくれたことに対して、

それに寄り掛かるだけにはならないようにしたいと思うのです。






■いままでの「平和国家」という武器の限界■






彼ら元米兵や中東からの「平和国家日本」への期待は、

もちろん「美しい誤解」も含まれているでしょう。


だとしても、そういうのを全部ひっくるめて

アドバンテージとして自覚的に活かして

「平和国家」として立国していくことが

日本の進むべき道、と私も考えてきました。




しかし、安保法制と南スーダン新任務という

未知の領域に踏み込んでしまったいま、

もはやそれは通用しなくなっているのではないか。


その「美しい誤解」を武器にするのは、

もう限界なのではないか。





日本の「戦後」は平和なんかじゃなかった。

9条がありながら、米軍基地をこれほどまでに

体内深く抱え込んで、一貫してアメリカの戦争を支えてきた。



そういう認識に立って初めてその先に進めるんじゃないかと思うんです。





71年間治外法権を放置し、主権を放棄することで

得てきた「平和」と「安全」。


ココから先は、まさに「アメリカに与えてもらった平和」でなく、

自らが選択する平和をどうやって創っていくのか、

自らがどうやって主権を勝ち取っていくのか、

というハナシだと思います。





来年は、そこをさらに掘り下げていきたいと思います。



自らの正しさの確認のためでなく、

現実を少しでもより良いものに変えていくために。




来年もお付き合いいただけますと幸いです。

皆様にもどうぞ良い年でありますように!


1年分の感謝を込めて…





byしゅくらむ


シュクラムは、アラビア語で「ありがとう」。
筆者が知る数少ないアラビア語です。
ココでの出会いと、ここまで読んで下さったことに、感謝をこめて。
シュックラム!



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by shuklm | 2016-12-31 18:25 | 安保法・安全保障・日米関係/戦争と平和 | Comments(0)